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禁忌の研究

3人称視点です。

注意:自然災害描写があります。被災者でトラウマのある方は読まないでください。



 人も寄りつかない離島に、巨大な建築物が隠れるようにして建っている。

 周囲は厳重な警備が敷かれており、外部からの侵入を拒んでいた。

 そんな、とある研究所にて。

 地上部よりも広大な地下では、陰陽師界において禁忌とされる実験が行われていた。


「実験体の誘導終わりました」


「フロアを隔離します」


「陰気濃度上昇中」


「いいぞ、その調子だ」


 10人以上の研究員が機器を操作し、逐一データを確認しながら実験を進めていく。

 期待を胸に画面を見つめるのは、研究グループの中枢に立つ壮年の男だ。


 モニターに映るのは5体の幽霊。

 いずれも強い未練を抱える幽霊達であり、成仏することもできずに現世を彷徨っている。

 そんな彼らは、本来であれば自然と天橋陣へ赴くか、陰陽師関係者に導かれるはずだった。

 しかし、昇天することなく怪しい施設に集められているのは、不運に愛されているが故か。


「陰気濃度が危険域に到達しました」


「数値安定。平衡現象は見られません」


「まもなく、実験体が交差します」


 壮年の男は万感の思いでこの時を迎えた。


「いよいよか」


 男には霊感がある。

 それも、視覚と聴覚の両方に。

 ただし、それは後天的に得たものであり、30も半ばを過ぎた頃のことであった。


 蔵王山で起こった大噴火。

 一番近くにあった町のインフラは全てズタズタに破壊され、被災範囲のおよそ3割の家が倒壊するという、過去の記録と比べて異常なまでの大きな被害が記録された。


 その地域に居を構えていた彼は、倒壊した家屋に右脚を圧し潰され、死の危機に瀕していた。

 だが、それでもまだ幸運な方だった。

 目の前の妻は子供を庇うように覆い被さり、息子と揃って瓦礫に埋もれていた。どう見ても、助かる見込みはない。

 妖怪の被害に遭い、突如顕界した地獄は、男にとって刺激が強過ぎた。


「あれ……は……」


 意識を失う間際、男は地獄を作った元凶を目にする。

 発生しただけで災害を起こし、地域の人間全てを不幸のどん底へ叩き落とした脅威度6弱の大妖怪――「蔵王之癇癪」を。


「美しい……!」


 その妖怪は、まるで特撮に出てくる怪獣のような姿をしていた。

 真っ赤な体は溶岩が冷めたように黒く変色しており、なぜか動かない。

 天を仰ぐ高さにある顔は、恐ろしげな造形に反し、どこか達成感に満ちている。

 そんな妖怪の姿に、彼は感動を覚えた。


「なんて、美しいんだ……!」


 目の前の信じがたい光景をどうにか飲み込むために、彼の防衛本能がそう解釈した。

 そうでもしなければ、彼の心は致命的なダメージを負ってしまう。強引にでも納得しなければならなかった。あれほど美しいものに殺されるのならば仕方がない、と。

 空へ登っていく幽霊達を背景に、威風堂々たる妖怪の姿を目にした彼は、感涙しながら意識を失った。


『怪獣や幽霊が、実在するとは……』


 幸運にも救助が間に合い、男は生き延びた。

 そして彼は、研究に没頭した。

 研究から離れたら、見たくもない現実を見てしまう。

 研究対象は民俗学からオカルト分野に転向し、これまでの実績がほとんど無になった。

 オカルトという科学から程遠いものを研究対象にした男は、霊感のない人間からは馬鹿にされ、同期には見下され、どこからも研究費を調達できなくなった。

 それでも、自らの好奇心に嘘をつくことはできない。

 喪失を埋めるほどの感動は、あの時の光景以外に存在しないのだから。


 とにかく、どんなものでもいいから結果を出す。そうすれば、周囲もこの分野の大きな可能性に気づくはず。

 そんな執念に取り憑かれた男は、ポストを失い、財産を失い、時間を費やし、己の全てを投げ打った。


 それでも結果が出せず、日々年老いていく自分に焦りを覚えた、そんな時である。言葉を話す幽霊と出会ったのは。


『言葉なのに、伝達媒体は空気ではない。一体どうなっているのだ』


 男にとって、言葉を話す幽霊は可能性の塊だった。

 どうにか幽霊を説得し、色々な話を聞き出し、死後の現世について知った。さらに、自作の陰気濃度測定器開発に協力してもらい、彼の研究は大いに進展した。

 そして、測定器が完成した頃、現在所属する組織から勧誘の声が掛かった。


『金もある、人もいる、設備もある。素晴らしい』


 その施設では、ありとあらゆる実験が行われていた。

 人権や倫理を無視した非合法な実験も、ここでは許される。

 怪獣――否、妖怪に心を奪われた男にとって、ここは天国だった。


『霊体を依代とする妖怪の発生?』


 己の好奇心を満たす環境を得た男は、施設内でもメキメキ頭角を表し、重要な情報にもアクセスできるようになっていた。

 そしてついに、強大で危険な妖怪を生み出す手法に辿り着いた。

 加えて、施設の重要目標の一つに「強力な妖怪の作製、およびコントロール」があることを知る。


『通常の幽霊では大した強さにならない。ならば、霊体強度の高い幽霊――言葉を話せる幽霊を複数体集めれば……一体どうなるんだ?』


 研究の過程で陰気に触れ過ぎたのか、男の知識欲は負の方向へと歪んでいた。

 かつて自分の研究に協力してくれた幽霊に対し、恩を仇で返すような実験すら厭わない。

 比較的知性のある小動物幽霊で行った実験により、強力で特異な妖怪が発生しやすいことは確認した。最適な条件も特定した。あとは、本番だけ。

 

「あの時、私は美しい妖怪と目が合った。あれは運命だった。私がこの実験をやり遂げれば、きっとまた会える!」

 

 妖怪に魅入られし男は、その一心で突き進んできた。

 妄執は記憶すら歪め、家族を失ったことすら妖怪と出会うための必然だったと、心から信じている。

 その願いが今日こそ叶う!


