第4ラウンド
『聖から話を聞いてきたが、こりゃあ酷い』
散々破壊された墓場を見て、ジョンは顔を顰める。
幽霊となった今、決して他人事ではないのだから。
彼は親子の側を横切り、妖怪に立ち向かう。
「Don't worry. I got you this time.」
(安心しな。今度こそ、俺が助けてやる)
その言葉を向けられた少女は、何を言われたのかさっぱりわからなかった。
だが、論文で英語に馴染みのある博士には伝わった。
「助けてくれ……助けてください! ヘルプ アス!」
「OK」
助けを求める声に応じ、躊躇うことなく妖怪の前に立つ。
ファイティングポーズをとったジョンが挑発する。
『ボスが来るまでの時間稼ぎを頼まれたが、俺が倒してしまっても良いそうだ』
指をクイクイッと曲げて攻撃を誘う。
それが戦闘開始の合図となり、影のような妖怪から4本の触手が襲いかかってくる。
「yaaah!」
ジョンは4本全てを拳で打ち払った。
触手を扱えるジョンは、妖怪の触手もまた視認できる。
空海がこの光景を見れば、正確に攻撃を弾くジョンに驚愕したことだろう。
「Huh! Haaah!」
振るう拳は以前の素人パンチから一変し、空海との戦闘で学んだ武僧の一撃へと進化していた。
パワー効率が上がったことで、強力な触手攻撃とも渡り合えている。
そして、わずかに前進していく。
「あぁ……なんて、凄まじいのだ」
博士の目の前で激しい戦闘が繰り広げられる。
常人には近づくことさえ許されない、超常の戦い。
彼は瞬きも忘れてその光景に魅入っていた。
しかし、洗練された武術も付け焼き刃ではすぐにボロが出る。
「ouch!」
駆けつけてくれた正義の味方が華麗に勝利するとは限らない。
死神妖怪、武僧、そして荒御魂。強敵との連戦で既に満身創痍なジョンは、少しずつ少しずつ体を削られていった。
触手が見えていても、避けられない攻撃が来てはどうしようもない。
四方八方から襲いかかる触手に対し、ジョンは次第に防戦一方となる。
『これは、陰気ってやつか? 霊力じゃないな』
戦いの最中、ジョンは妖怪の操る触手が自らのものと違うことに気がついた。
包帯の破けてしまった場所を起点に、ピリピリとした痛みが全身へ広がってゆく。
触手を殴るたびにその痛みは増していくことから、体に悪いものでできているのは明らかだ。
それに加えて筋肉を構成する自らの触手が消耗していき、次第にパワーが落ちていく。
『マズイ……か……』
そんな時に限って不幸は続く。
背中から来た触手がジョンの胴体に絡み、掴みあげた。
「Goddamn!」
踏ん張りの効かない空中へ持ち上げられ、身を捩ることしかできない。
そこへ襲いくるは回避不可の連撃。
装備はもちろん、肉体も粉砕されてしまうだろう。聖からもらった肉体がなければ、戦うことはできない。
そして、未だ動くことのできない保護対象達を守れる者がいなくなってしまう。
『どうすれば……!』
その窮地を救ったのは、やはり彼の雇い主であった。
破けたポケットから1つの御守りがこぼれ落ちる。
その御守りから霊力が溢れ出し、迫りくる触手を打ち消していく。
胴体を掴んでいた触手も解けるように消え、ジョンは再び大地に降り立った。
『whoo、さすがBOSS、愛してるぜ』
九死に一生を得たところで、一人の男が立ち上がった。
「くっ、意識を失って……荒御魂は? あの母娘は? ジョン殿!」
瞬時に状況を把握した空海はすぐさま駆けつける。
妖怪を挟み撃ちにした2人は同じ構えをとった。
「手合わせの前に、実践稽古をつけることになるとは。いやはや、運命とはなんとも数奇なものだ。はっはっは」
『さっきまで伸びていたくせに、笑うだけの余裕があるなら、まだ戦えそうだな』
当然言葉は通じていない。
しかし、2人の間に言葉は必要なかった。
「参る」
『いくぜ』
「『はぁぁぁぁあああああ』」
触手が見えるジョンと、油断しなければ対等に戦える空海。
二人のコンビネーションにより、今度こそ戦況は五分となった。
〜〜〜
「はぁ……はぁ……」
『こりゃあ、終わりが見えないな』
二対一となったおかげで負担が半減し、しばらくは健闘した。
