お祓い(6回目)
「美月お姉さん、終わったよ」
「ありがとう。聖君のおかげで体が軽くなった気がする」
「ほんと? それならよかった!」
今日を含め、かれこれ6回目のお祓いである。
つまり、美月さんと知り合ってから半年が過ぎたことになる。
月一とはいえ、半年もの付き合いになれば多少は打ち解けるものだ。
最初は手応えのなかったお祓いも、ようやく効果がみえてきた。
「お祓い終わりましたか。ジュースとお菓子用意したので、よかったら食べてってください」
という母親のご厚意も恒例となっている。
「いただきまーす」
折りたたみ机を挟み、美月さんと2人でおやつタイム。
この時間での雑談を通して、美月さんについていろいろ知ることができた。
そのおかげで仲良くなれたのだから、母親のバックアップの功績は大きい。
「昨日の漢字テストで100点取ったんだよ」
「へぇ、聖君は勉強も得意なんだ。陰陽師の勉強も頑張ってるものね。すごい」
「美月お姉さんも勉強得意?」
「得意ってほどではなかったかな。新しいことを知るのは好きだけど」
と、謙遜しているが、有名な上場企業に入社しているあたり、高学歴なのは予想がついている。
2周目でチートしている俺とは勉強への意識が違うんだろうな。
彼女の学力を推察する材料の1つとして、壁際に設置された本棚がある。
お堅いタイトルの文庫本や啓蒙書が綺麗に並べられており、読書好きなのが分かる。
背表紙を流し読みしていると、1冊の本が目に留まった。
場違いに感じるポップなフォントのタイトルを読んでみると……。
「今日から書ける小説 入門編」
「え……あぁ、その本ね。気になる?」
俺の視線を辿り、美月さんが棚の本を取り出した。
「美月お姉さん、小説書くの?」
「昔、ちょっとだけね」
へぇ、美月さんは文学少女だったのか。
大人しそうな見た目の彼女が図書室で執筆活動をする。そんな光景が目に浮かぶ。
「中学生の頃、文芸部に入っていたの。そこで少しだけ」
よく見ればハウツー本の隣には薄い冊子が3冊並んでいた。
流れからして、美月さんの作品が掲載されているに違いない。
「美月お姉さんのしょうせつ、読んでみたい」
「ダメよ。恥ずかしいもの」
ちょっと強引に読もうとしたら、全力で止められてしまった。
そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。
しかし、先ほどの言い方からして、今は小説を書いていないようだ。
「書くのやめちゃったの?」
「えぇ……。書きたいものがなくなってしまったの。初めて書いたお話を友達が褒めてくれた時は嬉しかった。でも、次、その次と書いていくうちに、書きたいお話が思い浮かばなくて。そんな私を尻目に、どんどん新しいお話を生み出していく友達を見て……。中学を卒業してからは全く書いてなかった」
当時の記憶が蘇ったのか、美月さんはどこか遠くを見つめていた。
その顔には分かりやすく「未練があります」と書いてある。
「久しぶりに書いてみたら? 面白いお話が思いつくかも。そしたら、僕に読ませてよ」
事件以降、美月さんは日がな一日ボーッとして過ごしているらしい。
何をするでもなく、ベッドの上に座っている娘の姿を見て、母親は心配で堪らないそうだ。
俺としては、時の流れが心を癒してくれるのを期待して、しばらく見守るのもアリだと思う。俺とはちゃんと会話できるんだし。
ただ、引きこもり始めてそろそろ半年が経つ。ここらで気を紛らわせる何かに出会うのも悪くはない。
「うーん、考えておくね」
「約束だよ」
創作物は人の心を表すと聞いたことがある。
それを見せてくれたのなら、きっと今より仲良くなれるはず。
俺をきっかけに人との交流が広がっていけば、いずれ社会に復帰できるかもしれない。
まだ若い娘さんが妖怪の悪意に人生を翻弄されるなど、あってなるものか。
俺のように人付き合いが苦手ならいざ知らず、美月さんは本来社交的な人なのだから、明るい未来に生きてほしい。
これは親御さんの願いでもある。
そうだな……。ここらでそろそろ、冒険してみても良いのではないだろうか。
美月さんの味方であると認識された今なら、この提案も受け入れてもらえるのでは?
「そうそう、昼休みには友達とサッカーしたんだ。美月お姉さんも一緒に外で遊ばない?」
「……ごめんなさい。私は……」
美月さんが囚われている恐怖の檻はとても強固だ。
さらに、彼女の体に溜まった陰気がその強度を高めている。
妖怪の陰気を浴びると、明るい性格の人間すらネガティブ思考になるという。
曰く、俺が御剣護山で受けた影響よりも強烈なのだそうな。
「そっか。じゃあ、遊びたくなったらいっしょに遊ぼ」
「うん。ごめんね」
「いいよ。あとね、放課後には――」
時期尚早だったか。
俺は子供らしい無邪気さで会話を切り上げ、次の話題に移した。
依頼内容に社会復帰まで含まれていないけれど、俺にできる範囲で美月さんの力になりたい。
美味しいお菓子も頂いたことだし。
改めて考えると、小学3年生に頼むような仕事じゃないな、これ。
いや、依頼内容としてはお祓いだけすればいいのだから、それほど気負う必要はないわけで。せっかく依頼を受けたのだからと、メンタルケアまでしようとしている俺が間違っているのか。
アニマルセラピー的な、子供だからこそできる癒しを与えられたらいいのだけど。
それからしばらくの間、たわいない話を続けて、日が暮れる前にお暇した。