アニマルセラピー
今月もまた美月さんのお祓いへ向かおうとしたところ、門の前で客人と遭遇した。
ファーのついたダウンコートを着こなすオシャレさん2人である。
「あっ、聖」
「聖くんこんにちは!」
加奈ちゃんと陽彩ちゃんだ。
もはや定番となりつつある組み合わせの2人が、今まさに門を開けようとしていた。
「こんにちは。2人とも遊びに来たの?」
「うん」
加奈ちゃんが俺の質問に元気よく答えてくれた。
我が家に来る理由なんてそれくらいしかないか。
「聖くんはなにしてるの?」
陽彩ちゃんの純粋な視線が突き刺さる。
正直者なら「これから仕事に向かうんだ」というべき場面。
しかし、この子に情報を流すと、この子の親にまで知られてしまう。
一体どこまで情報を握られているのか分からない現状、俺が仕事をしている事実も隠しておきたい。
陽彩ちゃんには悪いけれど、ここは誤魔化すとしよう。
「えーとね……」
「そんなところで立ち止まってどうし……加奈ちゃんと……お友達か」
後からやってきた親父が門を大きく開けて顔を出した。
そして、加奈ちゃんの顔を見て僅かに顔を綻ばせる。
その表情は家族に向けるものと同じだ。
我が家に男児しか生まれなかったこともあり、親父は加奈ちゃんを本当の娘のように可愛がっている。
続けてその後ろにいる陽彩ちゃんの顔が目に入った瞬間、表情が消えた。家族でもなければ気が付かない程度の変化だ。
「あの……こんにちは……」
怯えた少女の姿に、親父は右手で顔を覆う。
思わず出てしまった内心を隠しているように見える。
違うぞ親父、素の顔が険しいから怖がられているのであって、表情とか関係ないから。
まぁ、そうでなくとも子供の世界に父親が出てくると、テンションは下がるものだ。
小さく息を吐いた親父が、平坦な声で2人に告げる。
「すまないが、聖はこれから用事がある。また今度遊びに来てほしい」
歓迎されていないことを察した2人はおずおずと頷き、「帰ろっか」と顔を見合わせている。
ちょっと悪いことをしたかな。
「お父さんとお出かけするから、一緒に遊べないんだ。ごめんね」
「そっか。またね」
加奈ちゃんが先頭になって殿部家へ戻っていく。
いつも元気な陽彩ちゃんがその後ろを黙ってついていく光景は、なんとも後味の悪いものである。
「すまないな」
「ん? 何が?」
親父が突然謝りだすからビックリした。
今のやりとりに謝る要素なんてあったっけ?
「遊びたい盛りに、家業を手伝わせて……」
いや、そこは素直に喜んでくれよ。
後継者不足に悩む家が多いなか、俺は家業を継ぐ気満々なんだから。
とはいえ、親父の気持ちもなんとなく察することはできる。
俺の子供らしくない振る舞いが親父を悩ませてしまったのだ。
こればかりはもう、どうしようもない。前世の記憶があるおかげで優秀な後継者が生まれたわけだし、諦めてくれ。
「僕がやりたいからやってるんだよ」
「私に遠慮していないか?」
「むしろ、僕のやりたいことにお父さんが付き合ってくれてるんだよ」
子供に気を使わせて親失格だなとか思ってそうな顔。
悪いな親父、もしも俺が普通の子供だったら、そんな悩みは生まれなかっただろうに。
……実は転生者だと打ち明けたらどうなる…………いや、意味のない想像だな。
俺はこの事実を墓まで持っていくつもりなのだから。
「加奈ちゃん達にも、すまなかったと伝えてほしい」
「今度遊びに来た時、お菓子でも用意すれば?」
「そうだな。そうしよう」
陽彩ちゃんについては……世の中、どうしようもない問題もある。
嫌なことはさっさと忘れて次に行こう。
「行こう、お父さん。美月さんが待ってる」
「そうだな」
〜〜〜
「美月お姉さん、今日は僕のペットを連れてきたんだけど、部屋に入れてもいい?」
いつもなら真っ先にお祓いをするのだが、今日は違う。
お祓いの前にアニマルセラピーを試すのだ。もしかしたら、リラックス効果によっていつもよりお祓いの効きが良くなるかもしれない。
俺からの突然の提案に、美月さんは目を瞬かせる。
「ペット? ……少しくらいなら大丈夫、かな」
美月さんの逡巡から察するに、ここはペット禁止のマンションなのだろう。
