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小山楓

 一緒に帰って分かった。長谷部くんは、いい人だ。


 会話が途切れそうになったら、すぐ話題を振ってくれるし、小さな事でも気にかけてくれるし、だからといって気を回しすぎるわけじゃないから、隣にいて妙に肩張る事もないし、それに、本当に私のことを好きでいてくれるみたいだった。


 なんで? とは、思う。


 私、長谷部くんに好かれるほど、まだ君と仲良くしてないんだけどな。


 今までグループで遊びに行ったり、話をしたりすることはあったけど、二人っきりってのは初めてだったし。共通点といえば、同じクラスってだけだし。


「それくらいで十分だったんだってば。小山のこと、好きになる理由なんて」


 彼はそう言ってた。


「いつも見ててさ、小山の明るいトコ好きだな、ってずっと思ってた。ただ能天気なだけってやつも多いけど、小山は違うと思う。いろんなこと考えて、いろんなことから感じとってる、だからこそ毎日をポジティブ生きてる、みたいな人間らしいところ。そういう所に惹かれたワケ」


 上手く言えてる気がしねーけど、と長谷部くんは続けた。


 いつも凛々しく佇んでいる彼が、頭を掻きながら、恥ずかしそうにそう言っていて、私は不覚にも、萌えた。意外と可愛い人なのかも、とも思った。


 家の前まで送ってくれて、じゃあな、と手を振ってくれて、家に入るまで見守ってくれていた。


 いい人だ。間違いなく。


 自室に入ると、スマホが震えた。画面を見れば、長谷部くんだった。


 また明日。

 そう、メッセージが届いていた。


 今日はありがと。また明日。

 そう返した。


 直後、またスマホが鳴った。長谷部くんかな、と思ったけど、違った。今度は、美紀からの電話だった。


 如月美紀(きさらぎ みき)。クラスメイト。モデル体型で、赤みがかったロングヘアが似合う、自慢の友達だ。友達で、それに、私がすごく尊敬している人だ。


 賢くて、他人の悪意を許さなくて、でもその悪意にはある種の正義感が根源にあることを分かっていて、だから悪意に対して反発することはあっても、他人そのものは絶対に否定しない。


 何よりも、自分に正直で、自由に生きている。


 本当に、魅力的な人間だと思う。


「もしもし」電話に出る。「どったの、美紀」

「やー」彼女の明るい声が耳元で鳴る。「どーもこーもないでしょーが。どーだったんよ」

「どうって?」

「長谷部と帰ったんでしょ? 結局、付き合うことにしたの?」


 ……自由すぎるところがたまにキズなんだけど、ね。


「なーに? 野次馬根性?」


 わざとらしく口角を上げながら、言う。


「違うってのー。友人のアンタを心配してんだってば」

「しんぱいごむよー。楽しかったよ。めちゃくちゃ、いい人だった」

「あ、そ」


 うん、と返事。


「そっかー。うんうん。いいことだね、そりゃ。そうかそうか。楓もついに彼氏持ちかー」

「ねぇ、先走んないでよ? まだ、付き合ってないんだから」

「え!? まだ返事してないの!?」


 仰天、といった具合の大声が返ってくる。


「……うん」

「なんでだよー。なんか気に入らんところでもあった?」

「ううん。全然だよ。びっくりするくらい、全然ない」

「なら、答えは一択じゃん」

「……かもねー」


 そうなのだ。長谷部くんのどこを探しても、告白を断る理由はない。タイプじゃないけどカッコいい方だと思うし、身長高いし、気が使えるし、話も面白いし。嫌な噂も聞かないし。どころか、人伝てに聞く元カノとの過去話とか、もうすごくいい彼氏だったんだなーって感じだし。元カノと別れたのも高校が別々になって上手くいかなくなった、って理由らしくて、喧嘩別れとかじゃないらしいし。


 そして、こんな私を好きだって言ってくれるし。


 一択、なんだろう。


 普通は。


「なに? なんで迷ってるわけ?」

「……うーん、なんだろうね」

「歯切れ悪いなー。いい、楓? こーゆーのは、勢いなの。燃え上がってるうちに、飛び込まないと。付き合い始め方、って、けっこーその後の関係に響いてくるんだよ?」

「……」

「テンポよく付き合い始めれば、テンポよく仲も深まるし、ぜーんぶ順調にいくもんよ」


 美紀が言うなら、それは本当なんだろう。


「あとさ、返事待たせるの、普通に失礼だし」

「……それはそうだね」


 イタタ。言われなくても分かっているけど、いざ言われると胸が痛むな。


 でも、私はまだ答えが出せないのだ。長谷部くんに悪いことをしているって自覚はあっても、ダメなのだ。決心がつかない。


 何故だろう、と思う。私にも、本当のところは分からない。勇気がないだけなのかもしれない。恋人を作る、という勇気だ。


 私にはこれまで、一人だけ、彼氏がいたことがある。


 幼馴染の陽平だ。


 でもすぐ、一ヶ月で別れてしまった。キスもせず。セックスだって、もちろんせずに、だ。


 まあ、私がフッたんだけど。


 理由は今でもよく覚えてない。どっちの理由も、だ。告白を受け入れた理由も、交際をやめようと言い出した理由も。どっちも。


 決して、その時の気分で決めたわけじゃなかったと思う。考え抜いて出した結論だ。どっちも。そのハズだった。けど、思い出せない。私はどうして陽平の彼女になりたい、と思えたんだろう。私はどうして陽平と友達に戻りたいと思ってしまったんだろう。


 ……そういう考えが邪魔をしているからかもしれない。いま目の前にある恋に、簡単に踏み込めない訳は。


「まー、とにかく」美紀の声で我に帰る。「これ以上、長谷部を待たせんなよ」

「……うん」

「ハッキリしろよ。アタシの知る楓は、そーゆーやつだと思うから」

「うん。……ありがとね」

「ううん。……それじゃ、明日、学校でね」


 私はもう一度、ありがとね、と言った。


 電話を切ってすぐ、ベッドに倒れこむ。


 本当に、なんなんだろう。この優柔不断さは。どこからやってくるんだろう。


「…………」


 心がざわつく。モヤモヤする。ぐわんぐわん、心臓が揺れている気がする。


 安心したい。不意にそう思った。


 いったい、安心感、はどこにあるんだろう。私にとって安寧の椅子はどこに置かれているんだろう。長谷部くんとの日常の中に、それはあるんだろうか。あるとしたら、私は彼の申し出を今すぐ受け入れるんだけど。どうなの。どうなんだろう。


 安心。

 心の安らぎ。

 どこ。


 そう考えて、頭の中に浮かんだのは。


「…………あー。バカだ、私」


 陽平の顔。

 彼の笑顔を思い浮かべていた。


「……いい加減、甘えすぎなんだよ。私は」


 こういう時。何かに悩んで、心が沈んでいくとき、私はいつだって陽平を頼ってしまう。


 十年以上の悪い癖。


 自分でもよくないと思っている。分かっている。


 けれど。


「……よーへい、いま、なにしてんのかな」


 私はいますぐ、陽平と話したかった。

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