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いじめられっ娘の戦い



 少女にとって、彼は王子様だった。


「隣に座ってもいい?」


 突然現れた少年が隣に座り込む。

 その少年のことは一方的によく知っているけれど、数えるほどしか話したことはない。


「いきなりごめんね。陽子ちゃんが泣いているのが見えたから、ついてきちゃった。なんで泣いているのか、教えてくれない?」


 日陰に生きる自分と違い、彼はクラスの中心人物。

 勉強は常に完璧で、先生にも信頼されている。体育ではいつも活躍して、運動会ともなると学年を超えて大活躍する。

 淡い憧れを抱いても、仲良くなるなんて考えられない相手。

 そんな少年が自分に手を差し伸べる。


 一番辛い時に颯爽と現れ、暗い世界から掬い上げてくれた。

 自分の手を引きながら廊下を進む彼の横顔。

 この時の光景は、少女にとって一生忘れられない思い出となる。

 先生の下へ相談に行き、定期的に面談をするようになって早3ヶ月。

 夏休み前日の今日もまた、陽子はカウンセリング室にいた。


「あれからどう? 何か嫌な思いはしていない?」


「最近は無視されるだけで、嫌がらせはなくなりました」


 イジメの根絶には至っていないが、積極的な行動は見られなくなった。

 そんな状況をマシと考える少女の言動に、先生は胸を痛める。


「何かあったら、すぐに私を頼ってね。貴女には、笑顔で学校生活を送る権利があるんだから」


「はい」


 どんな技を使ったのか、直接的なイジメを短期間で止めさせた先生の言葉は、とても頼りになる。

 それに、今の陽子はイジメについてそれほど心配していない。

 他ならぬ聖によって、根本的原因は取り除かれたのだから。


『陽子ちゃんのいじめも、妖怪が原因の一つだと思う。しっかり退治したから、これからは不幸の頻度も下がるはずだよ。……ここまで説明しちゃったし、中途半端に知るのはまずいか』


 そして、彼はこの世界の秘密を教えてくれた。

 妖怪が本当に存在して、人間に害をなすこと。霊感に目覚めると、妖怪に襲われやすくなること。今回襲われたのは災害型という妖怪で、長く居座り人を不幸にするのが狙いだったこと。不幸には様々な形があり、今回はいじめという形で発現したこと。実はいじめっ子も妖怪の影響を受けていたこと。


「聖君は、あんな怖いのと毎日戦ってるの?」


「うん、それが俺の仕事だからね」


 クラスの人気者が実は裏で悪と戦っている……。

 彼女の読んでいる漫画と同じ展開である。


 最後に、妖怪を見つけても無視し、後で聖にこっそり報告することを約束させられた。


「今日のことは、2人だけの秘密ってことで。それじゃあ、また明日、学校で」


「うんっ」


 陽子は目を輝かせて頷いた。

 ヒーローの秘密を共有するヒロインになった気分で。



 〜〜〜



 それから毎日聖と話をするようになり、彼女にとって幸せな日々が始まった。

 聖からすれば経過観察と秘密保持の確認のためであったとしても、少女にとっては王子様との逢瀬である。

 妖怪退治によって不幸が減るとは聞いていたが、幸運が舞い込むとは思ってもいなかった。


 しかも、母親が病院へ通い始めて以降、1年ぶりに優しい母親が戻ってきた。

 聖が手を差し伸べてくれたあの日から、良いことばかりが続いている。

 そして今日、陽子は母親と一緒に父親の墓参りにやってきた。


 母親の精神状態のせいで、これまでずっと来れなかった場所だ。

 父親が亡くなってしばらくは泣き明かして過ごしていたが、自分のことで精いっぱいだったこともあり、陽子のなかでは整理がついている。

 ただ、お墓参りには来たいと思っていた。父親に報告したいことは山ほどあるのだから。 


 住宅街のはずれ、小高い丘を車で登った先に墓地がある。

 母親の運転でやってきた2人は、お供え物を手にお墓へ歩いていく。

 菱家のお墓が見えたところで、陽子の視界に怪しい影が映り込んだ。


「……!」


 陽子は慌てて視線を下げた。

 聖に言われた通り、妖怪に霊感があると悟られない為に。

 一瞬見つめてしまった妖怪を表すとしたら、人の形をした影だった。


 その妖怪は、なぜか菱家の墓の前に佇んでいる。


「ママ、お手洗い行きたい」


「あそこの建物にあるから、いってらっしゃい」


 それでは意味がない。

 あの妖怪から離れる為に、わざわざこんな嘘をついたのだから。


「誘拐されたら怖いから、ママも来て」


「……大丈夫だと思うけど」


 と言いつつも、母親はついてきてくれる。

 これで時間稼ぎができる。

 その隙に聖へ助けを求めるか、妖怪が去るまでやり過ごせば……陽子が次の手を考えていたその時、視界の端で妖怪が動いた。

 影のような妖怪が、こちらを向く。

 どちらが前後か分からない見た目をしているのに、陽子は自身へ向けられた視線に気づいた。


 そして、そこに込められた人生で2度目の感覚……殺意を感じた。

 その殺意は、大きい人間へ狙いを定め、触手をしならせる。

 陽子には触手が見えていない。彼女の頭に浮かんでいたのは、溶解液を吐き出す妖怪の姿。


「ママ!」


 一瞬で迫り来る触手の間に入ったのは、陽子である。

 妖怪が見えるのは自分だけ。

 弱っている母親を守る為、彼女は妖怪の攻撃をその身に受けた。

 

