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クズ男

お母様の姉である美麗、その夫視点です。



 パチンコ行った帰り道、俺はイライラを発散するように小石を蹴った。


「あーもー。あとちょっとだったのに」


 ついてねー。

 あそこで激アツ外すとかないわ。

 確率的にあと1万あれば絶対フィーバーきたってのによぉ〜。


「美麗が出し渋るから。ったく、ガキに習い事行かせる金あるなら、こっちに回せっての」


 結婚前は、ちょ〜っと甘えればすぐに金出してくれたのに。

 ガキが生まれてからは子供の将来がーとか言うようになっちまった。

 こんなことなら避妊しとくんだったぜ。


 チョロいうえに見た目も良くて、実家が金持ちで、働かなくてもいいって言うから結婚してやったけど。


「老けてきたし、チェンジすっかな」


 キープしてる女たちの顔を思い浮かべるも、どうにもピンとこない。

 付き合うなら貢いでくれる若い女が一番だが、家計が一緒になっても遊ぶ金を出せるほどの稼ぎとなると……。

 腹立たしいことに、美麗が安牌って結論になっちまう。


「そうだった、婆さんの遺産を忘れてた」


 それを考えたら他の女なんて話にもならんな。

 とんでもねー豪邸に住めるほどの大金、一体いくらになることやら。

 あー、美麗の兄妹がいるから、3等分になっちまうんだっけ?

 どうにかできねーかな。

 ガキどもに演技させて、多めに分配してもらえるように媚び売るか?

 いい考えじゃね!


「世の中俺を中心に回ってんだろ。そうなんだろ、おい」


 この時の俺は、パチンコの負けも忘れてハッピーな気分に浸っていた。

 人生なんてチョロいと、本気で思っていた。

 ……今日この時までは。


 〜〜〜


 素寒貧じゃあどこにも行けねぇ。

 クソ暑い外にいつまでもいたくねぇし、大人しく帰ってビールでも飲むか。

 夕日を背中に受けながら、進路を自宅へ向けたところで、誰かにぶつかった。


「あん? どこに目ぇつけて……あ?」


 俺にぶつかった不注意な男は、真夏なのに黒いコートを着ていた。

 コートっていうか、ローブ?

 フードまで被って、変な奴。

 思わず怒りが霧散した俺は、男の持っているものに気がついた。


「何それ、鎌? コスプレかよ。ウケるんだけどグァッブァッ!」


 はっ? 痛い?

 えっ、なんで?

 今、俺、何された?

 なんで地面を転がってるんだ?

 なんで左腕から血が出てるんだ?

 あの鎌で斬られた?

 意味がわかんねぇ!


「————」


 俺を斬った黒い男は……男?

 違う、何だこいつ。

 フードの下に顔がない。

 人間じゃない!


「化け物! だ、誰か! 助けて!」


 すると、ちょうど視線の先に人影が見えた。

 くたびれたスーツを着たおっさんだ。

 こっちに気づいた!


「ひぃっ!」


「助けてくれ! 変な奴に襲われてる! って、おい! どこ行くんだよ! 逃げんな! かっ、金! 金払うから! 女を貸してやってもいい! なぁっ! 頼むよ! 助け……」


 おっさんの姿はすぐに見えなくなった。

 俺の声は聞こえてたはずなのに。

 クソっ!


「ぐあっ」


 格好悪く地面に倒れていた俺は、文句を言う間もなく化け物に追撃された。

 脇腹が痛い。

 これ、絶対骨折れてる。

 痛い、痛い、痛い!

 地面をのたうつ俺を見て、化け物が静かに笑った。

 顔がないはずなのに、間違いなく俺のことを嘲笑った。

 ゆっくりと、鎌が振り上げられる。


「えっ、俺、死ぬの?」


 いやいやいや、何だよそれ。

 俺が、死ぬ?

 いや、そんなの、え?

 そんなことある?

 俺まだ30代だぜ。

 寿命なんてまだ先でしょ。

 死ぬって、死……おい、嘘だろ。

 嘘だよな。

 嘘、そう、嘘だ。あっ、夢か。そうだ!

