20 聖女付きの侍女 フィー 1
前話の途中ですが、フィー回挟みます。
フィーの独白からの学校回です。
少し仄暗い感じだけど、軽いと思われ。
この日、僕は学校に通うことになりました。
***
僕はフィー。ソフィだったりフィルだったりしたけれど、今はフィーだ。ヨウがつけてくれた。
お母さんはお城でメイドをしていて、僕とお城の離れの使用人部屋で暮らしていた。なので、城から出たことは無かった。父親という人がいることは知っているけど、お母さんから聞くことはなかったし、小さい頃に尋ねたかもしれないけど教えてもらえなかったのならそれが返事なのだと思う。
使用人の子はまとめて育てられる。お母さんがいつでもいるわけじゃないし、大人がいないときもある。楽しいこともあるけど、両親が揃っているやつらからの嫌がらせもあったし、良いことばかりじゃない。でもどうでもいい。きっと皆イライラしているんだ。
たまに暇な料理人やメイドが話し相手になってくれたり食べ物をくれたり構ってくれたので不満はなかった。
はっきりしたことは思い出せないんだけど、五歳位の時、お母さんがいなくなった。
思い出せるのは、「ごめんね」という声と、お母さんの泣き顔。
それと、女の子の服を着せられていたこと。
その日から毎日、お母さんを探している。声も出なくなった。
神殿の孤児院に行ってしまったらお城にいられない。お母さんが僕が見つけるのを待っているかもしれないのに。だから、働いた。お城に居るために。出来ることは何でもやった。お掃除にお洗濯、荷物運びに野菜の下ごしらえ。とはいっても五歳だし、声も出ないし、すぐに疲れてしまうし役に立っていたか今思えば怪しいものだけど。メイド長も料理長も僕のことをわかっていて親切にしてくれたのだと思う。汚れたら夜中にこっそり体を拭く。もう使用人の子じゃない僕のベッドなんてないので、毎日適当な人のベッドに潜り込んで一緒に寝る。働く人が入れ替わり、僕が男の子だと知っている人も少なくなった。服のタグについていたらしいソフィという名前で呼ばれるようにもなっていた。
どうやら僕には才能があったらしい。
声が出なくなってから、人が二種類に分かれた。
可哀想がる人と、馬鹿にする人。
可哀想がる人には僕は最高のペットだ。親に捨てられ、声の出なくなった可哀想な女の子。その人たちが言うには、僕は見た目がとても可愛いらしい。可愛くて可哀想な僕。それを可愛がるのはとても気分がいいことなのだろう。ほら、善人になった気がするだろう?
馬鹿にする人には僕は最高のゴミ箱だ。何を言っても他人に伝える方法がない。秘密をぶつけるのに最適だ。誰を殺したい、むかつく、盗みを嫌いな奴のせいにしてやった、汚水を混ぜてやった、犯したい、厩舎に呼び出してヤル。とても人に言えない事を平気でペラペラ聞かせてくる。こいつらは馬鹿だ。なので僕も馬鹿の振りをする。僕は言えないだけで何も知らないわけじゃない。何もできないわけじゃない。意味だってうすうすわかってる。ヤルって、家畜小屋の豚や蝿や犬がしていることだろう? 狙われている人が僕に優しい人の場合はこっそり駄目だと身振りで伝えた。伝わる時とそうでない時があったけど。
人の顔色を見てうまく立ち回る才能。
信じられないことに、五歳の僕を気持ち悪い目で見てくる奴もいる。ヤルとか言っていた奴らと同じ目だ。そういう人は、少しすり寄ってやると色々してくれる。食べ物をくれたり。服をくれたり。危ないな、と思ったら別の人のところに行く。そうやって生きていく。
そうしているうちに、偉そうな奴がやってきて、目隠しをされ貴族が沢山いる部屋に連れていかれた。無表情のメイドに風呂でピカピカに磨かれ、髪を切られ、爪を磨かれ、お嬢様が着るような服を着せられた。風呂に入れたのだから男の子だとわかっているはずなのにドレスを着せられた。こいつらは変態に違いない。
貴族たちは僕を膝に乗せたり着せ替えたりしながら仲間たちといろんな話をする。猫を可愛がるように。膝の上で僕が何を考えているかなんて気にもしない。良いものを着ていても中身は馬鹿だった。貴族も使用人も馬鹿のやることは一緒だ。僕の頭にどんどん汚いことがたまっていく。
たまにもたれかかってやったり手から食べてやったりすると大盛り上がりだ。ただ、にっこりするのは空気が変わっていけなかった。逃げ場のないところでは二度としないと決めた。
