ジョンの肉体作成3
翌日、朝になっても戻ってこなかった勾玉が心配になり、登校直後にジョンのもとへ向かった。
そこには、自分の腹の中を心配そうに覗き込む成人男性幽霊の姿があった。
「どうなってんの、これ?」
『さぁ? 俺が知りたいくらいだ』
ジョンが肩をすくめて答える。
勾玉が根を張っている?
正確には、擬似筋肉としてジョンの霊体内に配置した触手が5本くっついている。
準備室に置かれていた指示棒を拝借し、繋ぎ目を突いてみると……。
「しっかりくっついてるな……。取り外せないんだよね」
『そうだ。これは俺の勘だが、触手ごとちぎり取っても無駄な気がする』
根拠はないけど、俺もそうなると思う。
目を離した瞬間、ジョンの腹に戻っている光景が目に浮かぶ。
一体何がどうしてこうなった。
『呑み込んだらこうなった』
それはもう聞いた。
聞いた上で何が起こったのか理解できなかった。
持ってるだけでいいと言ったのに、なぜ呑み込んだのか……いや、それはこの際どうでもいい。
それよりも気になることがある。
「融合したことも不思議だけど、触手の霊力が減っていないことの方が不思議だ」
骨や皮を装備したことで霊力の拡散は抑えられていたが、それでも減少は止められなかった。
にもかかわらず、今日はなぜか霊力が減っていない。
『よく分からないが、原因はコイツだろ?』
「だろうね」
十中八九、勾玉が何か作用したのだろう。
「霊力を奪われたって言ってたよね。それにもかかわらず、満タンまで充填されている、と」
『何かが流れ込んできてる感じはしないけどな』
俺の霊力は微塵も減っていない。
つまり、別の場所から供給されているということ。
原理は謎だが、この勾玉が霊力を生成しているのか?
「よく見ると、重霊素は目減りしてる。供給されているのは霊力だけか」
霊力を重霊素で覆うことで、触手の防御力を上げている。重霊素だけが減っているということは、勾玉は精錬霊素を作れないのだろう。
ほっ、アイデンティティの危機を脱して少し安心した。
『何か分かったか?』
自らの腹をオープンしているジョンが心配そうに尋ねる。
New Bodyを手に入れたと思ったら、変な勾玉が体に寄生してしまったのだ、無理もない。
「なんだかよく分からないけど、プラスに作用してるから、ヨシ!」
『おいおい、そんなんで本当に大丈夫なんだろうな?』
ふっ、ジョンはまだ若いから知らないか。世の中というのは、基本的にグレーゾーンで成り立っているということを。
絶対に安全なんて言葉は存在しないのだから、使えるものは使うしかない。特に、霊力そのものが謎に包まれている陰陽師業界では。
「この消費量なら補給回数かなり減らせそう。戦闘にも充分耐えられるんじゃ? よし、この服を着て、動作確認して、最後に実戦訓練してみようか」
『実験が進むことは嬉しいけどよ……。聖のこと、信じてるからな?』
若干不安げなジョンを宥め、俺達は次の段階へと進むのだった。
「あっ、親父の服借りてきたから。はい、これ着て」
『これは?』
「多分、修行僧の服。戦闘用に改造されてるけど」
〜〜〜
それから1週間経過した。
触手はいまだに崩れていない。
よし、ひとまずこれでヨシとしよう。
今以上の性能を求める場合、素材の選定からやり直すことになる。術具店を探せばあるだろうが、そんな余剰資金はない。
明日からは実戦投入だ!
〜〜〜
(Hey!Hey! ご機嫌な天気だなぁ!)
新しい肉体を得たジョンは、1人で住宅街を闊歩していた。
修行僧の衣装に身を包む彼は周囲から浮いており、大層注目されている。
しかし、彼に話しかける者はいない。
「…………」
心の中では陽気に振る舞う彼も、側から見れば寡黙な修行僧である。
しかも、笠で顔を隠している体高2m越えの大男が相手ともなれば、日本人は自然と道を開けてしまう。
もともと閑静な住宅街だが、彼の周りはさらに静かであった。
日中に妖怪が発生することは稀であり、この時間に外を出歩いているのは、ひとえに彼の息抜きが目的である。
肉体が完成してから2回ほど巡回しているが、その時は聖の付き添いがあった。
死後学校へ漂流して以来、誰に気兼ねすることなく自由に外を出歩くのは、今日が初めてのことである。
(さて、困っている人はいないか? うん?)
