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融合霊素



 陽子ちゃんからSOSをもらった俺は、現場に急行した。

 ……蛇の口内に格納されながら。


「やっぱりこの方法が一番楽だな」


 触手で体を固定したり、結界をキャノピー代わりにして強風を防いだり、いろいろ対策を講じてみたのだが、結局これが一番楽だった。

 空飛ぶタクシーに乗り込んでしまえば、あとは自動で現地に着く。

 特に、トップスピードで空を飛ぶ時にはこれしか方法がない。


「なんだか、こたつの中みたいで楽しいね!」


 俺の隣で蛇に丸呑みされているのは、当然純恋ちゃんである。

 同行する条件として、一般的に躊躇いたくなるこの搭乗方法を提案したのだが……この子はノータイムで同意した。

 なんならこの状況を楽しんでさえいる。


「無理してない?」


「全然」


 匍匐前進の体勢で搭乗中の俺達にとって、口腔内の肉がシートベルト代わりである。

 なんとも言えぬひんやりした口内……人によっては不快に感じるだろう。

 大蛇が飲み込もうと思えばいつでも腹の中へ直行だ。

 外の景色が見えない彼女の場合、なおさら不安に感じるはず。


「えへへ」


 なのに、楽しそうに笑っているのは俺を信頼しているからか、心臓に毛が生えているのか……。

 御剣様の孫娘であることを考えれば、後者の可能性が高い。

 俺は大蛇の視界を借りて外の様子を確認し、目的地へ進路を変える。

 幾度かの微調整を経て、目的の墓地へたどり着いた。


「着いたみたい。一旦外に出るよ」


「うん」


 一秒でも早く戦場へ駆けつけたいところだが、こういう時こそ焦ってはならない。

 敵の強さはもちろん、外見すら分からない状態で戦闘に突入しては命取りだ。


「よっと」


「んっ」


 アクロバット入門者の俺達は逆上がりの要領で大蛇の頭に上がった。

 陽子ちゃん達は無事なようだ。

 ギリギリ間に合ったってところか。


 滞空する蛇から見下ろした戦場は、随分と悲惨な状況だった。


「4人倒しているということは相当強いんだろうな。いや、あの4人が弱い可能性もあるか。誰だろう」


「早く助けないと!」


 お坊さんと陰陽師らしき3人組が倒れており、墓石に頭を打ったのか、血を流している者もいる。

 早急に医療機関へ移送しないとまずい。


 唯一立っているのはジョンだけだ。

 さっきから妖怪の触手で滅多打ちされている。

 早く助けたいが……、二次災害を防ぐためにも、もう少し観察させてくれ。


 大蛇に乗ったまま妖怪を観察する。

 輪郭のはっきりしない影の姿、そのまま“影”あるいは“シャドウ”と呼ばれる形態だ。

 この形態は物理より霊的攻撃が有効な場合が多い。

 関東陰陽師会の公開情報にそう書いてあった。


 陰気を垂れ流していないところを見るに、脅威度4以下の殺人型といったところか。

 ジョンと触手で殴り合いしているし、間違いないだろう。

 戦場の破壊痕からも、これといって特殊な技があるとは思えない。

 しかし、その触手の殴打が十分に脅威となっている。

 俺はこのまま遠距離から戦うのがベストと判断した。

 ジョンも何とか防御しているようだが、このままだとマズそうだ。


 不意にジョンが視線を上げる。


「BOSS!」


 おい、何してくれてんだ。妖怪がこっちに気づいてしまったじゃないか!

 せっかくの不意打ちするチャンスが台無しだろうが!

 もう少し時間があれば鬼だって召喚できたのに。


「仕方ない、正々堂々戦うとしよう」


「仕方なくなの?」


 そうだよ。妖怪相手に騎士道精神なんて無用だからね。安全に倒す為なら何をしてもいいんだよ。不意打ちできるなら積極的に狙っていく所存です。

 純粋さを前世に捨ててきた俺は、そんな内容を至極真っ当に聞こえるよう伝えた。


「そっか!」


 純恋ちゃんはあっさり受け入れてしまう。

 妖怪の動きを観察する間の雑談のつもりが、天真爛漫な女の子にイケナイことを教える時間となってしまった。

 ジョンが俺の名前を呼んで以降、妖怪はこちらに顔を向けて微動だにしない。

 全身真っ黒なぼんやりした影の妖怪なので、顔というか、頭部をこちらへ向けているというのが正解か。


 戦闘はすでに始まっている。

 そちらが動かないのなら、こちらから動こう。

 俺は呪文を唱え始めた。


「燃え盛る炎は万物を灰燼へ帰す——」


 敵の脅威度は推定4。

 5に達しているなら殺人型でも陰気を垂れ流すし、陰陽庁から連絡が入るはず。

 いずれにも該当しないこいつは、陰陽庁の占術班が取りこぼす程度の強さということ。

 それに加えて、脅威度4と互角に戦うジョンがいまだ立っていることからも判断できる。


 ただ、気になる点が3つ。

 御剣様がわざわざ忠告したこと。

 既に4人倒されていること。

 形態が影であること。


 輪郭のはっきりしない殺人型の妖怪は弱い傾向にあり、脅威度4にしては被害が大きすぎる。

 さりとて、脅威度5弱にしては被害が小さい。


 そして、論理的思考抜きに、この妖怪はなんとなく気味が悪い。

 保護対象もいることだし、さっさと倒したほうがいいだろう。

 狙うは高火力による一撃必殺。

 コスパよりも安全を優先する。


(第(よん)精錬——融合霊素)


 親父曰く、敵が脅威度5弱なら、相性次第で圧倒できるほどの威力を発揮する。

 脅威度4とは一線を画す、脅威度5相手にだ。

 実際、脅威度4のクラゲ妖怪にも使ったが、完全にオーバーキルだった。


 ただ、便利な特性のある第参精錬霊素を贅沢に使用するうえ、精錬にも時間がかかっており、その付加価値は霊素の比ではない。

 間違いなく討伐報酬では賄いきれない支出となるが……それでもやる。


「我が敵を燃やし尽くせ——焔之札。ジョン、退避!」


 俺の指示が聞こえたジョンは妖怪に背を向け、全力で距離を取った。

 これは実戦投入前に取り決めていた合図の一つだ。

 高火力の一撃を放つ時は余波でフレンドリーファイアする恐れがある。

 「退避」の意味をしっかり教え、戦闘中にこの指示を出したら俺が大火力で攻撃することを伝えている。


 ジョンが陽子ちゃん達を庇うように伏せたところで、俺は札を飛ばした。

 触手で叩き落とそうとしてきたが、この程度の妨害は問題ない。スルリと回避し、妖怪に当てて爆発させる。


「ん?」


 違和感。


 ———!


 爆発の衝撃は大気を大きく揺らし、上空にいる俺たちまで熱波が届いた。


 融合霊素の特性は“威力に幅を持たせられる”こと。

 融合霊素はその名の通り、第参精錬霊素を融合させることで完成する。

 つまり、第参精錬霊素をいくつ融合させるかで威力を調整できるのだ。

 今回は上限となる5個をコネコネ合体させ、最大威力をお見舞いしてやった。


「ん?」

 

 巨大な炎が妖怪を呑みこむ直前、何か違和感が……。

 一瞬でエネルギーを消費し尽くした後、フッと消えた炎の中から現れたのは——妖怪の無傷な姿だった。



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