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オフィス



 そして日曜日、妖怪退治の時がやって来た。

 残業を終えたサラリーマン達とすれ違いながら、俺達親子はオフィス街を進んでいく。

 まだまだオフィス街の明かりが消える様子はなく、ビルの中では大人達が疲れきった顔でパソコンと向き合っているのだろう。

 彼らの作り出す陰気が妖怪を発生させる素となるのだが……俺にはどうしようもない。


「大丈夫か?」


「うん、バッチリ」


 道具の準備・心構え・手順の確認、全て万全である。

 月光浴の日と同じく昼寝したし、体内の霊力も満ち満ちている。

 しばらく歩き、ようやく目的のビルが見えてきた。


(今日に至るまで、ずいぶん時間がかかってしまったな)


 指定の建物内に妖怪潜伏の疑いあり、即時突入! ……とはならない。

 行政側の手続きを待ち、先日のオーナーとの打合せを経て、ようやく本日調査と相成った。


 今回の妖怪が直接被害を発生させないタイプだった故に、緊急性が低いと判断されたのだろう。

 美月さん以外にも大きな被害が出ていたなら、強権を発動してでも、より迅速な対応となったはずだ。

 脅威度4以上ともなると、占術による索敵で発見される。野放しになっている現状、妖怪の脅威度は3以下であると予想される。


 時間がかかったことに思うところはあれど、既にバトンは渡された。

 俺の役目は、業者のフリをして妖怪を捜索すること。

 そして、戦闘になる可能性を考慮し、調査を実施するのはオフィスが空になる夜となった。

 夜目の利かない人間に対し、夜は妖怪の力が増す時間である。

 

 わざわざ人間にとって不利な状況を選ばなければならないなんて、世の中は不条理に満ちている。

 しかし、何も知らない一般人の平和な日常を守るためにも、ここは頑張らなければならない。


 空調業者に変装した親父が窓口へ声を掛ける。


「空調測定に参りました。陰陽(かげひ)空調です」


「ご苦労様です。話は伺っています。どうぞ」


 警備員に通してもらい、親父は何事もなくビルの内部に進入した。

 ガラガラと大きな台車を押しながら、エレベーターに乗り込む。

 固定されているボックスの中にあるものは空調測定の機器……ではなく。


「もう、出ても大丈夫だ」


 警備員の目が届かなくなったところで、親父が声を掛けてきた。


「大蛇より乗り心地悪いね」


「それはそうだろう」


 俺は台車から降りつつ感想を述べる。

 仕事に子供がついてくるのはさすがにおかしい。しかも夜更けに。

 なので、こうやって秘密裏にお邪魔することにしたのだ。

 

 狩衣が汚れていないか確認し、早速目的のフロアのボタンを押す。

 妖怪が潜伏していると予想される場所は5ヶ所。

 潜伏している可能性が高い順に――


 ・美月さんのデスク

 ・同オフィス内

 ・トイレ

 ・給湯室

 ・物置き


 となっている。

 最有力候補は、仕事中に最も長い時間を過ごすデスクだ。

 

 美月さんに日常の中の違和感について聞き取りしたところ、『足元がよく冷える』という情報を得られた。

 彼女自身は“空調”や“自分の体質”が原因と考えているようだが、そこに妖怪が隠れていた可能性がある。

 過剰な陰気による症状として、最も多いのが体調不良だ。

 足元に潜む妖怪の陰気に当てられ、脚の血行が悪くなり、冷えを感じたと予想される。


 さらに陰気を浴びて、穢れにまで至ると、エコノミークラス症候群などの致命的な病に発展していくことも。

 恐ろしい話だ。

 

「ここだね」


「ああ」


 エレベーターで3階へ移動し、最有力候補であるオフィスに辿り着いた。


「手筈通りにやりなさい」


「うん」


 これは俺が受けた依頼だ。

 親父には出来る限り手を出さないようお願いしてある。

 その代わり、計画段階ではしっかりアドバイスを貰った。


 それらをもとに、俺は行動を始める。

 まずは周囲を見渡し、警戒しながら陰陽均衡測定器を取り出す。

 オフィスの扉を一瞬だけ開けて測定器を室内に安置し、計測を開始した。

 扉の隙間から覗いた室内は暗く、いつ妖怪が飛び出してくるか分からない。


「……6.5。脅威度4以上はいなさそう」


 これで、強敵との不慮の遭遇を心配する必要はなくなった。


 次に、逃げ道を潰す。

 正確には、最期の悪あがきで被害を出さないように閉じ込めるのだ。

 警戒しながら部屋へ侵入し、入口にある照明のスイッチを押した。


(目視できる範囲に妖怪の姿はなし)


 明るくなった室内には誰もおらず、無機質な不気味さが漂っている。いや、妖怪が潜んでいると思うからそう感じるだけか。


 出入り口に簡易結界を張り、密室状態にする。

 壁を透過するタイプもいるようだが、その時はその時だ。

 退路を塞いだら、次は妖怪がいる場所を大きく囲う。


(あそこが美月さんのデスクだな)


 オフィスの受付に座席表が置いてあった。

 事前に聞いていた情報通り、窓から遠い通路側の席だ。

 デスクの島を丸ごと囲うように、内向型の大きな結界を形成する。

 脅威度3以上の妖怪なら、結界を破って攻撃してくることもあるらしいのだが。


(出てこないか)


 慎重にデスクへ近づく。

 突然飛び出してきてもいいように、手には霊力充填済みの札を構えながら。


 美月さんのデスクへたどり着いた。

 意を決して結界の中に入り、椅子に手をかける。


(行くぞ)


 椅子を引きながらデスクの下を覗き込む……!