 これは夢なんだ!


「痛ぇ、痛えよ。夢じゃない。何だこれ、どうして」


 体が痛くて立つこともできない。

 涙が止まんねぇ。

 それでも殺されたくないから、這いずるように化け物から逃げる。


「まだ死にたくない。俺は、もっと楽しく生きて……」


 楽しく生きる……。

 ギャンブルに負けてイライラしてたのに?


 女と遊んで……。

 昔より性欲が衰えて、今は見栄を張るための勲章代わりなのに?


 金……。

 金なんかいくらあっても、誰も助けてくれないのに?


「あれ? 俺、なんで生きてるんだ?」


 真面目だった美麗をこっち側に引き摺り込んで、人生狂わせた俺に生きる価値はあるか?

 血は争えないのか、死んだ親父に似てすぐ怒鳴る俺を、子供達は恐れている。

 クズな親父なんか死んだ方が清々するだろ。俺はした。

 キャバや競馬場、雀荘で仲良くしてる連中も俺が無一文になったら相手にするはずがない。所詮金の繋がりだ。

 

 金も女も娯楽も、死んだら何の意味もない。

 価値あるものを何も生み出してこなかった己の人生の無価値さに、気づいちまった。

 誰よりも似たくなかったクズ親父、その背中を知らず知らずのうちに追ってたことに、目を背け続けてた。

 そりゃあ、誰も助けに来ねぇよ。

 社会のゴミが生きてたって、誰も喜ぶわけがない。


「へへっ、俺、死んだ方がいいのか……」


 俺はいつの間にか、這いずる腕を止めていた。

 痛みに呻きながら仰向けに転がり、己の死と向き合う。

 あぁ、お前は俺を迎えに来た死神だったのか。

 痛え、痛ぇよ。殺すならさっさと殺してくれ。

 こんな無価値な人生に、終わりを告げてくれよ。


「……やだ」


 あれ?


「しにたくない。だれか、だれか、たすけてくれよぉ。だれかぁ!」


 おかしいな。

 こんなこと言うつもりないのに。

 涙と一緒に弱音が溢れる。

 こんなに泣いたの、ガキの頃以来か?

 死神が泣き喚く俺を見下ろし、鎌で傷口を抉ってきた。

 鳴き声がうるさいからと親父に殴られた時の光景が浮かぶ。


「あ゛ああああぁぁぁぁ! たすけて! だれか! ごめんなさい! 俺が悪かった! 反省してます! だれでもいいから、だれかぁ! 助けてーー!」

 

 本能と理性がごっちゃになって、訳がわからなくなってきた。

 俺が反省?

 今さら何言ってんだよ。

 もう、無理だって。


 胸にぽっかり空いた虚無感は、死んでも埋まるとは思えない。

 俺はいったい、どうすればよかったんだよ。

 どう生きればよかったんだよ。

 誰も教えてくれなかったじゃんか。

 誰か、教えてくれよ。

 そうすれば……。


「だれか……たすけ……」


 血、出過ぎたのか?

 なんか、意識が……。

 俺、こんな風に死……ぬ……。



「 H e y ! 」


 大きな声に思わず目が開く。

 激しい衝突音と共に、目の前の光景が目まぐるしく変わった。

 ついさっきまで視界を埋め尽くしていた死神が吹き飛び、俺の前には坊さんみたいな格好の男の背中があった。


「Don't worry, I'm here now. Everything's gonna be alright.」


「たす……けて……」


「OK」


 これは、英語? 外人の坊さんか?

 なんて言ってんのかさっぱりわからないが、俺はただただ助けを求めた。みっともなく泣きじゃくりながら、か細い声で。

 そして、その願いは聞き届けられた。


「Hey chicken! I'll take care of you.」


 坊さんが何か言うと、ボクシングのような構えをとった。

 それが戦闘開始の合図だったのか、死神は鎌を振るいながら迫り来る。

 やべぇよ、坊さんが殺されちまう。


「Hahaha!」


 はぁ!? 鎌を殴り返した?

