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   かぁ


 優也を殿部家に預け、俺は両親と共に修練場へ向かう。

 お母様1人なら面倒を見られるが、行動を予測できない子供まで連れて行くリスクは犯せなかった。

 なお、殿部家を出る際に言われた『お兄ちゃんだけずるい』という弟の呟きが、今なお俺の胸に突き刺さっている。

 大声じゃなくて、拗ねたような呟き声だったのが特にクリティカルヒット。

 ごめんね、帰ってきたらお父さんとお母さんにいっぱい甘えさせてあげるから。


 移動は公共交通機関である。

 こういうときの為の大蛇航空なのだが、規制が出ているのでは仕方がない。

 親父と2人の時とは違い、道中は賑やかだった。修練場がどんな場所か、召喚の儀はどんなものか、お母様に問われるまま答えていく。

 険しい山中は親父がお母様をエスコートし、いつもより時間をかけて到着した。


「ここが……」


 お母様も修練場の存在自体は知っていたけれど、来たのは初めてである。

 陰陽術の実戦訓練や召喚の儀でしか使わないのだから当然だ。


「聖、準備を始めなさい」


「うん」


 殺風景な修練場を見渡すお母様の隣で、俺は道具を広げる。

 歯が抜けそうな頃合いを見て、術具店で道具は揃えておいた。

 無愛想な店主とのやりとりも相変わらずだ。

 途中からお母様の視線を背中に感じつつ、召喚の準備を進めていく。


 戦闘に入ったら、お母様には親父と一緒に離れた場所にいてもらう。

 非戦闘員がいるのだ、今回ばかりは安全第一で行こう。

 親父と相談し、込める力は霊素に決めた。

 精錬段階の差が召喚結果に影響するのか、重霊素との比較になる。

 将来的に試行回数を増やして、結果を確かめるつもりだ。

 300年前のご先祖様がもっと記録を残してくれていたら……なんて、考えても仕方がないか。


「できた」


 完成した陣を前に、俺は達成感で満たされていた。

 ふふふ、前回よりも完成度が高い気がする。

 失敗すると数百万円が吹っ飛ぶのだ、筆を動かすのが怖くてたまらない。

 そんな緊張感から解放された俺は、ドヤ顔で両親に視線を送る。


「うむ、問題ない」


「最近よく描いているものでしょうか。練習の成果を発揮できましたね」


 親父には今度、お母様の爪の垢を煎じて飲ませよう。

 子供は褒めて伸びるものだぞ。


 乳歯に霊素を充填し、お香に火も点け、準備完了。

 さぁ、いよいよ召喚の時!


「峡部家が嫡男、峡部 聖が願い奉る。天地を繋ぐ大いなる霊力に託し、心魂を宿す叡智の術を以って、異界より式神を召喚せん――」


 両親に見守られながら、俺は召喚の儀を開始した。

 印を結び、詠唱によって異界との繋がりを紡いでいく。

 俺が願うのは手頃な強さの式神。


 お母様に俺が戦えるところを見せて安心させたい。

 俺の身長的に四つ足の獣型、狛犬とか良いと思う。

 他にも、結界を破れないくらいの式神なら何でもいいかな。


 俺の結界を破れそうな強い式神が出た場合は、今回こそ召喚中止となる。大蛇のような見た目がヤバそうなのもアウトだ。

 お母様を安心させるという第2の目的を失敗させるわけにはいかない。

 なんか理由は不明だが、親父がせっかく俺に召喚させる気満々なのだ。やらせてくれると言うのなら、今後もやりたいに決まっている。


「神様、どうか聖を守ってくれるような、優しくて頼もしい子を呼んでください」


 詠唱の途中で、離れた場所から何か聞こえてきたような気がする。

 辺り一面に煙が立ち込め、長い長い詠唱がついに終わりを迎える。


「我、霊力を糧に異界と縁を結ばんとする者。我が呼び掛けに応え力を貸し給え!」


 最後に両手を力強く合わせ、乾いた音が辺りに響き渡った。

 印を結んだことで奇怪な動きをした霊力が足元から陣へ流れ込んでいく。

 線を伝って召喚用の陣にも霊力が満ちていき――ついに、2つの世界が繋がった。


 言葉にできない圧力のようなものを感じる。

 しかし、前回召喚したときとは比較にならないくらい弱い。

 まるでそよ風のようだ。

 これは、手頃な式神が来たのでは?


 いまだにその姿は見えてこない。

 一体どんな大きさの式神が出てくるのだろう。

 カッコイイ式神が良いなと期待しつつ、鬼と同じ2mの高さから少しずつ視線を下げていく。


 ……見えない。


 ……まだ見えない。


 1mより小さいのか。


 ……あれ、俺より小さい?