(いない……か)


 少し気が抜けた。

 とはいえ、ここに妖怪がいないパターンも想定していた。

 美月さんが休職してから結構経っている。

 他の人間を不幸にするため、別の場所へ移っている可能性が高いからだ。


(隣もいない)


 別の場所と言っても、そう遠くへは行かないはず。

 同じオフィスに獲物がたくさんいるのだから、すぐ傍に潜んでいると思っていたのだが……。


(こっちにもいないか。第3候補のトイレに移動したか?)


 妖怪の基本方針はより多くの人間により強い不幸をもたらすこと。

 このオフィスよりも最適な場所があれば、狩り場を変えることもある。

 人間の行動を読むのだって困難なのに、妖怪の行動を完璧に読むことなんてできない。

 何らかの理由があってここを離れたのだろう。


 俺はデスクの島を覆っていた簡易結界の札を回収し、続けて隣の島を覆った。連続使用すると強度は下がってしまうが、経費削減のためにはやむを得ない。


 隣の島にもいない。

 さらに隣も。

 これはいよいよオフィスから移動した線が濃厚だ。


 10個あった島もこれで最後。残った窓際の一席へ向かう。

 窓際は太陽の光が当たるから、妖怪は忌避しがちらしい。

 最初の緊張感がだいぶ薄れてしまった自覚がある。


 ――カタッ


 椅子に手をかけたところで、背後から物音がした。

 振り返ると、窓枠に置いてあった写真立てが倒れている。

 偶然倒れたのかと考えたところで違和感を覚える。


(待てよ……。なんで倒れた。風もない。俺が触ったわけでもない。妖怪の姿も見当たらない。そうだ、脅威度3の妖怪なら念力を使えるものが多いと――)


 思考がそこへ至った瞬間、デスクの下から黒い影が飛び出してきた。

 それは俺の頭目掛けて迫り、俺は慌てて横に跳ぼうとするも、間に合いそうにない。

 ならばと触手を伸ばしてみるが、間に合うか――


 アハハハハ……ア゛ッ


 気味の悪い笑い声と共に襲い掛かってきた妖怪は、俺の目の前で止まった。

 島全体を覆う簡易結界にぶつかったのだ。


(良かった、毎回張りなおしておいて。回収するの面倒くさいと思い始めてた)


 10回の連続使用にも耐え、簡易結界は妖怪の衝突に耐えてくれた。

 パントマイムのように半透明な壁にぶつかっている妖怪は、顔面崩壊した人間の頭部のような外見をしている。短い10本の手足が顔の周りに生えており、わしゃわしゃ動く。

 見ているだけで気分が悪くなるそれは、妖怪的に正しい姿なのだろう。


(よくも脅かしてくれたな。喰らえ)


 全力の突貫でも簡易結界を破れなかった時点で、勝負はついている。

 既に飛ばしていた焔之札が妖怪に貼り付き、小さな火の玉となった。

 安心と信頼の焔之札が今回も役に立つ。半物理、半霊体攻撃なので、煙感知器が作動したり、建物が火事になる危険も小さい。


 ア゛ァ゛ァァァァ――


 断末魔と共に火の玉が燃え尽き、僅かな塵となって宙に溶けた。


「よくやった」


 念には念を入れて周囲を警戒する俺に、親父がねぎらいの言葉を送る。

 少し驚かされたけど、思っていた以上にあっさり終わってしまった。使ったのは簡易結界と焔之札1枚。正直、拍子抜けだ。


「他にも潜んでいたりしないかな」


「全域を捜査する場合は式神を使うと良い。だが、今回の依頼に全域捜索は含まれていない」


 想定通りの妖怪を発見し、そのまま退治した――これで十分依頼達成となるそうな。

 まぁ、オフィスを荒らすことなく妖怪を退治できたのだから、これでいいのだろう。


 後になって分かったことだが、窓際のデスクには50代男性が座っており、ここのところ持病が悪化していたらしい。

 潜伏場所の快適さよりも、ターゲットの付け込みやすさで選んだようだ。


 帰りもボックスで運ばれながら、俺はビルを後にした。

 これにて討伐依頼は完了。

 残るは、美月さんのお祓いのみだ。

 こちらについては、あっさり解決とはいかない。気長に頑張るとしよう。



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