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仙闘之術


『聖に無茶するなって言われたばかりなのに、これはマズイな』


 クズ男を助けるために戦ったジョンは、装備のあちこちに傷を作っていた。

 以前、ジョンは殺人型の脅威度4と戦っている。

 その時と比べれば損傷は軽微だが、聖にこの姿を見せればお小言を言われるのは間違いない。

 人を助けるためだったとはいえ、触手筋肉も一部切断されているし、心配してくれているのだと思えば甘んじて受け入れるしかないのだ。


『人に見られないように気を付けないとな』


 服と表皮代わりの包帯が斬られ、このままでは中身が見えてしまう。

 峡部家へ戻って羽織るものを貸してもらう為、歩みを進めたその先。小さな妖怪が漂っていた。

 脅威度は2のなかでも下の下だろう。

 ちょっと触手で殴れば霧散するような存在だ。


 ジョンは慣れた調子で何の感慨もなく妖怪を退治した。

 これで不幸に見舞われる人が減る。

 そんな小さな達成感を覚えていたジョンへ、予想外の事態が襲い掛かる。


「慈雲の仇! せいやぁっ!」


「What!」


 突然殴りかかられたジョンはかろうじて防御することができた。

 真正面から受け止めた一撃は重く、クロスした両腕の触手が大きく損傷してしまったが。


「Hold up! I might look sketchy, but I ain't no yokai!」

(待ってくれ! 俺は怪しい奴だが、妖怪じゃない!)


 襲撃者の言葉が分からずとも、ジョンは相手が陰陽師関係者であると察した。

 聖からも「包帯の下を見られたら、妖怪と勘違いされるから気を付けてね」と言われている。

 ゆえに、弁明しようとしたのだが。


「珍妙な鳴き声だ。言葉のようにも聞こえるが……。これぞ荒御魂の特異性か」


 そう言って空海は独鈷杵を構える。

 彼は致命的なまでに英語が苦手だった。


『お前も英語話せないのか? 聖でも分かる簡潔な言葉で……wow!』


 しかし、ジョンも日本で活動を始めてこういった状況には慣れてきた。

 普段なら行動で示せば大体何とかなってきたのだが、今回はそうもいかない。


『重い。速い。普通の人間がどうしてこんなに強いんだ』


 触手の力で常人を超えたジョンが一方的に押されている。

 それは空海が仙闘之術を極め、培ってきた戦闘経験を駆使し、激情を胸に冷徹な思考で仕留めにかかっているからだ。

 ジョンは初めて向けられた人間からの殺意に委縮しつつも、観察を続ける。


「ふんっ! はあっ!」


(なるほど、こう動くのか? 拳を繰り出すときは、こう。足運びは、こう。体を捻って……。呼吸にも意味がありそうだ。それと、あの変な形の武器は触れたらヤバい気がする)


 ジョンは襲撃者の動きをよく観察した。

 超接近戦ゆえに、わずかな変化も見える。

 聖が作った眼球は武僧の姿をよく映してくれた。

 そして、ジョンはその動きを真似し始めた。

 生前は争いごとに関わってこなかった彼が、初めて真剣に戦い方を学んだ。


「ふんっ!」

(なんだ、急に動きがよくなっている。こちらの技術を模倣しているだと?)


 普通の妖怪は技術など用いない。

 生まれ持った怪力を振り回すだけで人間を害することができるからだ。

 仙闘之術も、それを扱う技術も、弱者が強者に抗うため、武僧が長い時をかけて洗練させてきた技術である。

 それをもしも妖怪が学習したとしたら……。

 

「必ずここで仕留める!」


『I ain't your enemy, I'm telling you!』

(俺は敵じゃないって言ってるだろ!)