 大型犬以下?!


 ようやく煙が晴れ、姿を現したものは……。


「ネズミかぁ」


「ネズミだな」


「モルモットでしょうか」


 正確には「齧歯類に似ている式神」が召喚陣の真ん中にいた。

 1番似ている齧歯類を挙げるならば、お母様の言う通りモルモットだろうか。

 大人が両手で掬えるくらいのサイズ感だ。


 これは……ハズレ……いや、お母様は安堵しているし、アタリ?

 でも、ネズミだもんなぁ。

 ネズミなら親父から継承すればいいしなぁ。

 うーん。


 戦いの気配が感じられなかったことで、親父達もこちらへ来て式神を観察し始めた。

 どこからどう見ても戦闘力皆無な式神である。


 さて、ここまで放置してしまったモルモット型式神だが、やつは呑気に紙面を嗅ぎ回っている。

 餌でも探しているのだろうか?

 少なくとも、召喚陣の境界を壊そうとはしていない。


「逆らうつもりはなさそうだ。そのまま契約してしまいなさい」


「そうだね。我が名は峡部 聖。汝の力を欲さんと召喚せし者也」


 戦闘する意思のない式神が現れた場合、調伏する必要はなくなり、一気に契約フェーズへと移行する。


「喚び声に応えし異界の者よ。我と契約を結べ。その対価は力。汝が求めるさらなる力を授けん――」


 俺は印を結びながら契約の呪文を唱える。

 いつの間にか召喚の陣が契約の陣へと形を変えており、モルモットも契約に同意していることが分かる。

 さっそく報酬について決めようか。


 ん? 出来高制にしてほしい?

 弱い式神は一般的に、召喚時間に応じて報酬を支払う時給制を希望するのだが、この式神は出来高制を希望してきた。親父の契約しているネズミにもそういう個体がいるとは聞いている。

 なお、その個体は報酬が少なくて済むのでこき使われているらしい。

 こいつも変わった個体なのかな?

 『他人と違う俺カッケー』しちゃう年頃なのかな?


 当然俺としては問題ない。モルモットの提案通り、報酬は出来高制となった。


 主人に危害を加えないこと。承諾。

 主人の命令に逆らわないこと。承諾。

 主人の不利益になることはしないこと。承諾。


 細々した契約内容もあっという間に決まった。


「異界より召喚せし式神よ。汝、我が下僕として、我がために異界の力を以て戦いに臨むことを誓え。闇を打ち払い、浮世の穢れを晴らす力となれ。今この時より我等の魂は繋がった――契約締結」


 人生2回目の召喚はかくして終了した。

 戦闘力の低い式神を求めていたとはいえ、500万円でネズミかぁ。

 ネズミかぁ……。


「もう終わったのですか?」


「あぁ、終わりだ」


 召喚陣に近づいたお母様がしゃがみ込み、興味津々にモルモットを観察している。


「あらあら、こんな可愛い子が召喚されるのですね。はじめまして、式神さん。これから聖と仲良くしてくださいね」


 あれ? お母様にもこの式神見えてるのか。

 そう言えば最初からモルモットって言っていたし、かなりはっきり見えているということだ。

 モルモットは現世寄りの存在らしい。

 霊体なら偵察係として建物に侵入できたりするのだが……こいつはどこで使えばいいんだろう。


「触っても大丈夫ですか?」


「聖、命令しなさい」


 お母様の要望により、モルモットへの最初の命令が決まった。


「その2人は僕の家族だから、絶対に危害を加えないこと」


 声に出さなくても伝わるが、確実に命令するなら声に出した方が良い。

 命令を受諾した感覚がモルモットから伝わってきた。


「もう大丈夫だよ、お母さん」


「それでは、失礼しますね。サラサラしていて……まるで本物のモルモットみたいです」


 毛並みに沿って撫でるお母様を見ていると、ふれあい動物園にでも来たかのようだ。

 俺はモルモットを映像媒体でしか見たことがない。

 お母様の言葉を信じるならば、触り心地もモルモットと同じらしい。


「あっ」


「どうかしたか?」


「ううん、なんでもない」


 目の前の光景を見て俺は閃いた。

 モルモットをアニマルセラピーに使おうと。


 この後、ケーキ屋に寄って優也と殿部家へのお土産を入手しつつ、帰路に就いた。

 何事もなく終わったのは良かったが、お母様に俺の強さを見せることはできなかった。

 召喚の儀に対するお母様の理解が得られたかは、夫婦の家族会議で決めてもらうとしよう。


 俺としてはどちらでもいいかな。

 他人の稼いだ金で回す1回500万円のガチャ……俺には荷が重すぎる。

 ネズミかぁ……。


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