 夢みてぇな光景に、出血で朦朧としていた頭がハッキリしてきた。

 さっき、えっ、間違いなく刃とぶつかってたよな、

 なのに、坊さんの手からは血が出てる様子もない。

 あれの鋭さは誰よりも俺が一番よく知っている。


「Uh-oh, this one's as tough as that yokai back then. I'm not planning on losing, though...」


 無言で何度も鎌を振るう死神と、その全てを恐れる様子もなく迎え撃つ坊さん。

 何だこれ、何が起こってんだ。


「Hey, can you stand and run?」


「逃げろって? わ、わりぃ。もう体が動かねぇんだ」


「OK」


 服が破れ、坊さんもついに傷つき始めた。

 傷の深さに関わらず、あの鎌で斬られた場所はとんでもなく痛む。

 それが数十箇所も斬られたとなれば、どんだけ苦しい思いをするのか……。想像するだけで耐えられねぇ。


「なんで……なんで助けてくれるんだ。俺みたいな価値のない奴、放っておけばいいだろ」


 あぁ、また心が沈んでいく。

 助けて欲しいのに拒絶するようなことを言っちまった。

 心と体がまるで言うことをきかねぇ。

 メンヘラよりも面倒くせぇこと言ってる俺に、坊さんは戦いながら答えた。


「I can't just leave someone struggling, right? Just stay put and let me help you.」


 英語の成績がドベだった俺には、坊さんがなんて言ってんのか分からない。

 それでも、強い意志を持って戦っていることは分かる。

 その背中は、どこか輝いて見えた。


 Bam! Bam! Bam!


 死神の鎌をくらいながら、坊さんはプロボクサーすら霞む猛烈なラッシュで死神を吹き飛ばす。

 化け物然とした死神も、さすがにダメージを受けてやがる。

 

「Say goodnight, Reaper!」


 坊さんは鎌を恐れることなく接近して、大振りな右ストレートをぶちかました。

 その一撃はこれまでのものとは比較にならないくらい強力で、衝撃波が死神を突き抜けていくほど。


「……………」


 死神は打ち込まれた拳にもたれかかったまま、黒い粉になって崩れちまった。

 勝った……。

 あのばけものに、勝った!


「Winner」


 坊さんは拳を天に伸ばして宣言した。

 すげぇ!

 坊さんが死神をぶっ倒した!

 何だよ、あれ!

 マジでスゲェ!


 そんなスゲェ坊さんは、なぜか懐からスマホを取り出し、どこかへ電話し始めた。


「Hang tight, buddy. Help's on the way. Just stay put.」


 坊さんはこちらを振り向いて一言告げると、そのまま立ち去ろうとした。


「あの! 名前! あんたの名前を教えてくれ! えーっと……ふーあーゆー?」


「I'm John Dou. Kyobu's shikigami」


 ジョンさんって言うのか。

 後半は何て言ったんだ? キョブズ?


「何か、お礼を。そうだ! お布施って言うんだよな。家に帰ったら金を! マネー!」


 ジョンさんは人差し指を立て、指を左右に振った。

 いらないってことか?


「Hey, if you're grateful, do someone else a solid next time they're in a bind. See ya!」


 そんな言葉を残し、ジョンさんは歩き去っていく。


「あの! 今、なんて?」


 くっ、こんなことなら英語の授業まじめに聞いとくんだった。

 意味は理解できなかったが、ジョンさんがお金を受け取るつもりがないことくらいは分かる。

 なんで、俺を助けたんだ?

 金すら貰わなかったら、マジで何もメリットないじゃんか。

 見返りを求めずに人を助けるとか、そんなこと、本当にする奴がいるのか?

 自分の体を傷つけてまで?

 あっ、やべ、また、意識……が……。


「ジョン……さ……ん……」


「通報のあった被害者発見!」


「左上腕から出血。陰気の影響を強く受けている可能性があります。至急搬送が必要です」


 あぁ、俺……助かった……のか……。

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