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顔見知り



 夏休み初日、俺はお泊まりセットをカバンに詰め込みながらジョンに念を押す。


「無茶はしないように。また体を壊されても修理できないから」


『OK! それくらい分かってるさ』


 なんて気軽に返事をしているが、こいつは脅威度4の殺人型と真正面から戦って、体を半壊した前科がある。

 一般市民を庇った結果とはいえ、あまり信用できない。

 俺はこれから御剣家の訓練に参加するため、1週間不在となってしまう。


『酷い出費だったんだよな。気をつけるよ』


「いや、金の心配はしていない」


 確かに痛い出費だったが、その費用はジョン自身によって補填されている。

 担当地域での妖怪退治は常設任務となっており、実績によって報酬が支払われるのだ。

 一日中働いても疲労しないジョンは、街中の妖怪を根こそぎ倒すことによって充分な成果を上げていた。

 故に、俺が心配しているのはそこじゃない。


「人を守る為なら、多少無茶するのは理解できる。でも、ジョンが傷付いたら癒す手段がない。傷つくのかどうかもわからないけど、何かあってからじゃ遅いからさ」


 人体に陰気が触れると不幸を齎すが、霊体に陰気が触れたらどんな影響を及ぼすのか分かったもんじゃない。

 少なくとも良い影響はないだろう。

 なんたって、幽霊を核に強力な妖怪が生まれることもあるのだから。


『聖……そこまで俺のことを心配してくれるなんて……。まだ知り合ったばかりなのに、情の厚いやつだ。あんたの部下になる選択は、間違いじゃなかった』


 よせやい。

 男がデレても嬉しくないっての。

 こういう感情表現が大袈裟なところに、異国の文化を感じる。


 荷物を詰め終えたところで、玄関先からお母様の呼び声が響く。


「聖ー、お迎えの車が来ましたよ!」


「それじゃあ、行ってくる」


『ボスの無事な帰りを祈ってるぜ』


 ジョンと別れた後、お母様のハグで愛情を充填し、俺は御剣家の送迎車に乗り込んだ。


 ~~~


 御剣家が居を構える土地は、はっきり言ってド田舎だ。

 娯楽施設もなければ、小売店すらほとんどない。

 子どもの数も減ってきて、ついには小中学校が統合されてしまった。


 武士の才能があればここに留まることになるが、それ以外の者は便利な都会へと移住してしまう。

 その過疎化を加速させるライフイベントが"高校進学"だ。

 最寄りの高校まで車で1時間、進学校に行きたいのなら1時間半、公共交通機関を利用するにしても毎朝山を下りなければならない。

 毎日通うのは酷だと、可愛い娘に泣きつかれては父親も揺らぐ。

 かくして、高校進学と共に都会での一人暮らしも始まるようになった。

 1人始めれば他の者も続く。

 なんなら一家揃って移住することもある。

 そして、都会での生活に慣れた子供達は戻ってこなくなるのだった。


 高校へ進学した縁侍君も、都会での一人暮らしを始め……られなかった。


「はぁっ、はぁっ、おぉ……来たのか……。そういえば今日だったっけ。はぁ、はぁ」


「縁侍君、久しぶり。通学お疲れ様」


 俺が御剣家の玄関をくぐると、酸素を貪るように全身で息する縁侍君が、玄関口で仰向けに倒れていた。

 出会った当初は中学2年生だった彼も、今では高校2年生。

 4年間で身長も伸び、ほとんど大人の体へと成長している。


「本当なら俺も先輩達と一人暮らししていたはずなのに」


「毎日大変だね。良い訓練にはなってそうだけど」


「それはもう、嫌というほどな」


 次期当主である縁侍君だけは、一人暮らしを許されなかった。

 大学生になったという兄弟子達と家で遊ぶ未来を描いていたらしいが……可哀想に。

 己の宿命を嘆く縁侍君に、ヌッと姿を現した御剣様が無慈悲に告げる。


「自らを律することができる性格であれば、送り出せたがな。お主は己に負荷をかけられぬ性格だ」


「知ってるよ。分かってるよ。繰り返さなくていいから」


 その理由は、耳にタコができるほど聞かされているようだ。

 縁侍君、訓練は頑張れるけど、血反吐を吐くような訓練率先してやるタイプじゃないから……。

 御剣家の次期当主として実力をつけるためには、一人暮らしさせることができなかったらしい。

 さらに訓練の一環として、車で1時間の通学路を毎日全力疾走させられているそうな。

 想像と全く違う高校生活の始まりに、去年の縁侍君は煤けていた。


「来たか、聖。歓迎する」


「1週間、お世話になります」


 うむ、と満足げに頷く御剣様は、出会った頃から変わりない。

 力漲る肉体は老化知らずで、今でも最前線で戦っている。


「今回こそ、内気を感じ取れるといいのですが……」


「諦めなければ、いつか感じ取れるだろう。精進しろ」


 俺の内気習得については、御剣様すら期待するのをやめた。

 小学1年生から始めた内気の訓練、俺は感知の段階で躓いている。

 これが実家で訓練をサボっているせいなら、御剣様も訓練のしがいがあるというのだが、毎日瞑想してこの結果だ。

 俺より後に訓練へ参加し始めた地元の子の方が、先に内気の感覚を掴んでいる有様である。

 ここまで来たら認めざるを得ない。ハッキリ言って、俺には才能が無い。

 御剣様の見立ては正しかったということになる。


「あっ、聖君来てる! こんにちは!」


「久しぶり、純恋ちゃん。こんにちは」


 御剣家の元気印がトタタと廊下を駆けてきた。

 内気習得を半ば諦めかけている俺が、長期休みのたびに御剣家を訪れる理由の1つが彼女だ。


「あのね! わたし、力の流れを変えられるようになったの。聖君が気になってた、鬼のパンチを逸らすやつ!」


「それは凄い。訓練の時に見せてよ」


「うん!」


 日々着実に成長している彼女は、俺が御剣家を訪問するたびに新しい技術を身につけている。

 そして毎回、成果を披露してくれる。

 既に気をマスターしている大人達に「技を全部見せて」というのは躊躇われるので、彼女のお披露目式はとてもありがたい。

 御剣家の技術を知れば、いつか共闘する時に役立つはず。


 それがなくとも、せっかく紡いだ御剣家との縁、風化させるつもりなど端からなかった。


「そろそろ昼休憩は終いだ。午後の訓練に入るぞ。聖もついて来い」


「はい」


「また走るのかよ。もうちょっと休憩させて」


 縁侍君は学校の体操着のまま訓練に参加させられていた。


