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透明回避


(効いてない? 外した? そんなわけがない。なら、火に対する耐性? それしかない。クソッ、融合霊素を無駄にした!)


 妖怪によっては特定の属性に対して強い耐性を持つものもいる。

 知識としては知っていたが、これまで攻撃が通用しない相手と遭遇したことがなかった。

 まさか、こんな初歩的なミスをするなんて……。

 最近脅威度4を瞬殺しまくってたから、調子に乗っていたようだ。

 ならば次の手は一つしかない。


「——土槍之札」


 五行全てぶつけて弱点を探す!

 先に戦っていた陰陽師達から情報をもらえたら早いのだが、絶賛気絶中である。

 霊素で割安に抑えつつ、詠唱で威力を補う。安全圏から一方的に叩ける状況でしか使えない戦法だ。


 再び触手を掻い潜り、妖怪の足元に札を飛ばす。

 地面が隆起し、長さ1mほどの頑強な槍が飛び出した。


 火を打ち消すのは水である。

 焔之札が効かないのは、妖怪が水寄りの存在だったと考えるのが自然だ。

 土剋水(どこくすい)というように、土槍之札ならこの妖怪にも効く可能性は高い。


 んん?


 土槍が、外れた?

 札飛ばしと同等の速度で突き出す槍で、土手っ腹を狙ったのに?


「今、当たってたのに!」


 純恋ちゃんが俺の気持ちを代弁してくれた。

 俺の目も攻撃が当たる瞬間をしっかり捉えていた。

 しかし、いつの間にか妖怪は土槍の横に移動している。

 いくら物理寄りの攻撃とはいえ、陰陽術がノーダメージなんてありえない。


 まさか、全ての攻撃の無効化?

 いやいや、脅威度4如きがそんな神がかった力を持っているはずがない。

 何かカラクリがあるはず。


 それを解明するためにも、次はこれだ。


「——氷柱之札」


 妖怪が実は火属性で、焔之札のエネルギーを吸収していた可能性もある。

 その場合、水剋火(すいこくか)の関係により、水が弱点となる。

 一般的な水系統の攻撃手段である氷柱之札は、その名の通り氷柱で敵を貫き、土槍之札と似たダメージを与える。

 違いとしては、土槍が一本槍なのに対し、氷柱は栗のように全方位へ伸びる点だ。


 直撃……しかし、妖怪はまたもや無傷で立っている。


 やはり、違和感。

 というか、今一瞬……。


「消えた?」


「うん、一瞬だけ見えなくなった!」


 内気で視力が上がっている純恋ちゃんがそう言うなら、間違いない。

 こいつ、一瞬姿を消して別の場所に姿を現した。

 どういう原理だ。

 脅威度4にしてはチートすぎる力だ。全ての攻撃を避けられるのだから。

 こいつを倒すには、その力の条件を解明する必要がある。


「——根張之札」


 札が妖怪の体をすり抜け、地面に着地する。

 そして、霊素を糧に種子が芽吹く。

 周囲の水分を根こそぎ奪い、成長し続ける若木をしばらく放置した。

 芽吹く直前に妖怪は姿を消している。


 約1分後に霊素が尽き、成長が止まる。

 そして、干からびた大地から少し離れた場所で妖怪が姿を現した。

 まるで、根張之札の効果が切れるのを待っていたかのように。


(そういうことか)


 俺の予想通り、攻撃が効いていないのではなく、攻撃自体が当たっていないようだ。

 しかも、姿を消している間はすべての攻撃を無効化し、移動までできてしまう。

 次の瞬間にはどこに出てくるかわからず、こちらから干渉することもできない。


(厄介にもほどがあるだろ)


 時間制限があるのかもしれないが、1分以上使えるなら戦闘においては無敵といえる。

 こんな特殊能力、脅威度4では決して持ちえないものだ。


(だが、根張之札から逃げたということは、攻撃を恐れているということ。当てさえすれば、倒せる可能性はある)


 絶望的な状況ではあるが、希望もある。

 どうにかして特殊能力を封じるか、不意打ちできれば良い。

 こちらが攻略の算段を立てていると、妖怪に動きが見られた。


「大蛇、右に避けろ」


 俺の指示に従って大蛇が動いた直後、さっきまで頭のあった位置に岩が飛んできた。

 触手では届かない高度だから、遠距離攻撃を模索していたのだろう。

 それにしても、墓石を投擲するとか、罰当たりも甚だしい。

 お墓一基でいくらすると思っている。お寺に支払う額も馬鹿にならないんだぞ。


「大蛇、全力で回避」


 大蛇は墓地を周回するように飛び、触手から連続投擲される瓦礫を避け続ける。

 こいつは戦闘向きじゃないから、一発当たるだけで撃墜されかねない。

 さて、次の手はどうするか。


「石がポンポン飛んでくるね。念力かな?」


 純恋ちゃんがおかしな質問をしてきた。


「念力? 何のこと?」


「え? さっきから妖怪がずっと使ってるよね。災害型でしょ?」


 どういうことだ、純恋ちゃんと俺の認識が大きく乖離している。

 あっ、もしかして……。


「見えてない?」


「何が?」


 隠すことなく全力で使われている触手が、純恋ちゃんには全く見えていないようだ。


 もしかして、あれは……俺と同じ、否、イレギュラーと同じ触手!

 まさかイレギュラー以外にも使える奴がいるなんて。

 外見や雰囲気、能力からして不思議生物とは異なるが、脅威度4以下の妖怪にも使えるやつがいたのか。

 ……いや、そんなわけなくね?


