31 南の国の放蕩王子 4
更新遅くなりましたm(__)m。
誤字脱字報告ありがとうございます!
「うっわー!」
「やるわネ芙蓉ちゃん」
「ふっ! ふははははは! 確かに! 仕返しは出来た、劇場は新ネタで潤う、客も喜ぶ、ついでにそいつと魔獣も末永くお幸せに。ふっははははは! 腹が痛い……!」
アルヴィドさんは意外に笑い上戸なのだと知った。そして、美人は笑い転げても美人なのだと知った。そのアルヴィドさんを見てラルフさんは思った反応と違うという風に顔を顰めている。しかし、皆が幸せになる解決方法とは。芙蓉様は本当に素晴らしい。
「キャサリンさんいる―?」
芙蓉様だ! お迎えしなくては!
「芙蓉様こんばんは!」
来店された芙蓉様へ向け、左胸に右手を当てて腰を曲げる。昔、裏のじいさんに教えてもらった付き人の礼だ。これでいいのかわからないけれどわからないのだから仕方ない。本当ならもっと、芙蓉様にふさわしい礼をしめしたい。側に置いていただくのにふさわしい礼を。学校なんてどうでもいいと思っていたけれど、今になって学の無さに恥ずかしさを感じる。それでもお側にいたい。置いてほしい。側にいるのにふさわしい教養が欲しい。
「フェリシア、まだ起きてるのか。子供は寝る時間だよ。まあ、今日は特別だ。いい報告があるんだ」
ご機嫌な様子でみんなのいるいつものテーブルへいらっしゃる芙蓉様が私を見て少しあきれ顔になられた。が、すぐに子供のような満面の笑顔を見せた。滅多にないお顔だ。
「いるわよ私のお店だもの。それで? いい報告って?」
キャサリンさんがカウンターに頬杖を突いて気怠そうに返事をした。それにニコニコと、楽しそうに言葉をお返しになった。
「そうそう。みんなのおうち、いいのが手に入ったんだ。清掃と内装と家具を手配したいんだけどキャサリンさんいいとこ知らないかな? 後、庭の整備もだな」
「「「「まさか!」」」」
「昨日のとこ」
芙蓉様がコテンと首を傾げラルフさんにウインクして仰った。他の席のお客は芙蓉様に当てられたのか真っ赤になっていたけれど、ラルフさんは真っ赤になった後少しして、顔に手を当て呻いていた。胃でも悪くしたのだろうか。そもそも若くもないのに飲みすぎだと思う。さっさと帰って寝てればいいのだ。
呆れるキャサリンさんとエリザベスさん、腹を抱えてピクピク震えているアルヴィドさんと様々だった。「お土産だよ。こんなに要らないからあげる」とテーブルに沢山の瓶や草や粉の入った袋――後で聞いたら教えてくれた――をドンと置いた。アルヴィドさんは「ヒィ」と一言吐き出してピクリとも動かなくなった。
*
芙蓉様は毎日同じ時間にキャサリンさんのお店にいらっしゃる。
時々遅くに来店なさるが、そんなときは大体問題を抱えたとき。
私を路地裏で拾ったときのような。
誰かにもあの苦い薬を飲ませて介抱しているのだろうか。誰かを苦しめた奴を叩きのめしているんだろうか。私のいないところで。そこに私がいないことがとても悔しい。
「この街、どうにも治安が悪いな。あちこちで死にかけやら人攫いやら見かけるんだけど。厄介ごとの大本はこの間始末したと思っていたんだけどな」
「仕方ないわよ。欲と酒と力でできた街だもの。碌でなしはそこら中にいるわ」
「キャサリンさん達観してるねぇ」
「そりゃね。長年ここでお店やってるもの。法も騎士団も自警団も余程のことがない限り何もしないわ」
「この前みたいなマフィアがのさばるわけだ。あ! そうだ、あの人明日デビューだってさ! お祝い持っていくんだけどさ、ラルフ一緒行く?」
目を輝かせてラルフさんに振り向き仰った。
「げぇ。遠慮しとくわ」
ラルフさんが心底嫌そうに呻いた。それなら私が付いていくべきでは? 行っていいのでは? と思い申し出たのだが、芙蓉様を含め全員に止められた。よい子の見るモノではないと。詳しくと聞くが教えてもくれない。解せない。同じものを見て同じことを感じてより深く御心を理解したいだけだというのに。それと私はよい子でもなんでもないと思うのだけど。
「全く。アンタたちが近くにいたらフェリシアちゃんが碌な大人にならないワ」
「はっ! 自分だけはマトモってか? 鏡見ろ鏡」
「ア゛ア゛?! 誰がゲテモノだ表出るかゴラ゛?!」
「そこまでは言ってねえよ?!」
「「はははははは!」」
芙蓉様とアルヴィドさんは慌てるラルフさんとその襟首を掴んで持ち上げるエリザベスさん――今日はスカート部分が白のフリルとレースたっぷりで胸元の空いたドレスだった――を指差して涙を流して笑いだした。
すごい力だなと思った。
「ところでフェリシアは、学校に行ったことないんだよね? その割には頑張っているね。話し方、もっと楽にしてもいいんだけどね」
不思議そうな、困ったような顔で芙蓉様が私にお尋ねになった。そう、私に!