 ~~~


 聖が武家の幼馴染たちと再会の挨拶をしていた頃、ジョンは街を歩いていた。

 困っている人がいれば手を貸し、妖怪がいれば退治する。

 言葉がほとんど通じないのに、ジョンはいつの間にか顔見知りが増えていた。


「おっ、ジョンさん、ハロー。この間はありがとよ。マジで助かった」


『hello.If you need help, call on me anytime.』

(困っていたらいつでも声をかけてくれ)

 この会話も日本語と英語でやり取りされており、お互いふわっとした認識で成り立っている。

 そんなやり取りが住宅街を一区画進むごとに繰り返されていた。


「Thank you, John, for yesterday.」


「この子、ジョンさんにお礼が言いたいって英語を勉強し始めたの」


『おっ、まだ5歳なのに英語を話せるのか。すごいな。俺も日本語頑張らないと。アリガトゴザマス』


 街中を歩いていても声がかかる。


「あーージョンさんいたっ! 一昨日助けてくれてありがとう。あっ、よかったら今からお茶でもどう? お礼に奢るからさ」


『お礼はいらないって言っただろう。その感謝は他の人に返してやってくれ』


「え、ごめん。何言ってんのか全然分からない。とりあえずスタべ行こ。えっ、行かないの!」


 活動を開始してからまだそれほど立っていないにもかかわらず、数分おきに声をかけられるほど、ジョンに助けられた人はたくさんいた。


「ジョンさん、今日も笠が似合ってるね」


『ありがとう。あんたも最高にクールだぜ』


 実際には誰にも顔を見せていないのに、地元民である聖よりも顔見知りが多くなっていた。


「It was Mr. Kyobu, wasn't it? Please tell your employer I said thank you.」

(峡部さんでしたよね。雇い主の方にもお礼を伝えておいてください。)


『OK』


 そして時折、簡単な英語を話せる人物と出会い、まともな会話をすることも。 

 聖の意図せぬところで、峡部家の名声が上がっていた。


『今日はこんなところか』


 いつの間にか日が暮れ、ジョンのお助け時間は終わりを迎えた。

 ここからはお仕事の時間だ。

 そして、その機会は早々に訪れた。


『Target Locked On.』

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