「実験体交差まで、3 2 1」


「陰気濃度急上昇! 妖怪、発生します!」


 様々な思いを胸に、研究員達は画面を見つめる。

 多くの期待と願いを向けられながら、5体の幽霊が重なった場所に、その妖怪は生まれた。


「形態、人型。体色は黒」


「室内環境に変化はありません」


「陰気濃度の低下も通常の妖怪発生時と変わりありません」


「まさか、ただの不定形か? あんなに手間暇かけて集めた幽霊が、ただの低級妖怪になったなんてシャレにならないぞ」


 妖怪の強さは見た目による評価も無視できない。

 輪郭がはっきりしているものほど強いし、絵画に取り憑くような弱い妖怪は存在自体が不安定だ。

 画面に映る妖怪は輪郭がぼやけていて、風が吹いたら飛んでいきそうな外見をしている。

 特殊能力を持っていたとしても、本体が弱くては話にならない。


 研究員達がこれまでの苦労を思い出しつつ、望まぬ結果に終わろうとする実験に不満を述べるなか、男は涙を流していた。


「あぁ……また逢えた。なんて……美しい」


「チーフ、何言ってるんですか?」


「チーフの頭がおかしいのはいつものことでしょ。それより、特殊能力を特定しましょう」


「犬、投入します」


 飢餓状態の犬が妖怪のいる部屋へ解き放たれた。

 最後の力を振り絞り、犬は餌の置かれた部屋の中心へひた走る。

 直線上には誕生したばかりの妖怪が佇んでおり、自らの食事を邪魔するそれに対し、犬が敵意を向けた――瞬間。


「ガルルルルーーキャイン!」


「妖怪から13m地点での攻撃を確認。目視による攻撃手段の判定はできませんでした」


「今、何があった?」


「わからない。スロー再生しろ」


 先ほどの光景をもう一度見てみるも、映像には何も映っていなかった。

 駆ける犬が突然横から弾かれたかのように吹き飛び、壁に激突。ただ、その結果だけが映っている。

 犬をズームしてみれば、胴体が大きく陥没しており、明らかに致命傷を負っている。


「速すぎる攻撃ってわけでもない。なら、空気の圧縮か?」


「室内の気流からは、そのような動きは確認されませんでした」


「こいつはいったい、何をしたんだ……!」


 研究員達の目の色が変わった。

 見た目は弱そうだが、そのぶん強力な特殊能力を持っているのかもしれない。


「よし、次の――」


 指示を出そうとしたところで、妖怪が動き出した。

 人の形をした黒い物体は、まるで人のようにゆっくり歩いていく。その先には扉があった。


「普通は人間の檻へ向かうのに、こっちですか」


「脱走しようとしている?」


「扉を理解しているということは、一定の知性もあるな。人間の頃の記憶が残っているのか?」


 研究員達は、まるで猿の賢さに感嘆するような反応を見せた。

 しかし、その中の1人が違和感に気づく。


「あれ、なんかこっちを見てませんか?」


「カメラに気づいている、のか? とはいえ、目もないのだし、我々の思い過ごしの可能性も――っ!」


 フラグを回収するかのように、カメラが謎の力で破壊された。

 ただちに他のカメラの映像に切り替わったが、研究員達の中には恐怖を覚える者もいた。


「これ、ヤバくないですか? 実験する前に逃げられたりしたら」


「なんか、これまでの妖怪とは違う感じがします。根拠はないんですけど、私たちの手に負えないような……」


