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おしまいの聖女  作者: とりさし
逃亡の聖女
3/53

3 魔道具屋~ファンタジー的なやつ~

リオン目線で進みます。

「やってもうたぁ……もう死にたいぃぃぃ…………ぉぉおおおお……いい大人なのにぃ……うあぁぁ……ドヤ顔恥ずかしいぃぃぃ……あぁぁぁ……」


 

 どういうわけか心配していた追手も無く、無事貴族街を抜けることができた。

 王都は、王城を中心に貴族街があり、高い塀で区切られている。門を越えると広場があり、迷路のように店や家が立ち並ぶ平民街が広がっている。



 背中から聖女を下ろし、やっと一息ついたと思ったらこれだ。この人、とても面倒くさい。酔いが醒めたのか、さっきからこの調子だ。って、この人ずっと酔っぱらっていたのか!


「もう二度と飲まないっ……恥ずかしい……イタい……心がイタい……とりあえず飲まないとやっていけない……!!」


「どっちですか」


「まずは着替えないといけないか……。この服、裾が長すぎて身動き取れないし、薄いキラキラしい布の靴とか歩かせる気がないとしか思えない」


 無視か。


 俺の横を聖女が服をたくし上げながら歩いている。飾りは背負っている間に外して服の内側に入れたようだ。

 編み込まれていた艶やかな黒髪が手櫛で解かれ揺れて落ちる。香油のいい匂いがする。

 ……聖女の方が頭一つ分背が低いからたまたま鼻に入っただけだ。嗅いじゃいない。


 幸い今日は聖女祭だ。聖女の仮装をして出歩いている者も多い。飾りを外せば十分紛れるだろう。……服の質の違いは明らかだが。


 ソフィは小声で何か言いながら付いてきている。発声練習をしているようだ。


「服とか物がいろいろ売っているところに行きたい。買取もしてくれるとこがいいかな」



 人ごみを掻き分け路地を抜ける。その先の道具屋やら古着屋やらが多く並んでいる区画に案内した。


 聖女は時折店の看板を見つめ、入ることなく次の店に進んでいく。ふと薄暗い路地を見つめ、足を止めた。……よく見つけたものだ。


「そこの路地の店に行きたいんだけど……」


「あー、そこは魔道具屋ですね。行きます?」


 入ったことはないが、看板でそれとわかる。


「魔道具!? ファンタジー!」


 ファンタジー? 目を輝かせて喜んでいるけど何だそれ。


 薄暗い路地を進む。聖女は店頭に出された古びた木の看板を見つめ、ふむ、と納得したように口角を上げて笑いドアを開けた。看板には店名しかないはずだけどそれがそんなに面白いか?


「……いらっしゃい」

 

 小柄で屈強な体躯、赤黒い髪、たくえられた髭、浅黒い肌。これは。

 ドワーフの店か。話に聞いたことはあるけれど亜人を見たのは初めてだ。


 木と鉄と革の匂いの漂う薄暗い店の奥で、厳ついドワーフのじいさんが金槌で鞄の金具を叩いている。チラリとこちらを一瞥してつぶやいた。接客する気がないのか。


「買取りと、それから品物を見せて欲しいんですけど。後、眼鏡ってありますか?度が入ってなくていいので薄く青い色がついている物がいいです」


 そんなもの何にするんだ?


「眼鏡。あるよ。青いのはちょっとないから作ることになるがね。買取りはどれだ?」


「これなんですけど……」


 聖女が胸の谷間に手を突っ込んだ。突っ込んだ?! どこから出すの?! ジャラジャラとさっきまで着けていた髪飾りや首飾りが出てくる。そんなところにそんなに入っていたの?!


「ポケットも鞄もないんで仕方なかったんですよ」


 思ったことが顔に出ていたのか、聖女がうんざりした顔でぼそりといった後、少し考える仕草をし「『それを うるなんて とんでもない!』とか言われそう」とつぶやき首飾りを胸元へ戻していった。

 

「盗品はお断りだ」


 店主が迷惑そうに顔を顰めて言った。


「盗品ではないです。私が貰いました。一応ですが。なので私の物です。私の物なので売ろうが何しようがいいのです」

 

 そうだっけ?! いや、あれは聖女のために作られたものではあるけど! でも確か歴代引継ぎじゃなかったかな?!


「いいんです!」


 また顔に出ていたのか、こっちを振り向いて言う。けれどもどうもオドオドと挙動不審だ。不安なのか?


「それに、もしも出どころの知れないものだとしても問題ないですよね?」


 店主の顔を覗き込み、自信ありげにとんでもない内容を言う。

 オドオドしているのはもしかして、交渉がうまくいかなかったり騎士団に突き出されたりする不安ではなく単に他人と話すのが苦手だとか?


