やったのか?
「急急如律令」
逃がさん!
一撃でトドメを刺してやる!
俺は手元の札に融合霊素を注ぎ、一直線に飛ばした。
触手は全て抑えたまま。
それこそが鍵となる。
——!
妖怪が慌てて逃げようとする。
これまで見せたことのない反応だ。
やはり、俺の予想は正しかった。
こいつは、触手を出したまま透明回避が使えない。
現世に強く干渉できる触手と、刀による物理攻撃をものともしない霊体、それらが同時に存在する違和感。
いくら耐性があるからと言って、斬撃をあそこまで無視できるのは異様だった。
例えるなら、待ち針でチクチク刺されているようなもの。
致命傷にはならなくとも、普通なら回避したくなるはずだ。
しかし、こいつはいつまで経っても使わなかった。
どんな攻撃が来るのかわからない初撃すらもその身に受けた。
怪しいにも程がある。
現に今も押さえつけている触手が暴れている。
なお、最初から俺が接近して触手で攻撃してたら気づけた可能性は考えないこととする。
同級生を襲った罪、加えてうちのジョンの装備をボロボロにした罪、今こそ償ってもらおう。
そして、焔之札から炎が炸裂した瞬間——妖怪が消えた。
は?
どういうことだ。
ブラフだった?
待て、演技にしては、あの逃げる素振りは本気だった。
押さえつけていた触手も全力で逃げようとしていた。
札がぶつかる瞬間、少しだけ力が弱まったのは、まさか!
爆炎の中、己の触手越しに感じる敵の触手は、途中で切断されていた。
トカゲのしっぽのように、本体は自らの触手を切って逃げたのだ。
「ちっ」
融合霊素を無駄にした。
残りの札は1枚。
透明回避の対策突破方法も不明。
(逃げるか)
幸い、純恋ちゃんが被害者達を一ヶ所に集めている。
大蛇に丸呑みさせれば十分逃げられる。
逃走の算段をつけたところで、妖怪が再び姿を見せ、突如駆け足で墓の残骸へと向かう。
(何をするつもりだ?)
その疑問を一旦呑み込み、俺は触手で妨害する。
投石用の石確保……とは思えない。
何か目的があって動いている気がする。
妖怪は触手で妨害を受け止め、とある墓の土台を掘り起こし始めた。
5本目の触手で。
あれで自分の触手を切ったのか。
土台の下にあるものと言ったら、一つしか思い当たらない。
(骨壷?)
妖怪は小さな骨壷を一つ取り出した。
この展開、どうにも嫌な予感しかしない。
弱点を突かれた敵が次に取る行動といったら、自己強化が定石。
あの骨壷の中身はパワーアップアイテムだろ!
そもそも、妖怪はなぜここに現れた?
透明になって移動できるやつがわざわざ姿を現す理由は?
ここに、目的の何かがあったから。
そう考えるのがしっくり来る。
そして、あの骨壷がその目的の品だったとしたら。
(最悪の想定として、新たな特殊能力の獲得。それに伴う逃走不可能な状況への変化。そうでなくとも嫌な予感しかしない!)
アイテムを使用させないため、俺は全力で攻撃に出た。
触手で骨壷を狙うも、妖怪の触手で止められてしまう。
ならばと札で攻撃しようとするも、霊素ですら充填時間が足りない。
大蛇で突進するにしても距離が遠すぎる。
このままでは数秒間に合わず、骨壷が開けられてしまう。
(マズい!)
「BOSS!」
倒れ伏していたはずのジョンが、妖怪へ向かって駆けてゆく。
「I'll take down that yokai.」
(俺が妖怪を捕まえる!)
翻訳サイトを使わなくとも、なんとなく意味は分かる。
ジョンも俺と同じく状況を把握していた。
妖怪に骨壷を使わせてはならないことも。
「ピンチだよね!」
「ジョン殿!」
そこへさらに純恋ちゃんとお坊さんが駆けつけた。
2人はジョンの前に位置取りし、なぜかお坊さんが妖怪に向かって砂をまき散らす。
当然ながら、妖怪は触手で攻撃してくる。
触手が見えない純恋ちゃんにとって、それは脅威に他ならない。
「ええーい!」
脅威となるのは、目に見えないから。
砂煙によって可視化された触手は、御剣家の修行を乗り越えてきた純恋ちゃんの敵ではない。
今日初めて見せてくれた受流しの技術を使い、ジョンに向かってきた触手を逸らしてくれた。
続けてお坊さんは妖怪へ直接殴りかかる……と見せかけて、骨壺を奪った。見事な連携だ。
生み出された時間は値千金。
戦友たちによって開かれた道を駆け抜け、ジョンは妖怪のもとへたどり着く。そして、妖怪の背中から生える触手を締め上げた。
ジョンは触手に打たれながらも、攻撃を耐え忍び、俺に視線を送る。
その目は語っていた——『俺ごとやれ』と。
ジョンは妖怪の触手の根元を締め上げている。
あれならば、末端を切断しても逃げることはできない。
しかし、俺の一撃をくらえばタダでは——
「……!」
……分かった。
同じ霊力を保有しているからだろうか、それとも初めて会った時と同じ不思議な念話を使ったのだろうか、彼の覚悟が……伝わってきた。
俺は札に第陸精錬——宝玉霊素を追加する。
足りなかった数秒はジョン達が既に稼いでくれていた。あとは素早く逃げてくれれば完璧である。
俺は札を飛ばし、妖怪の眼前に突きつけた。
「あのお札、光ってる!」
「なにやらマズイ。退避するぞ。ジョン殿も!」
最後の一枚は俺の切り札である“捻転殺之札”だ。
“振動”と“回転”の2つの陣を重ね、12の楔で繋ぎ、1つの円で囲うことで、空間を振動と回転で捻じ切る。
峡部家に伝わる札の中で、俺が一番熟知している札といってよい。
文様の一部を変えることで、範囲を限定できることは分かっている。
この位置ならジョンに当たる範囲は最小限にできるはず!