「何を言っている。俺たちはそのために研究してきたんだろう」


 ここで実験の中止を騒ぎ始めた者は、霊感が強い者達である。

 彼らはようやく気づいたのだ。自分達が危険な妖怪を生み出してしまったことに。

 

「あれ? 妖怪はどこに?」


「さっきまで扉の前に……あれ? 目を離してなかったはず」


 多くの研究員達の目を掻い潜り、妖怪は姿を消した。

 録画を再生すると、3分前に忽然と姿を消していた。

 そして、その瞬間も映像を見ていた研究員達は、そのことを認識できていなかった。


「は、早く処理班を呼びなさい! 緊急事態です!」


 実験エリアには結界が張られている。

 だからこそ、扉の前まで来ても研究員達は落ち着いていた。

 扉自体の強度もさることながら、結界の強度も凄まじい。少なくとも、研究職に流れた研究員達には真似できない逸品である。

 そんな妖怪を囲うための檻から逃げられたとしたら。


「他の実験フロアにも通達! 脅威度不明、特殊能力未確認の妖怪が脱走した!」


『緊急事態宣言発令 第4実験エリアにて妖怪が脱走しました 職員は直ちに避難してください 処理班は直ちに現場へ急行してください』


 機械音が鳴り響き、研究員達は急いで逃げ出す。

 先頭を走っていた男が後続を確認し、一人足りないことに気づく。


「おい、これで全員か? 円研究員の姿が見えないぞ」


「先輩なら少し前にお手洗い行ってくるって」


「あの野郎、先に逃げたな!」


「ちょっと待って。チーフもいません」


「あの変人なら妖怪相手に祈りを捧げてた。放っておけ!」


 急いでいても、避難行動はスムーズに進む。無法地帯な研究所において、緊急事態は日常茶飯事なのだ。

 いつも通り、結界の張られた避難所の扉が見えてきたことで、彼らは安堵の表情を浮かべた。


「はぁっ、はぁ、助かっ……。おい、なんだよ、これは」


 研究員達は扉の前で立ち止まる。

 社員証を掲げて開いた安全地帯は、既に血の海だった。


「なんで、あいつがここにいるんだ」


「あれって、待機してた処理班だよな。全員死んでるように見えるけど、幻覚だったりする?」


「結界は壊れてない! 嘘でしょ、どうなってるのよ!」


「ヤバイヤバイヤバイ」


 妖怪を拒む結界の中に、妖怪がいる。

 輪郭のはっきりしない低級妖怪のはずなのに、戦闘経験豊富な処理班が皆殺しにされている。

 明らかに異常事態である。

 研究員達が異常性を悟った時には、もう手遅れだった。


「全員、逃げーー」


 研究員達は同時に首の骨を叩き折られ、そのまま死んだ。

 そして、本来肉体を捨てて出てくるはずの魂が、1つも浮かび上がらなかった。


『あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ』


『タス……ケテ……』


 なぜなら、彼らの魂は殺されると同時に妖怪に取り込まれていたからだ。

 靄のような体から時折浮かび上がる顔は苦悶に満ちており、霊感の強いものなら助けを求める声も聞こえてきたことだろう。

 それはまるで、魂を愚弄した愚か者に罰が下ったかのようであった。

 

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