いじめの背後
本日、書籍版第3巻発売です!
書店購入派の方は何卒、足をお運びくださいますようお願い申し上げますm(__)m
御剣家の客間にて、俺は下にも置かぬおもてなしを受けていた。
今回俺が御剣家へお邪魔した理由は、陽子ちゃんのいじめ問題について調査結果を教えてもらう為だ。
「調査の件、警察と繋いでくださりありがとうございました」
「他ならぬ君からの頼みだ。最優先で対応させてもらったよ」
「当主様自らご対応いただけるとは、恐縮です」
親父を通して御剣様へ連絡し、警察との間を取り持っていただくよう依頼したはずなのだが、いつの間にか御剣家現当主 朝日様にバトンが渡っていた。
御剣家のトップは超多忙なはずだが、なぜ俺の個人的お願いを聞いてくれたんだ?
明日は学校もあるのでビデオ通話で済ますつもりだったのに、当主様御本人から説明いただくとあらば、直接訪問しないわけにはいかない。
「そんなに固くならないでくれたまえ。親戚のおじさんと会うような気軽さで話してほしい」
いや、そんな訳にはいかないだろ。
やけに友好的な態度の真意を知りたいところだが、今聞いても教えてくれるとは思えない。
まずは本題に入らせてもらおう。
「結果の方は……いかがでしたか?」
「君の懸念した通りだった。裏には妖怪が潜んでいたよ」
うわぁ、最悪を想定していたとはいえ、まさか現実になるなんて。
あの日、ジョンの賞賛がクリティカルヒットした俺は、陰陽師としてできることを考えた。
そして、最初に起こした行動が、陽子ちゃんといじめ主犯格の家の調査である。
「学校側も捜査に協力的でね。すぐに調査対象は絞り込めた。クラスの中心人物、男女一人ずつの家を捜索したところ、両方から脅威度2と思われる妖怪の反応があった」
教育のプロではない俺にできること――それはプロの陰陽師として、妖怪という名の外的要因を排除することだ。
そのためにも妖怪の有無を確認する必要があり、警察など公的機関の調査力を頼った。
まさか小学4年生が「あなたの家に妖怪がいるかもしれません。調査させてください」なんて言えるはずもない。
その調査の結果がこれだ。
「それから、被害者の少女の家にも妖怪の反応があった。脅威度は恐らく3だ」
もしかしたらとは思っていたが、加害者も被害者も妖怪の影響を受けていたなんて。
このところ妖怪が増えているというのは本当らしい。
調査を依頼してよかった。
「それぞれの家にお祓いを勧めてみたのだが、どうも反応は芳しくないようだ」
まぁ、それも仕方ないのかもしれない。
妖怪が見えない人間にとって、胡散臭いお祓い業務への支払いは躊躇われるものだ。
理解を求めるのは困難だろう。
そういう時は美月さんの依頼同様、別の業者として入り込み、別の名目で費用を請求することになる。
なお、余計な手続きによって手間賃が加算されるため、請求金額は割増しになることをご了承下さい。
「被害者の少女については身辺調査も行ったようだ。妖怪の影響かは断定できないが、去年父親が交通事故で亡くなっている。その後母親は精神疾患を発症し、買い物依存症やアルコール依存症、育児放棄など、不安定な行動が多くなった。ただ、仕事をしている時だけは精神的に安定するようで、今は私生活を捨てて仕事に没頭しているらしい」
まるでドラマのような家庭崩壊ストーリー。
パートナーを失ったショックで他人の世話をする余裕までなくなったのか……。
その被害者が陽子ちゃんであり、不幸の始まりでもあった、と。
服とか臭いから感じた違和感の理由がようやくわかった。
「学校の教員による家庭訪問以降、精神科へ通うようになったそうだ。少女の生活環境も改善されるだろう。同じく娘を持つ身としては、他人事ではないね」
朝日様の主な仕事はデスクワークだが、御剣家として部隊を率いることも立派なお役目である。
前線で戦う人間は常に死の危険に晒されていることを考えると、純恋ちゃんや百合華ちゃんが同じ境遇になる可能性もゼロではないわけで。
「だからこそ、君が困っている少女を助けようとしたその行動に、私は称賛を送りたい」
「いえ、僕はそんなんじゃ……。ただ、頼まれたので」
そして、前世で何もできなかった後悔を雪ぐためでもある。
朝日様に褒められるような動機ではないのだ。
というか朝日様、ことあるごとにヨイショしてくるのは何なんだ。俺が優秀な陰陽師と知っているにしても、その対応は過剰だと思うのだが。
「謙虚な姿勢は好感が持てる。ところで今回の件、聖君が対応するということでいいかな。どうも、最近は陰陽師の手が足りないようでね。緊急性の低い仕事は順番待ちにされるようだ。聖君が個人的に依頼を引き受けるのであれば、すぐに退治できるだろう」
道理で御剣家から紹介される仕事の数が増えてきたわけだ。
それに加えて緊急出動の回数も増えたし、なんとも不穏な感じがする。
ジョンからの頼みでもあるし、不幸の芽は早く摘んだ方がいい。
「わかりました。自分で持ってきたお話なので、自分で対処します」
こうして俺は、御剣家経由で同級生宅の妖怪退治を行うことになった。
しかし、ここで思わぬトラブルが起こる。
調査を担当した警部の部下が依頼の下準備までしてくれる予定だったのだが、陽子ちゃんの家に訪問した際、馬鹿正直に妖怪の話をしてしまったという。
『私を騙してるんでしょ! あなた詐欺師ね。警察に通報するから!』
『いえ、違うんです。これは本当の話でして……』
その部下は今年入った新人らしく、精神的に不安定な相手に対して臨機応変な対応ができなかった。
彼が妖怪の存在を知っていて当然な陰陽師の家系出身なことも、今回の失敗の遠因である。
普通の人が聞いても信じがたいのに、弱っている相手に妖怪云々を話しても疑われるだけだ。こういう時こそ、空調業者でカモフラージュするものである。
真実を話すか否かは相手を見て決めるものだというのに、新人はやらかしてしまった。
結果、母親は頑なに信じようとせず、依頼料など払えるかと突っぱねてくる始末。
この調子だと、家に招いてもらうのも難しいだろう。
新人さんから峡部家に事情説明の電話が入り、俺は頭を捻るのだった。
『一度時間をおいて、別の人間が引き継ぎますので、少々お待ちいただけますでしょうか』
俺にとっては過去の贖罪でもあるし、同級生のよしみで無料で助けてあげても良いが……。
そうだな……。
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翌日、俺は例の階段下で霊に事情を説明した。
「やっぱり、妖怪がいたよ。いじめはどうにかなっても、元を断たないとまた次の不幸がやってくるだけだね」
「その妖怪ってのを倒せばいいのか?」
俺はYESと答える。
そして、そのための準備や手間、何より費用がどれくらいかかるかを懇切丁寧に説明した。
“倒す”と一言で言っても、簡単なことではない。
何かを成すにはそれ相応の対価が必要となる。
「どうにかならないのか? 俺の遺産を使うとか」
「自分のこと思い出したの?」
「No……」
相変わらず、ジョンは自分の名前を思い出せなかった。
ただ、重要な記憶を2つ思い出していた。
それは、彼の魂に刻まれた強い決意。そして……最期の記憶の断片だ。