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ジョンの肉体作成2


 ジョンの体はまだ完成していない。


「霊力の拡散が酷いから、皮膚を用意した」


 にんぴを身に纏った今のジョンは、霊感のない人間でも視認することができる。

 授業中に実験することはできなくなり、今では特別教室の脇にある資料室でこっそり実験を行っている。


「だいぶ人間に近づいてきたね。現状全裸の不審者にしか見えないけど」


『おいおい、それは勘弁してくれよ。何か、俺が着れるような服はないのか?』


「買わないとなぁ。いや、親父の服を拝借しよう」


 親父のクローゼットにはいろいろな服がある。

 過去に仕事で必要になったのか、コスプレ趣味でもあるのかと疑いたくなる多様な服が並んでいるのだ。

 御剣家での活動がメインとなって以来、ほとんど使用する機会がなくなってしまったと言っていたから、一着くらい借りても問題ないだろう。


『服についてもそうだが、毎回霊力をくれてありがとな。大切な商売道具なんだろ?』


 ジョンは申し訳なさそうに言った。

 この人の好い幽霊は、子供に痛い思いをさせるのが忍びないらしい。

 ジョンの全身を作るには触手が約100本必要であり、触手を1本千切るたびに俺は顔をしかめることになる。

 俺は長男だから我慢できたけど、次男だったら耐えられなかった。


「好きでやってることだから。こっちこそ、実験に付き合ってもらって悪いね」


 仕事で使うならコスト削減を狙うけど、実験は浪費してなんぼだから。

 結果さえ出せれば、それでいい。

 そうすれば、将来俺が峡部家を継いだ時の名声はさらに大きくなる。

 全身を確かめるように体を動かして、ジョンが感想を述べた。


『骨ができて、筋肉ができて、目玉ができて、皮膚ができて、いよいよ完成に近づいてきたな。ただ、どうにも体が軽いな。踏ん張りがきかない』


「素材が素材だから。服に鉄の塊でも入れとく?」


 そうすると触手に負荷が掛かって、霊力の消費量が増えそうだな。

 他にいい方法は……。

 時間はあるんだし、いろいろ試してみるか。


 これまではジョンがいつ成仏するか分からなかった為、あまり時間のかかる選択肢は取れなかった。声帯も完成するかは博打だった。

 しかし、1年間は確実にいるとなれば話は変わる。

 ジョンには悪いが、これからも改良に付き合ってもらおう。


「霊力の補充さえどうにかできれば、完全に自立した人間になるんだけど……」


『おんみょーじの才能があるやつにしか霊力はないんだろ? 俺にそんな特別な力はない。スーパーマ◯に憧れたことはあるけどな』


 ジョンの体は俺の触手で動いている。

 なので、エネルギーとなる霊力が切れると疑似肉体を維持できなくなってしまうのだ。

 それでは肉体というよりただのロボット。

 俺としては、ジョンにはスタンドアローンで動いてもらいたい。

 明日からは霊力貯蔵庫となるモノを探して……。

 そういえば、これとか使えないかな?


『なんだこれ?』


「分からない。専門家曰く、力を持ってる勾玉らしい。その力を吸い取れたり出来たらなって。どう?」


『どうって言われても……。何ともないぜ』


 ジョンは触手製の掌でポンポン弄んでいるが、何も起こらない。

 そりゃそうか。俺が持っていても何も起こらないのだから。

 

