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西洋の歴史


 初めての式神召喚を終えた次の休み。

 親父が手続きをしてくれたおかげで、大蛇は無事登録された。

 これで空を自由に飛び、気軽に御剣護山へ行けるように……。


「登録の際、指示があった。緊急事態を除き、移動手段として極力使用しないように、とのことだ」


 なん……だと……。


「えっ、なんで? 関東陰陽師会ってそんな命令出せるの?」


「命令ではない。努力義務……できる限り避けてほしいというお願いのようなものだ。もとより、西洋の件で航空機による空中戦闘は規制されている」


 日本に陰陽師がいるように、西洋には魔術師がいる。

 航空機が発明される前から、彼らは魔法を操り、空飛ぶ箒に乗って悪魔という名の妖怪を退治している。

 制空権を支配し、悪魔相手に優位に戦っていた彼らは、後にそれが失策であることを悟った。


 悪魔が空を飛び始めたのだ。


 最初は誤差の範囲だった。ガーゴイルなど、翼をもつ悪魔はたまに現れたから。しかし、長い時を経て、次第にその数を増していく。

 これは、飛行手段を持たなかった他の国々では見られない現象である。

 地を這っていた悪魔の多くが空を飛ぶようになり、同じフィールドに立たれた魔術師達は苦戦することとなった。

 空を飛び始めた悪魔は厄介なことに箒以上の機動力を持っていたため、逃げることもできない。悪夢の時代と呼ばれた10年ほどの間、魔術師の数は減少の一途を辿った。


 その後、箒の品質向上によってどうにかスピード勝負に負けなくなったものの、移動速度の上がった悪魔はその悪意を広範囲に振りまいていく。

 魔術師たちに退治されるまで、より多くの一般人を傷つけられるようになってしまったのだ。


 これが以前、親父から聞いた西洋の歴史の断片である。

 余所の失敗を参考に、日本でも航空戦を避ける流れとなった話は聞いていたのだ。

 親父は絵本レベルの内容で軽く流そうとしていたが、ワールドワイドを目指す俺は深掘りしまくった。

 外国版陰陽術、大変興味深いです。


「……要するに、必要な時以外は召喚するなということだ」


 戦闘時に使用を控えるのは覚悟していたが、移動手段としても使っていけないとは……。

 いやいや、霊感のある人間に目撃されても揉み消せるという話の方がとんでもないのであって、街中で乗り回そうと考える方が間違っていたのかも。


 ご近所で変な噂がたっても困るし……と、自らを納得させるための材料を探しているところで、親父は話を続けた。


「ただ……」


「ただ?」


「近いうちに規制が解除される見込みがある、とのことだ」


 規制解除というのは、何ゆえ?

