表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
155/251

ジョンの肉体作成1


 算数の授業中、俺は触手をくねらせつつ、頭を捻っていた。


『Don't you gotta focus in class?』


『No problem』


 俺は触手を介してジョンの問いに答える。

 授業中に音声入力はできないので、彼の問いの正確な意味は分からない。

 しかし、単語の意味はある程度理解できるので、ニュアンスは伝わった。classってことは授業だろ?

 翻訳頼りとはいえ、ここしばらく死者(ジョン)の生きた英語を浴び続けているおかげか、リスニング力が上がってきた気がする。


『小学4年生の内容くらい、聞かなくても大丈夫』


『You're wicked smart. Seriously, I'm so jealous. I'm not really into studying, and my mom used to nag me about it all the time.』

(頭がいいんだな。羨ましいぜ。俺は勉強が苦手でな、母さんには何度も怒られたもんだ)


 それはお互い様なようで、ジョンも俺の日本語をほんのり理解し始めている。

 いつかお互いに相手の言語で会話できるようになったら面白いのだが……道のりは険しそうだ。

 それはそれとして、今のジョンのセリフに気になる単語が出てきた。


『おっ、今momって言ったよね。家族を思い出したの? えーと、rememberで疑問形だから、あー、Do you remember your mother?』


 こんな簡単な英語すらパッと出てこない。

 スピーキング能力についてはさっぱりだ。

 ジョンも日本語を話せないから、これもお互い様ってことで。


『Huh? You know, now that I think about it, my mom...... yeah, I should remember, but it's just not coming back to me.』

(うん? そういえば、俺の母さんは……あぁ、思い出せそうで思い出せない)


 ジョンはこんな感じで少しずつ己の過去を思い出している。

 俺と会話することで刺激を受けるのだろう。

 そんな進歩目覚ましいジョンをさらに進化させる為、俺は授業中に内職する。


『触手の定着が悪いなぁ。やっぱり骨となるものが必要か』


『Oh……Wow……』


 だから、その声やめろ。

 一体どんな感覚なのか、俺が霊体の中で触手を動かすとこんな声を出す。

 周りの同級生達が消しカスを練って玉を作っている隣で、俺は今ジョンの肉体を作っている。


 峡部家は人手が足りない。

 脅威度4単体なら俺の敵ではないが、それが複数地点に現れたら手に負えない。

 戦場において数は力だ。

 妖怪の発生件数が増えているという昨今、1人だけでは助けられる数に限りがある。

 峡部家には分家もなく、陰陽師として活動している親類もいない。

 唯一の親類であるお母様の兄姉(きょうだい)はむしろ不穏の種を運んでくる始末だ。


 人材があまりにも不足している。

 この問題自体はずっと昔から考えていた。祖父母が亡くなっていることを知り、おんみょーじチャンネルで分家の役割を聞いた時から。


 その解決策として、幽霊による人形作成を思いついた。

 外を歩ける人型で、なおかつ人間並みの頭脳をもつ式神なんてそうそういない。

 しかし、幽霊なら割とそこら辺にいる。

 元人間の幽霊に肉体を与えたらどうなるか――それは立派な人材である。

 しかも、俗世から解き放たれた彼らにはお金を支払う必要がない。技術を盗まれる心配もない。代価は“現世での心残りを解決する時間の提供”といったところか。

 上手いことやれば、人間を雇うよりも安く補助部隊を作れるかも。

 ふふふ。


『These tentacles, you know, they start to grow on you. I figure with a bit more messing around, I'll get the hang of wrangling them.』

(この触手、慣れると面白いな。もう少し練習すれば扱えるようになる気がする)


 全身の作成に取り掛かった俺は、まず最初に触手で筋肉を作ろうとした。

 触手だけで肉体を作れば、透明人間部隊とか作れるかもしれない、と期待してのことだったが……。残念ながらそんな都合の良いことはなかった。


『あぁ、また崩れた。えぇ……また触手を千切らないとだめなのか。めちゃくちゃ痛いんだけど』


 触手の操作権をジョンに移すところまでは上手くいった。しかし、その触手がすぐに崩れてしまう。両手で掬った水のように、みるみるうちに霊力が制御下から外れていくのだ。


『No worries, man. If only I could get a better grip on these tentacles, you know?』

(悪いな、俺がもっとしっかり掌握できれば)