「あっ、それ、俺の手を離れると勝手に戻ってくるから」


『なんだそれ、どういうマジックだよ』


 誰かの視界にある場合、その人の認識が外れた瞬間に俺の元へ戻ってくる。

 手品で片付けるには特殊すぎる代物だ。

 だからこそ、何かに使えるかもしれない。


「試しに持っていて。消えても失くしたわけじゃないから、安心していいよ」


『不思議なものもあるもんだ』


 それを言うならジョンの存在そのものが不思議だけどな。

 ジョンが勾玉に何らかの作用をもたらし、自動返却機能をOFFにできたなら、勾玉の不思議なパスを通じて遠隔霊力注入とかできるかもしれない。

 まぁ、そんな都合よく行くわけないだろうけど、試す価値はある。


 ちょうど一区切りついたところで、スマホに着信が来た。


「妖怪退治の準備が整ったみたい」


 陽子ちゃん宅に続き、いじめっ子宅に潜む妖怪を退治しに行くのだ。

 今日はしっかり成果を出せたし、妖怪退治にも身が入るというものである。


『油断するなよ』


「of course」


 〜〜〜


 その言葉通り、妖怪退治に慣れてきた俺は手際良く仕事を片付けた。

 事情を知る空調業者に対人対応を任せ、俺は台車に身を潜めてお邪魔するだけ。

 1件目は冷蔵庫の裏、2件目はベッドの下に隠れていた脅威度2の妖怪をサクッと倒し、任務完了。これで男子と女子のいじめ主犯格に潜む、鬱屈した心が多少改善されるはず。

 仕事も終わったし、早く帰って夕飯をいただくとしよう。


「あれ、まだ戻ってきてない」


 ポケットを探った俺は、お馴染みとなった固い感触が戻ってきていないことに気づくのだった。



 〜〜〜



『They've gone to work, huh?』

(行っちまったか)


 ジョンは一人呟く。

 これから明日の放課後まで、誰とも話すことはできない。

 幽霊との遭遇によって、霊感のない子供を陰陽師達の世界へ引き摺り込んでしまう恐れがある。子供は大人よりも後天的な霊感を得やすく、それは妖怪との縁が結ばれやすくなることにも繋がる。

 世の中には知らない方が良いことも多い。妖怪の存在は、その一つである。

 故に、まだ全身を隠せていないジョンは隠れ潜むしかなかった。

 どこか沈みそうな気持ちを自覚して、彼は自嘲する。


(はっ! 生前の俺は寂しがり屋だったのか? 兄弟が沢山いたのは思い出したが……どういう生活を送っていたんだろうな)


 お喋りな幽霊は声帯を震わせることなく、過去に思いを馳せる。

 聖と会うまではただ呆然と立っているだけだったが、存在を認識され、記憶を取り戻した今となっては、ジッとしている方が大変だった。

 触手ハンドの上で勾玉を転がし、興味の赴くまま観察する。

 コロコロ ポンポン

 しかし、何も起こらない。


『Man, what am I supposed to do with this thing?』

(これ、どうすりゃいいんだ?)


 聖は持っているだけでいいと言っていたが、ジョンとしては何か手伝いたいところ。

 己の体が完成に近づくことは、彼にとっての願いでもあるのだから。

 そこで彼は閃いた。


 Ahh, gulp


 ゴクン。

 側から見れば、そんな効果音が聞こえたことだろう。

 ジョンは試しに勾玉を飲み込んでみた。

 これまでの実験から、霊体の内側に物を入れれば何とかなるという成功体験があったからだ。

 そして、その行動は正しかった。


『My spiritual power... drained away!"』

(力が……抜き取られる……!)


 これまでうんともすんとも言わなかった勾玉が、突然反応を見せた。

 ジョンの体を構築する触手から、急激に霊力が吸い取られていく。

 自分の体が失われていく恐怖に、彼は思わず勾玉を取り出そうとした。


『What is this, sticking to my stomach!?』

(なんだこれ、腹にくっついてる!?)


 触手ハンドを腹に突っ込んでみると、勾玉はジョンの腹部で固定されていた。

 腹部を構成する触手を動かそうとしても、勾玉から離れない。

 触手も霊力も、完全にジョンの支配下から外れていた。


『Uh-oh, at this rate, the tentacles are gonna vanish again.』

(まずい、このままだと触手がまた消える)


 それすなわち、再び触手を提供してもらわなければならない、ということ。

 触手を千切るたびに顔を歪める聖の姿を見てきたジョンは、勾玉に反抗する。


『I can't let Hijiri suffer! Uooooooooh!』

(聖に痛い思いをさせるのは、ごめんだぜ! うぉぉぉぉおおおお!)


 これまで培ってきた霊力操作の経験をフル活用し、己が霊体を埋め尽くす触手を制御する。

 腹部の制御権を取り戻すと、今度は右腕の制御を奪われる。右腕を取り戻すと左脚が奪われる。

 1時間に及ぶ霊力綱引きの末、勾玉は再び沈黙した。


『What... was that?』

(な、何だったんだ)


 呆然とするジョンの腹には、触手に絡まる黒い勾玉が鎮座していた。


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