「急急如律令」
限られた時間のなか、俺に出せる最大火力の一撃。今度こそ味わわせてやる。
俺の部下を傷つけた報い、受けてもらおう。
————!
妖怪とジョンの腕を巻き込んで球状に空間が歪曲した。
妖怪の体はあらゆる方向にねじ切られ、抵抗する間もなく粉微塵にされていく。
20秒ほど札の効果は続き、嵐が去ったようにフッと消えた。
「やったのか?」
お坊さん、今ここでそのセリフはやめてもらえます?
仕留めそこなったみたいじゃないですか。
ずっと注視していたが、透明回避は発動されていない。
サラサラと塵になった妖怪を見れば倒したことは明白だろう。
「ジョン! 無事か?」
「Yeah, I'm hanging in there.」
(なんとかな)
いつもなら親指を立てて無事を知らせてくれるのだが、両腕を失ったジョンは、代わりに力ない声で答えてくれた。
今回のMVPはジョンだな。
触手持ちであるジョンが危険を冒して妖怪を抑えてくれなければ、倒すことはできなかった。
特に、俺一人だったら逃走一択である。触手を持っているからって、明らかに危険度の高い敵に緊急用装備で突っ込んでいけるほどの蛮勇は持ち合わせていない。
陰陽師は準備をしていれば強いが、突発的な戦闘には弱いのだ。
特殊能力対策の突破口を気づかせてくれたという点では、純恋ちゃんにも感謝しないとな。
「何はともあれ、退治できたからいいか」
安堵のため息と共にそんな言葉が突いて出た。
気が付いてみれば、前世以来の肩こりを感じるような……。全身が強張っているではないか。
直接の危機がなかったとはいえ、あの状況のヤバさを本能的に察していたのかもしれない。
大蛇に指示を出して地上へ降りると、陰陽師を含め、いつの間にか全員意識を取り戻していた。
「聖君、やったね!」
「君がジョン殿の主か。助太刀感謝する」
「すげぇ! すごくて、マジすげぇ!」
「なぁ、市里、見たかよ。なんだあれ……人間技じゃねぇ」
「あの白い大蛇空飛んでるぜ。式神にすら勝てる気がしないんだが。俺たちとは別の世界の住人だな。はぁ……これまで無理して努力続けてたのがバカみたいじゃねぇか。——少年! 助けてくれてありがとな!」
うっ、盛大に戦闘シーンを見られてしまった。
触手は見えないとして、宝玉霊素の力は知られてしまったか。
全力は出していないし、見て盗める技術ではないから、まぁ……良しとしよう。
「最後の一撃、なんだよ! 初めて見た! お前すごいな!」
「子供相手に暑苦しいだろ。すまないな、悪い奴じゃないんだ」
「拙僧も驚いた。ジョン殿の主がまさかこれほど幼く、すさまじい実力を有しているとは」
案の定、宝玉霊素の話題で囲まれたが、秘伝ということで有耶無耶にした。
純粋に称賛する声ばかりなので、本気で聞き出すつもりではないだろう。
俺としても悪い気はしない。
「そろそろ引き上げましょう。皆さん満身創痍ですし、後始末は陰陽師部隊に任せれば大丈夫でしょう」
称賛されるのはとても気持ち良かったが、ジョンの中身を国家陰陽師部隊に見られたくない。
俺が時間と金をかけて発見した研究成果を盗まれたりしたら、たまったもんじゃないからな。
「それでは、失礼します。ジョン、立てるか?」
「yeah……」
両腕を失ったジョンを支えながら立ち上がらせれば、思っていたよりもしっかり歩き出した。
陽子ちゃんに一声かけた後、まずは家に帰ろう。
そのあと、純恋ちゃんを御剣家へ送るか。