「そうだな」


 店主は聖女の手元を見てぽかんとした後、悪い顔でニヤリとした。手には髪飾りが山の様に盛られている。


「あー、これだけ上等な蒼玉がありゃ眼鏡を青くするくらいすぐだ。(まじな)いはいらないのか?」


「色だけでいいです。あと、鞄もください。それは(まじな)い付きで」


「わかった。枠でも選んで待ってろ。あっちだ」


 店の奥に店主が引っ込んでいった。心なしか頬が緩んで足どりも軽いように見える。

 それにしても、(まじな)い付きとかなしとか、異世界から召喚されたばかりのはずなのに妙に詳しい。聖女の世界にもあるんだろうか。


 顎で示された眼鏡の枠が置いてある台へ向かう。聖女とソフィは眼鏡を試着して遊んでいる。二人とも丸眼鏡を掛けて鏡を見て笑っている。

 俺に掛けようとするな!


 

「決まったか?」


 店主が板ガラスを持って戻ってきた。聖女は楕円形の黒い枠を渡した。

 ナイフでガラスを裁断し枠にはめる。細かい調整は魔法でするようだ。店主がゴツゴツとした指で蒼玉を摘まみ、外見を裏切るような繊細な手つきでガラスに当てる。浅い水面にインクを垂らしたように蒼玉を中心にみるみるガラスが薄青く色づいていく。

 

「おお……、魔法。すごいですね!」


 聖女が関心して声を上げた。確かにこれは素晴らしい。こんな魔法もあるんだ。


「物造りに関することなら大体何とでもできる。ただ(まじな)いはそうもいかんから高くつく。呪符を溶接するなりして定着させるんだがその呪符を神殿から買わなならんからだな。自分で付与するにしてもどうにもうまくいかないし、練習するにしても使う素材が希少だからおいそれと手を出せない」

 

 そう言い蒼玉を指先でもて遊ぶ。


 (まじな)いを付与した札――呪符は神殿の収入源の一つだ。俺はまだ教わってないし部門が違うのでよくは知らないけど確かに易々と出来るものではないらしい。

 それにしても、色を付けるだけの魔法に宝石を使うとは。何て贅沢な。素材を手に入れるのも難しくないだろうか。……買取りで随分と喜んでいたのはそれでか。過分な説明はきっとそれに対するサービスなのだろう。


「色はこのくらいでいいか?」


「うーん……、もう少し薄くお願いします」


 眼鏡を持ち、俺の方を振り向いて言う。なんなんだよ!


「わかった。このくらいでどうだ?」


 眼鏡から青色が蒼玉に吸い出されていく。


「ばっちりです!」


「鞄はこれだ。重量減と空間拡張の(まじな)い付きの高級品だ。値は張るが払えるみたいだからな」


 それ、とんでもなく高価なものだよね?! 家一軒買えちゃうものだよね?! ポンと何言ってるの?!


「ストレージ的な!! アイテムボックス的な!! ファンタジー万歳!!」


 だから、ファンタジーって何なんだ。胃が痛くなりそう……

 黒い肩掛けの革製の鞄が出された。シンプルだが丈夫そうだ。中々趣味がいい。これが家一軒の鞄……


「それにしても、思ったより便利ですね。眼鏡があるとは思わなかったですし、トイレもくみ取りじゃないですし、他もいろいろ便利ですし」


「わしの親父に聞いた話だと百年位前の聖女様のおかげなんだそうだ。その頃にいろいろ発展して今があるんだとよ。昔は一日中暗くて寒いし食い物ないわ重いわ臭いわ碌なもんじゃなかったらしいぞ。考えられんな。ま、聖女様々ってことだ」



 まったくだ。誰かさんとは大違いだ。



 この国は始まりの聖女を主神とし信仰している。

 俺も神殿に勤め、まだ見習いとだというのに異例の聖女付きという名誉にあずかり今後は安泰ウハウハだと思っていたのに、何でこんなことになっているんだ。


 それから、小さめの、同じ仕様ののポーチも三つくれだの、奥の箱の中身と靴も見せてくれだのアクセサリーも欲しいだのどんどん話が進んでいった。


 支払いを済ませ魔道具屋を出た。あれだけ買ったのに金が余った。鞄とポーチ三個だけでもとんでもない金額だったはずなんだけど。

 それでも小金貨百枚……俺の給金の一年分以上が残った。薄給だけど。


 ……あの髪飾り、本当に売ってしまってよかったのだろうか。一体いくらしたんだ。


 

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