 親父も詳しい話は分からないため、話はここまでとなった。

 何が何だか分からないが、早く規制が解除されると嬉しい。


 とはいえ、空飛ぶタクシーを普段使いできないだけであって、陰陽師として緊急出動が必要なときは話が変わる。

 いざ大蛇を召喚して、乗る準備が出来ていなかったら意味がない。

 以前親父が提案してくれた鞍を探すため、カタログを見たが、どう見ても……。


「サイズ、合わないね」


「馬を基準に作られているからな」


 カタログに記載されている規格はどれも小さかった。

 いや、人が馬に乗るには十分なサイズなのだが、大蛇に乗ることは考慮されていないと言うべきか。


「これは、直接行った方がいい」


「行くって、どこに?」


 親父がカタログを指さして言った。


「術具店だ」



 ~~~



 数ヵ月後のとある日曜日、俺達父子は私服で住宅街を歩いていた。


「ここだ」


 術具店はバスに乗って10分ほどの近場にあった。

 何の変哲もない住宅街の突き当たり、お店も人気(ひとけ)も全くないこの場所で、ひっそりと営業している。


 目の前に佇む黒い箱型な二階建ては、ここ最近流行り始めた建築スタイル。

 てっきり広い敷地に建つ日本家屋だと思っていたのだが、核家族が住んでいそうな狭さである。隣家との距離は窓から手を伸ばせば届きそうなくらい。土地の値段が高いから、仕方がないのかもしれないな。

 表の看板には『(まどか)弓具店』と書かれている。


「弓具店は表の仕事だ。裏では陰陽術の道具を扱っている」


 壁と同色で目立たない看板は、オシャレなデザインを装いつつ、術具店へ来る客をカモフラージュするためのものだろう。

 ご近所さんにだけ理解してもらえればそれでいい、という忍び具合だ。


 楽しみにしていた術具店の店構えに、俺は少しワクワクしている。

 カタログや注文サイトはちょくちょく覗いていたけれど、やはり実店舗に来ると違う。

 たくさん買い物するぞ……と言いたいところだが、収入がない俺はウィンドウショッピングするしかない。


 正直に言おう、俺はそもそも鞍を買う気すらない。

 理由は単純。値段だ。


『えっ、お父さん、これ桁間違ってない?』


 カタログを指さし、一緒に覗き込んでいる親父へ問いかける。


『間違っていない。100万円だ』


 霊獣・式神用鞍:(税込)¥1,000,000〜


 100万円もだけど、“〜”って、“〜”ってなんだよ。

 最低価格100万円。記載されている規格の中ですらそれだ。

 つまり、オーダーメイドが必要な我が大蛇用の鞍はさらに高いということになる。


「鞍ってこんなに高いものなの?」


「乗馬用の鞍も10万から90万円ほどのようだ。それに加えて戦闘に耐えうる性能となれば、妥当か」


 親父がスマホで調べながら答えてくれた。


 前々から思っていたが、陰陽師関連の道具は値段の桁が間違っていると思う。

 だいたい俺の予想する10倍が相場になっていることが多い。

 仕事道具とはいえ、100万以上掛けるのは躊躇われる。しかも、召喚するたびに装着が必要で、出先で召喚するなら持ち運ばなければならない。

 実用性皆無である。

 乗り心地については別途方法を考えることとした。


 ならばなぜ術具店に来たのかと言えば、単純に興味があったからだ。

 どんな品が並んでいるのか想像するだけでワクワクしてくる。

 親父から「店主は堅物だ」という情報も聞いている。あわよくば、子供の可愛らしさを利用して仲良くなっておきたいところ。


 親父がスライド式の扉を開けると、そこにはたくさんの弓と矢が並んでいた。

 狭い店内は外観通り。

 面積を有効活用するために背の高い棚が並んでいる。


「こんにちは」


 親父の挨拶が狭い店内に響き渡る。

 棚の向こうにあるカウンター、暖簾で隠された店の奥から人の気配がする。

 一拍置いて、店の奥から声が聞こえてきた。


「……ぃらっしゃぃ」


 暖簾をくぐって現れたのは、肩まで伸びた白髪を揺らす老齢の男性である。

 こけた頬と重力に負けた皮膚が怪しい印象を生み出す。

 眼鏡越しの目は細く、厳めしい顔つきから前評判通りの性格が伺えた。


「峡部の(せがれ)か。久しいな」


 倅って、情報アップデートされていないのか。

 祖父は亡くなり、もうとっくに親父が家長として働いてるぞ。

 店主の視線が億劫そうに俺へ向けられた。


 えぇ、なにこの人。

 外見だけでなく、やたら怪しい雰囲気垂れ流してる。

 陰陽師の道具を扱ってる感満載だ。


「お前さんの倅か?」


「息子の聖です」


 親父から紹介を受け、満面の笑みでご挨拶。


「はじめまして! 峡部 聖、小学2年生です」


「棚のもん触って壊したら弁償せぇよ」


 店主は俺に名乗り返すこともなく、親父に向かってそう言った。


 わぉ、にべもない返事だこと。

 前世の俺もだいぶ頭が固い自覚はあったが、この人はとびっきりの頑固オヤジらしい。

 むしろここまで徹底されると清々しいまである。

 頑固な道具屋のオヤジ、という呼称がしっくりくる。


「入れ」


 店主はそれだけ言うと暖簾の向こう側へ俺達を招いてくれた。


第2巻発売中!

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