『いや、ジョンが悪いわけじゃない。多分、やり方が間違っている。触手の切断面を綺麗にした方がいいのか? そもそも触手だけで人体を作ろうとするのが間違いだった? 霊力の拡散が原因っぽいから、固定化が最優先事項か?』


 結局、近道は存在しなかった。

 着実に人体を再現する方がよさそうだ。


『骨には梳鞣髭(そじゅうし)の余りを使ってみるか。眼球には水晶が良さそうだし、体色には竜血樹が使えそうだな。あとはにんぴで――』


『I don't really get what you're saying, but if Hijiri's having a good time, that's all that matters.』

(何を言っているのか分からないが、聖が楽しそうなら何よりだ)


 まずは素材の選定から。

 過去に購入した術具店の素材の中で、余っていたものを再利用しつつ、なんかうまくいきそうな道具で試していく。

 声帯作成だけでも苦戦するかと思っていたのに、あっさり完成してしまった。

 この調子で全身作ってしまうとしよう。


 もともと授業中は精錬しかすることなかったし、ちょうどいい。


 ~~~


『骨、完成だ!』


『I kinda feel like my body's stuck or something. Even though I don't actually have one.』

(なんか、体がしっかり固定された気がする。体ないのにな)


 梳鞣髭(そじゅうし)で作った背骨をジョンの体内に埋め込むと、上手い具合に定着してくれた。

 ジョンの霊体を触手で埋め尽くし、本来背骨のある位置に固定した形だ。

 やはり、脊椎動物として背骨は必須だったか。


『人骨よりも強度は上だから、人外の力が加わっても耐えられるはず』


『Wow, that's as reliable as it gets. Now I'm getting closer to Superma〇, huh?』

(ほぅ、そいつは頼もしい限りだ。これで俺もスーパーマ〇に近づけたぜ)


 残りの骨は梳鞣髭(そじゅうし)が足りないから、買い足すとしよう。

 残高的には買えるけど、ちょっと痛いな……いや、これも将来への投資と割り切るしかない。


 ~~~


『筋肉は……改良の余地ありだな』


『Wow! Amazing! It moves with my body, and I can actually grab stuff!』

(ワォ! アメイジング! 体に合わせて動くぜ。物も掴める!)


 人間と同じだけの骨を追加したところで、触手筋肉の再現も進めた。

 骨が何らかの作用をもたらしたのか、霊力の拡散もだいぶ抑えられている。

 霊力保持期間が3時間から1日に伸びたのはうれしい誤算だ。

 痛みを伴う触手千切りの回数が減ったのだから。


『本当ならもっとパワーが出るはずなんだけど、これ以上性能を上げようとすると霊力の消耗が酷くて』


『Pretty freaking awesome! At this point, almost makes me forget I kicked the bucket.』

(十分すごいぜ! ここまで来ると、自分が死んだことを忘れそうになる)


 ジョンは霊体の移動に合わせてゆっくり触手を動かし、階段下に積まれていた段ボール箱を掴んで見せた。

 死んでから初めて霊力に触れたはずなのに、あっという間に操作の感覚を掴んでいる。

 俺は霊力操作を習得するまでかなり時間がかかったというのに……。


『Thanks to Hijiri's great teaching style. Appreciate it!』

(聖の教え方が良かったおかげだな。ありがとう!)


 ぐっ、褒めても何も出ないぞ。

 ちょいちょいジョンの真の陽キャオーラを浴びては、俺の穢れた心が浄化されている。

 仕方ないなぁ、ちょっと触手を千切るくらい我慢するか。


 〜〜〜


『眼球できた!』


『The blurry scenery just came into focus, man!』

(ぼんやりしてた景色がはっきり見える!)


 ジョンの視界が生前よりもぼやけていることは聞いていた。

 久しく失われていた世界の鮮明な姿を目にし、ジョンは子供のようにあたりを見渡す。

 さて、完成度を確かめるためにも視力検査しないとな。


『Alright, let's check out what's outside the window this time. The words on those signs are... time, promise, news. Pretty spot on, huh?』

(お次は窓の外か。看板に書いてある文字は……time、promise、news。合ってるよな)


『……合ってる』


 ちょっと調整しただけで、ジョンは生前と同じくらいの視力を取り戻し、俺の視力でギリギリ読める小さい文字を正確に読み上げた。色覚異常もないし、これは、完成……でいいのか?

 一番苦戦しそうだったのに、拍子抜けである。

 こうして、授業中の内職はとんでもないスピードで成果を積み上げるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