式神出動
既に日も暮れて、夕飯の準備に取り掛かる頃合い。
俺と親父はパソコンに向かい、術具店訪問の予約をしていた。
術具店の店主は相変わらず無愛想だが、着実に親しくなってきている。
昔の恋愛ゲームみたいに、顔を合わせれば合わせるほど親密度が上がるタイプなのだ。
『毎回、毎回、よくもまぁ飽きずに来るな』
『全然飽きませんよ。店主さんの説明が面白いから』
『ふん』
『これ買うので、使い方教えてください』
『ったく……これは霊力の拡散を抑える布で――』
爺さんを攻略するとか、普通なら誰得案件である。
しかし、人生ゲームにおいては爺さん以上のキーパーソンはいない。
御剣様を始めとして、権力者の大半は長年業界に貢献した男性だ。
店主も長年道具を取り扱ってきたプロであり、仲良くなれば使い方を色々教えてくれるので、間違いなく最強のコネと言えよう。
「この時間はどう?」
「帰宅直後の出発か……問題ない」
親父も店主と仲良くなりたい俺の意図を汲み、積極的に連れて行ってくれる。
1人で行けたらいいのだが、9歳の子供が遊びに行くには如何せん遠すぎた。
空飛ぶタクシーが使えたら、また話は変わってくるのだけれど……世の中ままならないものだ。
入店予約が終わったところで“ピンポーン”という昔ながらのチャイムが鳴った。
それと同時に、お母様が返事をしながら玄関へ駆けていき、すぐに仕事部屋へやってきた。
「あなた、浜木さんがいらっしゃいました」
「会う約束はしていないはずだが」
「たまたま近くに寄ったから、と」
胡散臭い。
十中八九、情報収集に来たのだろう。
うちにちょくちょく顔を出すから、奴の軽薄なノリにも慣れてしまった。
「娘を迎えに来たついでに、挨拶に来ました!」とか抜かしそう。
いや、あの男も仕事でスパイをしているだけであって、好き好んで俺達を探っているわけではないか。
罪を憎んで人を憎まず。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。
さて、どちらを適用するべきだろう。
哲学めいたことを考えていた、その時である。
東の方角から霊素の気配が溢れた。
俺の霊素が離れた場所に突如現れるこの現象、体験するのは2度目だ。
他人の霊力はさっぱりだが、自分で精錬した霊素を間違えることはない。
感覚としては、自分の触手が離れた場所に生えるような感じ。
脳内には「こっちだよー」と遠方から手を振ってきているイメージが浮かび上がる。
「御守りが壊された」
「何?」
俺が御守りを渡した相手は限られている。
距離と方角から考えて、今回反応があったのは――
「美月さんだと思う。お父さん、行こう」
「ああ」
阿吽の呼吸で対応を決めた俺達に、お母様が問いかけた。
「浜木さんはどうされますか?」
「お引き取り願う」
親父が即答する。
アポも取らずに来た向こうが悪い。
ただ、浜木家当主を追い返したところで、瞬時にこの場を去るはずもなし。
緊急発進したら大蛇の姿を見られてしまう。
「ダメって言われても使うけど、いいよね」
「構わん。緊急事態だ」
さっすが親父、話がわかる。
どうせ、関東陰陽師会に登録した時点で情報は漏れているだろうし、今更か。
そうと決まれば、さっそく準備にとりかかろう。
2人揃って仕事部屋を駆けまわり、俺は墨壺と筆を手に取り、親父は巨大なロール紙を切り取って中庭へ戻る。
親父が地面に展開した紙へ、俺が召喚用の陣を描く。
筆を止めることなく最速で仕上げた。
緊急事態に備えて練習はバッチリである。
墨汁のボトルを何本も空にした甲斐があったというものだ。
「峡部 聖が命ず。疾く姿を現し、力を貸し給え。急急如律令」
緊急事態なので召喚も略式である。
この場合、支払う霊力が多くなってしまうが、仕方がない。
休出手当のようなものだろうか。
詠唱の終わりと共に白い霧が立ち込め、気がつくとそこに式神が現れる。
召喚は問題なく成功した。
中庭に呼び出された大蛇が、その白い巨体をうねらせる。
「すぐに出発するから、待機」
この間に親父は再び部屋へ戻り、緊急事態用のバッグを持って来ていた。
中には俺と親父が作った札が収められている。
これらを使えば、美月さんを庇いつつ、妖怪から逃げる時間くらいは稼げるだろう。
俺達は準備万端で蛇に乗り込んだ。
「いくよ」
「ああ」
「キュイ」
傍で控えさせていたモルモット型式神が肩に乗ってきた。
犬にお株を奪われたこいつが今更役に立つとは思えないが、せっかくだし連れて行こう。
触手シートベルトで体を固定し、いざテイクオフ。
「いってらっしゃい。気をつけてくださいね」
「おとーさんとお兄ちゃん、浮いてる! おかーさん、浮いてるよ。見て!」
騒ぎを聞きつけた優也がお母様の隣ではしゃいでいる。
大蛇が見えない2人には、俺達が何もないところで浮いているように見えるらしい。
心配そうなお母様と興味津々な弟に見送られ、俺達は現場へ急行した。