 独鈷杵を握る手に力が入る。

 その予備動作と強烈な殺意を感知したジョンは、模倣した足運びで武僧の懐へ入り込み、武器を使えない位置取りで対応した。

 空海もまたその狙いを察知し、全体重を乗せた正拳突きへと動きを変える。


「らぁっ!」


「Yaaaah!」


 互いの拳が真正面からぶつかる。

 力は互角。

 その衝撃は体を伝って地面へ走り、アスファルトにひびが入る形で発散された。


「くっ」


「Oh……」


 ジョンの肉体は当然であるが、空海もまた無傷ではなかった。何度かくらったレバーブローがじわじわ効いている。

 互いの腕力は互角、技術も驚異的な速度で追いついてきている。

 それでも、先に倒れるのは脅威度4との戦闘でダメージを負っていたジョンの方である。

 これ以上の交戦は何としても避けたい。

 ジョンは全力で後ろに跳び退き、両手を挙げた。


「Listen to me, please. I'm begging you.」

(俺の話を聞いてくれ。頼む)


 すぐさま距離を詰めた空海だが、ハンズアップし始めた荒御魂を見て思考を加速させる。

 そもそも、いつまでたっても不可視の攻撃が来ないのはおかしい。

 攻撃する隙を与えないように攻めているのだが、それにしても荒御魂から殺意が感じられない。

 拳を振りかぶった空海が違和感を覚えたタイミングで、荒御魂が叫んだ。


「I am the Shikigami of the Kyobu family! Shi, ki, ga, mi!」

(俺は峡部家の式神だ! し、き、が、み!)


「む? 式神?」


 英語が苦手な空海でも、さすがにこの単語は聞き取れた。


 空海が攻撃を止めると、荒御魂も動きを止める。

 ハンズアップを続けたままであり、不可視の攻撃をしてくるかと警戒するも、何も反応はない。

 荒御魂の言葉を咀嚼していくと、もう一つの名詞にも心当たりがあった。


「きょうぶ……峡部か……。確か、この辺りにそのような名の家があったな」


 空海の戦意が衰えたのを見て、ジョンはさらに言葉を重ねた。

 しきがみ、きょーぶけ、おんみょーじ、おふだ……簡単な単語を使い、自分が関係者であることを必死に伝えた。

 そして、ジョンが峡部家の式神であることを理解した空海は、顔をひきつらせた。


「つまり、拙僧は、峡部家に無礼を働いたと……申し訳ない」


 召喚術を継承する陰陽師にとって、式神は仕事道具であり、資産である。

 それを傷つけるということは宣戦布告にも等しい。

 勘違いだったとはいえ、早急に謝罪しなければならない。


「して、召喚主殿はどちらに」


『今は遠くに行っていて、しばらく帰ってこないんだ。話があるなら電話でもするか?』


 ここに至ってようやく、スマホの翻訳機能を使って会話することができた。

 スマホの便利さに目を丸くした空海は、その翻訳結果にも驚かされた。


「遠くに? 召喚者の指示で動いているのではないのか? いや、そもそも言葉を話す式神自体初めて見た。そのうえ、すまーとふぉんを操るとは……」


 空海的にはスマホを扱える点に一番驚いていた。

 ともすれば、自分よりも現代社会に適応しているかもしれない。


「すまないが、電話をつないでくれるか」


『OK。……Hey Boss、今朝ぶりだな。早速で悪いんだが、装備が壊れた。……すまないと思っている。あぁ、それと、俺と同じ格好をした陰陽師と戦った。……そのあたりは直接聞いてくれ』


「お電話変わりました。拙僧は空海と申します。この度は……」


 空海は事情を説明し、ひたすら謝る。電話相手に見えるはずもないのに、何度も頭を下げていた。

 ジョンは傍で『何してるんだこいつ』という目で見ていた。


「失礼します。……ふぅ。何とか許しを得られた。其方の主人が度量の大きい御仁で助かった」


『うちのBossは優しいからな』


 安堵する空海に対し、ジョンは自慢げに言った。

 そして、人心地ついたところで空海はあることに気が付いた。


「電話越しだが、若々しい声の持ち主だった。其方の主人は若き天才なのだな。其方のように強い式神を従えているのだから、よほど強い陰陽師なのだろう」


『おう、強くて頼りになるBossさ』


「主人もそうだが、其方のように優秀な式神は初めて見る。我が流派の動きを瞬時に模倣したその才は貴重だ。また巡り会うことがあれば、その時は再び手合わせ願う。おっと、いかん、任務に戻らねば。では」


「good-bye」


 こうして、不幸なすれ違いは不思議な縁となって幕を閉じた。


次回から連続投稿するため、2週間お休みします。

次回更新は3/4(月)です。

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