「普通になんてできません! ……文字や言葉などを家の裏に住んでいたじじ……老人に教わっていました。一年前に死んでしまいましたが」
本当のところは親に殴られた後に家に上がり込んで話をしていただけだ。うちよりもさらにボロボロで辛うじて骨組みの残った小屋。藁さえないむき出しの床、破れた屋根。夜中逃げ込んだ時には人がいると思わすにとても驚いて恐怖に震えたのを覚えている。
勝手に上がり込んで、痛みに震える汚い餓鬼を追い返すことなく、水さえ分けてくれた。多分八歳くらいの頃だと思う。
私たちのことを知ると、「俺のせいだ……」わけのわからないことを言ってと震えていた。会ったばかりの他人が何を言うのかと小さいながらに不思議に思った。
頭がヤラレテいるのかもしれない。酒や病気や殴られすぎなどでそういう人もこの辺りには多いのでこのじじいもそうなのかもしれないとも思った。
私の仕事は残飯漁りとスリ。殴られて蹴られてそれにも疲れてしまって、時々じじいの家に上がり込んでいた。ボロボロ過ぎて、人がいると誰も思いもしないのか隠れるのにうってつけだった。私はただゴロゴロしているだけだったし、じじいは通りに物乞いか残飯漁りに行っているのでかち合うことは少なかった。
そのうち、水が置いてあったり、パンの欠片が置いてあったりするようになりたまに話をすることもあった。じじいは時々思い出したように、「こんなはずじゃなかった」とか「帰りたい」とか叫んで壁に物を投げたりして暴れてその後泣いていた。じじいの機嫌がいい時はたまに文字や簡単な計算を教えてくれたりもした。よくわからない話も聞かされたので適当に頷いていた。礼や言葉遣いはこの時や街の大人たちを思い出して使っている。礼儀も何もかも見様見真似以下だ。なのでどこかおかしいことはわかってはいるのだ。
じじいは、一年くらい前に通りで誰かに蹴られたのかあっさり死んだ。よくあることだった。
教わったのではなく上がり込んだだけというところだけ誤魔化して、芙蓉様にお話しした。私の隠し事などお見通しだろうけど、そうでもしないと恥ずかしくてたまらなかったのだ。
「そんな人がスラムにいたんだね」
「私が生まれる前からそこにいたそうです。白髪に、黒髪が斑に混ざった痩せた老人でした」
「名前は?」
「捨てたと言って教えてはくれませんでしたが、一度だけ、取り立て屋にヒロトと呼ばれたのを聞いたことがあります」
「ああ、ソレは異世界人ですよ。その特有の名前の響きと……白髪になる前は黒髪でしょうか。それと言動。もしかすると、この歓楽街を作った人間なのかもしれませんね」
服に染みを見つけたとでもいうようなさりげなさでアルヴィドさんが言った。「黒髪自体はそこまで珍しいものではないのですが」と付け加えて。
「博識だね」
フッとアルヴィドさんに視線を移し、芙蓉様が仰った。
「まあいろいろと。時々ね、異世界人というのが落ちてくるそうですよ。あちこちに。それで異世界の知識を授けたり、新しい食べ物を広めたり便利な道具を伝えたりまあ色々とするんだとか。中には何を夢見たんだか、ちーとだハーレムだとか言って冒険者になって早々に死ぬ愉快な馬鹿もいるみたいですが。中々に有益なので領主お抱えになるのもいるんだとか」
「それで、どうして異世界人が歓楽街を作ったと思ったんだ?」
「だって、この街は面白いでしょう? こんな場所、この国のどこにも、それこそ王都にもない。それとも南にはありますか?」
アルヴィドさんが意味ありげに口元に弧を描きながら芙蓉様を見つめると手を伸ばし、芙蓉様の美しい黒髪を一房掬いあげた。芙蓉様は面白いとでもいうように、「……へえ」と目を細めて見つめ返した。獲物を見つけた猫のような獰猛な光を闇色の目に湛えて。アルヴィドさんの手に芙蓉様の手がゆっくりと重なる。
鳥肌が立つ。
息が詰まる。
「……っ、そうそう! 内装工事、もうすぐ完成だそうよ! 子供たちとお祝いのパーティしましょうよ!」
ピンと張りつめた空気を破るようにキャサリンさんが明るい声を掛けてきた。
芙蓉様とアルヴィドさんの顔がへにゃりと崩れた。途端に空気が緩んだのを感じた。
「たまには健全なパーティもいいですね」
「ああ、そうだな。 皆楽しみにしているだろうしね。キャサリンさんにも長い間面倒を掛けたね」
「カワイコチャンたちに会うのが楽しみだワ」
「ガキどもを泣かすなよ?」
「どういう意味だゴラ゛?!」
「悪かった! ごめんって!」
「「はははははは!」」
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