だが、うちのペットは動物ではなく式神なので問題ない。
「あら、大きな、鼠さん?」
「モルモットだよ。大人しいから撫でてみて」
美月さんは「これが、あの……」と呟きつつモルモットの背中を撫でた。
まるで伝説の生き物にでも会ったかのような反応だ。
「どうかしたの?」
「ううん。モルモットって、実験動物の代名詞だから、予想よりも可愛くて驚いたの。あっ、ごめんなさい、実験動物じゃなくて聖君の家族よね」
美月さんは余計な気を回してそんなことを言う。
大丈夫、ペットと飼い主じゃなくて、社員と雇用主だから。なお、峡部家はアットホームな職場だけど、社員に人権はないもよう。
とんでもないブラック企業である。
「キュイ キュイ」
「可愛い……」
うんうん、ちゃんと命令通り動いてる。
『大人しく撫でられているように。たまに鳴き声を上げたり、手に身体を擦り付けて親愛表現をして』
と、家に入る前に指示を出しておいた。
(次は手乗りモルモットで庇護欲を刺激するんだ)
「キューッ キューッ」
「あら、手に乗ってくれるの?」
一生懸命美月さんへ媚を売る式神。
その光景を見て気づいてしまった。
(やっていることが水商売と同じ……?)
いや、違う。
猫カフェ的なアレだから。
風営法じゃなくて動物愛護法を守るやつだから。
ちょっと雇用主の指示を実行できちゃう賢いアニマルが、お客さんと触れ合ってるだけだから。
ほら、美月さんもモルモットを抱っこして癒されてる。
……あとで霊力多めにあげようか。
アニマルセラピーを堪能した後は、いつも通りお祓いである。
これまでの経験から、なんとなく手応えのようなものを感じた。
次回も触れ合いコーナーを開催しようかな。
早速ネズミ型式神の有効活用法を見つけた俺は、小さく安堵しつつ帰路についた。
もしも、500万円のネズミが役に立たなかったら、召喚主の俺は罪悪感で押し潰されていただろう。
一般的な式神の使い方とは違うが、今のところ偵察等で使う予定はないし、ひとまずこれで十分。
「あと数回で美月さんのお祓い訪問終わりそうだね」
「ああ。通常よりもかなり早い」
親父の経験上、数年掛かると思われたお祓いだが、早々に終わりが見えてきた。
俺の感覚ではちょうど1年で終わりそうな気がする。
ビジネス的にはよろしくないが、個人的には喜ばしい限りだ。
その理由が俺の実力ならもっと嬉しかったのだが、これは美月さんの体質によるものらしい。
「もともと陽に傾きやすい者は、回復が早い傾向にある。平時は5から4の間といったところか」
「へぇ〜」
こういう細かい知識を聞けるのが、実地の良いところだ。
座学では一般的な例しか教わらなかった。
「依頼人は比較的運の良い人生を歩んできたと思われる。故に、陰気に呑まれた時の落差は大きくなり、体感的により深い絶望を味わう」
逆に不幸体質な人の場合、さらに不幸のどん底へ引き摺り込まれる。なので、救いがないことに違いはない。
妖怪は人の負の感情から生まれるだけあって、十人十色な不幸をばら撒いていく。
不幸のテーラーメイドである。
2度も強姦未遂に遭うのが"体感"という言葉だけで済むとは思えないが……。
「死と比べれば軽傷の部類だ」
目を伏せた親父はそう断言した。
肉体と精神の傷を比較するのは難しいと思う。
けれど、若くして両親の死と向き合った親父の言葉を、俺は否定できなかった。
親父判定の軽傷は、陰陽師的にはもうじき癒えるということだ。
後のメンタル回復は、心療内科など医療の領分となる。
せっかく紡いだ縁にも、別れの時はやってくる。
ただの依頼人とは言えないくらい、相手のことを知ってしまった。
親しい相手との別れは、幾つになっても悲しいものだ。
ただ、出会いと別れに慣れてしまったせいで、その気持ちの表し方を忘れてしまった自分自身に気づく。
「仕事、ちゃんとやり遂げるよ」
「ああ」
そう、これはもとより仕事である。
俺にできることは、美月さんが元の生活へ戻れるようにお祓いするだけ。
年末年始も近づき、気がつけば早くなっていた日暮の時間。
夕陽に照らされながら、俺と親父は足早に進んで行った。