明るい空の下を存分に堪能した彼は、第二の目的を果たすため動きだした。
この時間に妖怪はそうそう現れない。
その代わり、人はたくさん外に出ている。
困っている人がいれば手を貸し、誰かの役に立つ――己の信念を実行に移そうとしていた。
『おっ、早速発見』
道に座り込む老人を発見した彼は、すかさず声を掛ける。
『Hey, old timer. Need a hand?』
(爺さん、困っているなら手を貸すぜ)
「余計なお世話だ、俺を年寄り扱い……え、何だって?」
お人よしな通行人から何度か同じ提案を受けた老人は、余計なお世話だと全て拒絶していた。
目の前の修行僧も同じ手合いかと拒絶しようとしたら、言葉が通じなかった。
『Huh? You sure about that? C'mon, it's pretty obvious you messed up your leg. Fine, I'll give you a hand. I'll carry you home, no big deal.』
(ん? 手助けはいらないのか? いや、どう見ても足を痛めてるんだろう。いいぜ、家まで送ってやる。背負うからな)
「なんだ、お前さん外国人か? さっきからなんて――のわっ」
脚をさすっていた老人は、問答無用で背負われた。
はじめこそ抵抗しようとしたが、結局ジョンの勢いに負け、家の場所を聞き出された。
道中も何かと話しかけられ、お互いに言葉が通じないながらも雰囲気で会話は続き、家につく頃にはいつしか打ち解けていた。
「そこだ。迷惑かけたな」
『Take care of yourself, old man.』
(爺さん、体を大切にな)
「おい、ちょっと待て。お礼にお茶でも……」
『No need for thanks. Just, if you're grateful, help out someone else in need next time. See ya!』
玄関先で老人を降ろしたジョンは、見返りを求めることなく去っていった。
「最後、あいつは何と言ったんだ?」
ただし、言葉の意味は最後まで伝わることはなかった。
『Oh, looks like someone else needs help again』
(おっ、また困っている奴がいるな?)
次にジョンが目をつけたのは、ベビーカーを押す女性だった。
歩道橋を渡る為、子供を抱えながら畳んだベビーカーを担いでいる。
さぁ上るぞと女性が気合を入れたところへ、ジョンは声を掛けた。
『Hey, if you're in a pickle, I'm here to help, ma'am.』
(困っているのなら力になりますよ、奥さん)
「英語? あっ、手伝ってくれるんですか? お気持ちだけで十分です。ありがとうございます」
女性はベビーカーとバッグを盗まれる可能性を危惧して、ジョンの提案を断った。
しかし、相手は日本語初心者のジョンである。
「ありがとう」の言葉で受け入れられたと判断し、ベビーカーを手にした。
「あのっ! ちょっと!」
『OK! OK!』
ベビーカーを手にしても走り出さないジョンを見て、女性は断ることを諦めた。
OKというその声に悪意を感じなかったのだ。
「ありがとうございました」
『any time.』
(気にしないでくれ)
ジョンは歩道橋を渡り終えた先で手際よくベビーカーを展開し、その場を去った。
そしてまた、手近な困っている人を見つけては手を差し伸べるのだった。
(もう夕方か……そろそろ仕事の時間だ)
5人ほど人助けしたところで、本命の夜がやってきた。
妖怪が外を彷徨き始めるこの時間こそ、ジョンの勤務時間となる。
仕事帰りのサラリーマンやOLとすれ違いながら、駅周辺を練り歩く。
辺りを見渡し、妖怪の姿がないか確認しては移動する。
ジョンが捜索を始めて1時間ほど経過した頃、ついに妖怪の気配を捉えた。
建物の裏口へ繋がるであろう、細道を横切る瞬間、彼の霊体がゾワリと震えたのだ。
『Target Locked On.』
いつか見た映画のセリフを真似したジョンは、堂々と細道へ入っていく。
そしてすぐに、タバコ休憩する若い男性が目に入った。
「……」
「……」
お互い相手を気にしながら、無言のまま通り過ぎようとする。
若い男が『なんでここにお坊さんが? コスプレ?』と疑問符を頭に浮かべている間に、ジョンは妖怪を捕獲した。
狭い道で通り過ぎる刹那、触手を伸ばして拘束したのだ。
霊感のない男は勿論、その頭上に浮遊していた小さな妖怪すら、我が身に何が起こったのか理解していなかった。
男から距離を取ったジョンは両手で妖怪を叩き潰す。
『Yeah, target destroyed.』
人間に陰気を滲み込ませ、不幸を招こうとしていた妖怪は、人知れずあっさり潰されたのだった。
こんな調子で、ジョンの人助けは日が昇るまで続く。
2024年 あけましておめでとうございます
本年もよろしくお願いいたしますm(__)m