ある日、そいつらとは違う男がやってきた。身につけている空気が違う。年かさで一見細身だけど服の中はしっかりと鍛えられていることがわかる。何より、そいつらよりずっと顔がいい。
その人は、僕が馬鹿の振りをしていることをちゃんとわかっていた。
「愛玩動物のように振舞っているが、本当は賢いのだろう? いろいろと聞いて理解しているのだろう? 私が人間にしてやろう」
どこかの姫様のような格好をしていた僕の頭を優しく撫でながら言った。顔や手つきは確かに優しかったけど、怖くて震えが止まらなかった。
次の日から、勉強が始まった。この頃には六歳になっていたと思う。礼儀作法、着付け、髪結い、化粧、入浴の世話、マッサージ、掃除、裁縫、国中の貴族の名前と顔と爵位、読み書き計算、簡単な地理歴史、毒の種類、味、匂い、人の急所他にも色々。子供に覚えられる量じゃないように思う。ただ、文字を知っていれば、いろいろ伝えることができたのだなと思った。ちゃんと駄目だと伝えられたら、あの時のメイドもあんな風に死んでしまうこともなかったのかもしれないと思った。
礼儀作法は特に大変だった。王族、上位貴族、下位貴族、神官に対するものが違うのだ。美しい歩き方座り方礼の示し方。角度など細かいところで厳しい指導が入った。
ここぞとばかりに笑って見せれば、その人は「素晴らしい」と満足げに口角を上げた。ここで思ったように出来なかったらどうなっていたんだろう。やっぱり怖かった。
こうして僕は【聖女付きの侍女】になった。
お城での大騒ぎの時、僕に走って突っ込んでくる人が何人かいてビクッとしたら、蛙みたいにひっくり返った。よく見るといつかの変態貴族たちで。でっぷりとしたお腹と吹き出物だらけの顔が本当にヒキガエルみたいで可笑しかった。
そうなる前に聖女の手が動いたのを見た。これが、聖女の力なんだ。
ついてくるか聞かれて。助けると言われて。頷いた。
声が出た!
聖女に城から連れ出されたのはあっというだった。
聖女とリオさんと走ってお城から出たのは本当に痛快で。こんなに簡単に出れたんだ。あはははは!
お城の外! 街の中! 初めてだ! お祭りだって! メイドが話していたやつだ!
魔道具屋さんで買い物をして遊んで。聖女が店主と話をしているところに手招きされて。にっこり笑って言われたんだ。
「全部、全部、ぶちまけていいよ!」
「エドモンズ伯爵は本当より税を二割も上げている! プレイステッド子爵はメイドに酷いことをしている! スレーター伯爵の子はインチキで学園に入った! タッチェル子爵とインゲソン男爵の息子たちは街で女の人や子供を追いかけ回して酷いことをする遊びをしている! 騎士団はこいつらからお金や変になる薬をもらっているのでこいつらを捕まえない! こいつらは、小さい子にいやらしく触って、ヤルとか思っている気持ち悪い奴らだ! 小さい子が捕まっている! 悪いことが起これば使用人のせいにして処罰する! それから! それから! それから! …………お母さんどこにいるの」
最後はいつの間にか泣いていたんだ。その前に泣いたのはいつだったんだろう。きっと、僕はずっと悔しかったんだ。怒っていたんだ。……寂しかったんだ。本当は、お母さんがもうお城にいないことに気づいていた。お城にいて何かがすり減っていくのにも気づいていた。
聖女がギュッと抱きしめてくれて、頭を撫でてくれて、涙を拭ってくれた。
僕たちは旅をする。
走って、美味しいものを食べて、変な生き物を見て、いろんな村に行って、違った生き方を見て、酔っぱらったヨウと一緒にリオさんをからかって、たくさん笑って。
ずっといつまでも続けばいいと思った。
ヨウは僕を学校に通わせたがる。もう十分に学んだと言うのだけど、同じ年ごろの友達は大事なんだって。そうして着いた街の食堂で働くことになって。
ハンナさんの一言でお館の基礎学校に通うことになった。
魔道具屋でリオがぼんやりしている間こうなっていました。魔道具屋店主の協力により各方面へ拡散です。そこからさらに拡散しました。消音魔道具作動中なのでリオは遊んでると思っていました。ネタ提供はフィー。
有能系ショタがあざとくないわけがない。めっちゃ危ない状況にあったわけだけど、高い危機回避能力で何とかなっていた感じ。
屑貴族の頭文字は?