 ドン ゴロゴロ


「陽子!」


 母親の目には、何が起こったのかわからなかった。

 突然娘が自分の前に飛び出して、車にでも轢かれたかのように横に吹き飛んだ。

 尋常ではない事態に混乱しながら、慌てて娘に駆け寄る。


「ママ……怪我……して……ない?」


「私は何も。それより、陽子が……何があったの? 転んだわけじゃないわよね」


 母親は霊感が皆無であった。

 殺意を向けられてなお、妖怪の気配すら感じられない。

 ただただ、尋常ならざる出来事に恐れ慄くのみ。

 抱き起こした娘は土埃に塗れ、痛みに震えていた。


「きゅ、救急車」


 本来なら正しい対処も、この異常事態においては間違いとなる。


「ママ……早く、ここから、逃げて……」


「救急車お願いします! 娘が突然倒れて、はい、はい、お寺の…… え? 逃げるって、何から……あっ、はい、そうです」


 今すぐにでも距離を取らなければならない状況で、呑気に電話を始めた代償は大きい。

 ふらふら揺れるように、妖怪が歩み寄ってくる。


「……!」


 触手は見えなかったけれど、妖怪本体の姿は見える陽子にとって、それは死の宣告に等しく思えた。

 聖から妖怪がどれだけ恐ろしいかは聞いている。

 こんな時はとにかく逃げるしかないと知っているのに、気が動転した母親は娘の声を聞いてくれない。


「……聖君」


 最期の言葉を待っていたのだろうか。

 陽子がつぶやいた直後、誰にも見えない触手が振るわれる。

 その威力は先ほどの比ではなく、母娘共々吹き飛ぶような力が籠っていた。

 山奥にいる王子様まで助けを求める声が届くはずもなく、少女は不運な犠牲者となる……はずだった。


「ぬぅん!」


 バシン!


 乾いた音が墓地に鳴り響く。

 

「墓地に現れるとは、予想外だった。ジョン殿との巡り合わせも、霊山のお導きか」


 ジョンとの戦闘で負った傷を手当てする為、近くのお寺を訪ねた折、本命の相手に遭遇したのだ。

 本来なら、空海が墓地で荒御魂を待つことはなかった。

 墓地は一種の聖域であり、住職によって払い清められている。

 妖怪は墓地を嫌うはずなのだが……現に姿を現している。


 微かな風切音を捉えた空海は、音の方向へ向けて防御態勢を取る。

 その直後、右腕に衝撃が走った。


「なるほど、見えない攻撃というのはこのことか。不可視の鞭を操る荒御魂とは、厄介な」


 防御した腕は赤く腫れている。

 仙闘之術によって強化された肉体ですらこの有様だ。

 一般人であれば肉体が弾け飛んでいただろう。


「ふん! ぬん!」


 対妖怪用に鍛え上げられた独鈷杵を縦横無尽に振り回す。

 連続で襲いくる触手を次々に打ち払い、後ろには一撃も通さない。

 触手そのものが見えずとも、音や空気の流れを読めばおおよその位置は分かる。

 長年の経験と修行による成果を発揮し、脅威的な特殊能力相手になんとか渡り合っていた。


「ぬぅ……」


 しかし、防戦一方なのもまた事実。

 苛烈な攻撃は途切れることなく続き、攻めに転じることもできない。

 一般人を危険に晒すわけにもいかない為、何かきっかけがなければこの場を動くことすらできなかった。

 そんな膠着状態は、最悪な形で崩れ去る。


「しまった!」


 ゆっくりと忍び寄ってきていた触手が空海の足に巻きつく。

 そして、成人男性の体重をものともせず、豪快に振り回した。

 墓石にぶつかり、地面に叩きつけられる。

 さすがの武僧といえども無傷とはいかない。

 半径10m以内の墓石がことごとく砕かれた頃、空海はジャイアントスイングの如く投げ飛ばされた。

 投げ飛ばされた先で激突した墓石が運悪く首を強打し、彼は意識を失った。



お待たせしました。無事、第5章書き上がりました。

7話分予約投稿してあります。

下記の通り、変則的な投稿となります。


なろう:3/4.6.8.11.14.18.25

カクヨム:3/4.5.6.7.8.11.18


以前から仄めかしていたカクヨム先行公開を行いたいと思います。

この機会にぜひ、カクヨムへ!

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