しかし、敵は疲れた様子も見せず、淡々と不可視の攻撃を繰り返す。対して人間である空海は疲労が蓄積し、ジョンは肉体の崩壊が止まらない。
均衡は妖怪側へと優位に傾き、ジョン達は防御に専念するだけで精一杯な状況に逆戻りしていた。
「このままでは……。誰か……」
空海が敗北を予感したその時、背後から救いの手が差し伸べられた。
「助っ人なら、ここにいるぜ!」
「遅れてすみません。市里、結界頼む」
「なんだこれは、脅威度何だよ。俺の結界で防げるのか?」
やってきたのは3人の陰陽師であった。
たまたま別任務のために出動準備をしていた3人が、関東陰陽師会からの要請で駆け付けたのだ。
空海やジョンと比べると弱いが、チームワークを発揮すれば脅威度4の熊妖怪とも張り合える中堅陰陽師たちである。
「これで勝てるぞ!」
空海は増援に対して希望を見出した。
一方で、ジョンは不安げに空を気にしている。
『BOSS、まだ来ないのか……』
荒御魂との戦いは、第4ラウンドへ突入した。
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御剣家来訪初日。
一通りの訓練を終え、最後の滝行をしていたところで着信音が鳴る。
一足先に滝から抜け出した俺へ届いたのは、陽子ちゃんからのSOSだった。
「分かった。すぐに向かう。極力妖怪から離れて。助けに行くから」
縁侍君が体を拭いながら尋ねてくる。
「どうした。親からの電話か」
「同級生が妖怪に襲われてるみたい」
俺は現場に近いジョンへ時間稼ぎを依頼して、すぐさま御剣家の母屋へ走った。
事情を説明する間も惜しい。
代金は後で支払うことにして、蔵から墨と紙を勝手に貰っていく。
大蛇の召喚陣を描き始めていると、追いかけてきた縁侍君が問いかけてくる。
「おいおい、いきなりどうした。さっき助けを呼んだんだろ。後は現地の陰陽師に任せるしかないんじゃないか」
「確かに。でも今忙しいから、縁侍君、関東陰陽師会に連絡してもらっていい?」
そうだった、ジョンより先にそっちへ依頼すべきだったか。
冷静に動いているつもりだったが、結構慌てていたようだ。
妖怪発見ではなく、今まさに襲われているとあっては時間に猶予がない。
そりゃあ焦りもする。
こんなことなら御守り渡しておくんだった。
「聖君、それって……」
純恋ちゃんも遅れてついてきたようだ。
俺の描く召喚陣を興味深そうに見ている。
「ここで式神を召喚する。移動用の式神で現場に急行するつもり」
「私もついて行っていい?」
「ダメ」
何を思ってついてこようとするんだ。
遊びに行くんじゃない、危険な妖怪と戦いに行くんだぞ。
まだ小学3年生の純恋ちゃんを連れて行くわけにはいかない。
「良いではないか。つれていってやれ」
一分一秒を争うなかで召喚陣を描く俺に、どこからか現れた御剣様がそんなことを言う。
「危険すぎます」
「聖がついておるのだ。心配ない」
「急いでいるので」
「話に聞く大蛇であれば、もう一人くらい連れていけるだろう。戦場では前衛が必要になる。必要なくとも、救助対象の護衛でもさせればよい」
やたら押しが強い。
御剣様の行動にはいつも振り回されているが、今回は何のつもりだ。
いくら御剣様の提案とはいえ、純恋ちゃんをつれていくのは危険すぎると思うが。
俺が聞く耳を持たないと察したのだろう。御剣様は腹を割って話を始めた。
「どうも、峡部家の近辺で、厄介な妖怪がうろついていると情報があった。念のため純恋も連れていけ。いざというときの逃走手段を用意しろ」
えっ、そんな情報が?
御剣家は戦闘訓練時も陰陽師の生存を最優先に考えている。
今回の提案も俺の身を案じてのことだったか。
でも、それならもっと良い人選があるのでは?
「お気遣いありがとうございます。それでは、お言葉に甘えて。……御剣様はついてきてくださらないので?」
「子供の冒険に大人がしゃしゃり出ては、いつまでも成長せん。純恋もそろそろ独り立ちする時期だ」
いや、早すぎるよ。
まだ9歳だろ。
元服だってまだ先だよ。
「聖君、私も連れてって!」
「……召喚します」
御剣様がダメなら、縁侍君がついてきてくれたら安心なんだけど。
純恋ちゃんの謎の熱意に押されて、縁侍君は前に出てこない。
うーん、これは、連れて行くしかないか。