 どう考えても普通の妖怪じゃないだろ。

 特殊能力2つ持ちの見た目弱そうな初見殺し妖怪とか、発生が確認されるだけで大ニュースになるだろう。

 被害者の数も相当数に上るはず。

 こいつは明らかに——ヤバい。


「聖君、私も戦うよ!」


「純恋ちゃんの気持ちは嬉しいけど、今回は相手が悪い。極力俺から離れないで」


「わかった!」


 もっと条件を確認する必要がある。

 俺は札に霊素を込め、次々と攻撃していく。


 先ほどから動きのないジョンはどうしたのか横目で伺うと、陽子ちゃん達を庇ったまま倒れている。

 さっきの打ち合いで触手筋肉がなくなったのか?

 すぐにでも容態を確認しに行きたいが、投擲を続ける妖怪を前にそんな余裕はなかった。


(やはり、属性関係なく、すべて当たっていない。持続時間も2分以上可能ときたか。こっちから攻撃する手段はない代わりに、向こうの攻撃もこちらには当たらない。千日手だな……と言いたいところだが)


 残りの札は2枚。

 緊急用の戦闘道具袋をひったくってきたから、手持ちはそれほどない。

 次の1枚で倒せなかったら……逃げるか。

 純恋ちゃんと式神に協力してもらえば、要救助者達を避難させることはできる。

 俺達で勝てないのなら、国家陰陽師部隊に任せればよい。

 本体の移動速度は大したことないので、触手にさえ気をつければ、封印できるはずだ。


 ……もしかしたら、存在を消す特殊能力で封印からも逃げられたりして。


 そうなれば、安倍家が出張ってくるに違いない。

 きっと大丈夫さ。……大丈夫だよな?


「さて、どうしたものか」


 これまで集めた情報をもとに、攻略法を探ろうとしているのだが、正直何も閃かない。

 頭脳系主人公であれば、もっと早くクレバーな作戦を思いつくだろうに。

 凡庸な己の脳みそが憎らしい。

 思わず口に出てしまったほどだ。


 そんな俺のぼやきを聞き、1人の少女が立ち上がる。


「お札が足りないの? 私が時間を稼ぐから、聖君はお札を作ってて!」


 そう言って、大蛇から飛び降りてしまった。


「ちょっ、待っ!」


 なんで行っちゃうの!

 さっき傍を離れないよう指示して『わかった』って言ってたじゃん!

 縁侍君の時もそうだけど、御剣家の子供は妖怪に突貫しなきゃ気が済まないのか?


「あぁ、もう! 大蛇、降下」


 かなりの高さから飛び降りた純恋ちゃんは、内気によって強化された肉体を駆使し、華麗に着地した。

 そして、そのままの勢いで妖怪に突っ込んでいく。

 風のように駆ける彼女に向かって、触手が襲いかかった。


(純恋ちゃんに傷一つでもつけたら、御剣様に合わせる顔がなくなるだろ!)


 4本の触手に対して、俺も同数で対抗する。

 一本ずつ上空から押し潰し、純恋ちゃんへの攻撃を全て阻止した。

 日々成長している俺の触手捌きを前に、妖怪触手はなす術もない。


 目の前で繰り広げられた攻防に気づくことなく、純恋ちゃんは戦場を駆け抜けた。

 いつの間にか抜かれている愛用の刀には、彼女の内気が込められている。


「やぁ!」


 可愛らしい掛け声とは裏腹に、その剣筋は鋭く、交差は一瞬のことであった。

 さすが、御剣様が目を掛けるだけのことはある。

 目で追うことすら難しい斬撃は妖怪の首を正確に斬り裂いた。


「本当に効かないんだ……」


 しかし、影のような体の妖怪に対して、物理攻撃はあまり効果がない。

 武家が陰陽師と共に戦う理由の一つがこれだ。

 武家には霊体への決定打となる技が欠けてる。

 逆に陰陽師は物理寄りの妖怪に近づかれると弱い為、互いに補うことで、全ての敵に対応できるようになる。


(せっかくだし、この作戦も試すか)


 俺は、最初に思いつきつつも危険性を考慮して棄却していた案を実行に移す。

 それ即ち。


 ブチリ!

 ブチッ!

 ブチチ!


(触手ちぎりじゃー!)


 触手をちぎると痛い。

 痛覚とはまた違った、己のエネルギーを切り取られる喪失感の反動というべきか。

 とにかく、痛い。

 妖怪にも効果はあるはず。

 この作戦を棄却した理由は、反撃されたらその痛みが自分にも来るからだ。

 今回は純恋ちゃん援護という目的があったからこそ、触手使いに近づく危険を犯した。

 そのおかげで、妖怪の触手捌きが俺より劣ることに気が付けた。


 千切るたび、せっかく抑えていた触手を解放することになるが、再び伸ばしてくる触手も抑えてしまえばいいだけのこと。

 その度に触手をちぎり、ダメージを与える!


 ………


 あれ? 効いてない?

 顔がないので分かりづらいというのもあるが、どうにも効いてなさそうに見える。

 触手をちぎられても次々生やしてくるし、狼狽えた様子も見えない。

 エネルギーを喪失するのだから、少なからずこちらへ有利となるはずだが……。


「聖君! お札できた?」


 妖怪本体は碌な攻撃手段がないようで、純恋ちゃんはヘロヘロパンチを最小限の動きで回避している。

 対して純恋ちゃんは何度も斬り刻んでいるのだが、多少注意を引けたくらいで、妖怪は意に介していない。


「あー、うん、ありがとう。戦闘はもういいよ。純恋ちゃんは倒れてる人達を向こうに集めて」


「わかった!」


 返事はいいんだよな。

 ……よかった、本当に前線から離れてくれた。

 最初からしっかり止めたら従ってくれたのかもしれない。


「さて……」


 ここに至って1つの可能性に気が付いた。

 俺もようやく頭脳派を名乗れそうだ。



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