13 聖女とは
シーグムンド目線で進みます。
少し長めです。
ここから先はメアリーとアンも交え酒盛りだった。完全に出来上がっている。俺の護衛だろうに。
***
メアリーたちとの付き合いは確か十一、二年くらいか。俺が十二、あいつらが六歳くらいの時だ。
家族で王都に移住してきて少し後に、家のパン屋の裏で行き倒れていたのがメアリーだった。裏口のドアを開けると、おそらく適当に盗んだのだろうチグハグな服を着た藁色の髪の薄汚い子供が転がっていた。それがメアリーだった。とはいえ、この時は名前すらなかった。
水を飲ませ、店に出すには生焼けのパンを与えた。店の休憩時間に神殿の孤児院に連れて行くと言うと一目散に逃げていった。何かに似ていると思ったが頭に浮かんできたのは、故郷にいた中々懐かない野良猫だった。それから時々やってきた。その度に生焼けパンや焦げパンを水の入ったコップとともに裏口においてやった。気が向けば話をした。孤児院には行きたくないらしい。そのうち、子供が増えた。同じくらいの背丈のガリガリに痩せた女の子を連れてきたのだ。
「いい加減オイとかお前とか言うのもなんだ、神殿に行って名前をもらってこい」
「嫌だ。シーグが付けて」
「神殿なんか嫌いだ。シーグが付けるならどんな名前でもいい」
(突き放すいい機会かも)
「暴れ牛がいるだろ。アレ倒して来たら名前つけてやる。怪我をしても駄目だ。無理そうなら諦めて何度も言うように神殿で名前貰って孤児院で人間らしく暮らせ」
暴れ牛は家畜の牛の三倍の大きさで大人の冒険者でも手こずるやつだ。もちろん本気で倒してこいと言ったわけじゃない。こんなとこで出来損ないパンをもらってないでまともな暮らしをしろと言ったつもりだった。
二週間。あいつらが来なくなった。隅に積まれた出来損ないパンに少し寂しさを感じたがこれでいいと思った。
西門が騒がしい。
泥と血に塗れた子供たちの集団が暴れ牛を引きずって戻ってきたという。先頭を見るとあいつらだった。走って迎えに行った。
「馬鹿か!? あんなの本気にするなよ! 俺が悪かった。死んじゃだめだ……」
「シーグ泣かないで」
「シーグ、これ全部返り血。誰も怪我してないよ。作戦立ててね、罠作ってね、みんなで頑張ったの。褒めて」
「「名前頂戴」」
メアリーとアンと名付けた。故郷の野良猫につけた名前だった。
暴れ牛は大人たちが解体して肉祭りが開催された。
子どもたちは何だったのかと聞くと、仲間だったり敵だったりしたスラムの子らしい。それをアンが言葉で説得しメアリーが力づくで仲間に引き入れたと。シーグ団とか何その恥ずかしい名前。俺全く関係ないんだけど。子供たちから何かキラッキラした目で見られてるのはそのせいか。何を言ったんだ…… 因みに、メアリーは生焼けパン、アンは焦げパンと呼ばれていた。髪の色からだと信じたい。自分で言うのも何だが懐き具合が怖い。猫じゃなくて犬の名前を付けるべきだったかもしれない。
ローザに再会してからも、学園に通いだしてからも付き合いは続いた。気まぐれに使い古しの教科書で勉強を見てやったりもしたが気が付いたら教えてもいない高度な内容や会話術や隠密戦闘術をマスターしていた。店への放火や窃盗を防いだりもしていたらしい。何なんだろう。商会を作ると、拝み倒されて俺の秘書兼護衛として雇用することになった。いつの間にか諜報部門ができていた。最初の出来損ないパンがいけなかったのか、こいつら俺が言えばオーガロードも倒してくるかもしれない。
***
「何よ酒場の話! その場で見たかったわー! きゃはははは!」
「だからね、そんなことになるとは思わなかったの! でも結果オーライだと思う! あれ絶対好き同士よね?」
「その特徴ギルとシェリーじゃない? うわ、どうだったか聞かなきゃ! ウフフフフ」
ああ、あいつらか。玩具にされて可哀想に。中々拗らせていたからな。今度話聞いてやるか。
「いや~ん! メアリーさんのおっぱいふわふわ~幸せ~!」
「でも肩が痛くて大変なのよ?」
「何? 私に喧嘩売っているの? 脂肪の塊がそんなに偉いの? 靴履くときに足元が見えないとか自慢にしか聞こえないのよ! ブルンブルンブルンブルンそのうちちぎれて飛んでいきそうで怖いのよ!」
「アンさんは綺麗なおみ足があるじゃないですか! アンさんに踏まれたがってる人事務所に沢山いましたよ!」
聞き捨てならないのが聞こえてきた。これも《情報》か。しょうもないな。アンが満更でもない顔をする。いいのか? どう考えても変態だぞ。
「あ! そうだ! 今すぐ楽にしてあげちゃいます!」
フフンと得意げな顔をしたヨウがメアリーに向け指を振る。
「肩凝りと頭痛がなくなったわ! こんなに爽快だなんて!」
「頭痛は肩凝りから来ていたんですよ。辛いですよねー。わかります。残念ながら私には完治させることは出来ないけど、予防は出来ますよ」
三人で妙な体操をしだした。女が集まれば喧しいものだが、よくもこんなに仲良くなったものだ。さっきまで一触即発だったのにな。
「アンさんはこれ」
「うっそ! 腰が辛くない! だるくない!」
「体をね、お腹と首手首足首温めてね。後、ここ押すといいらしいよ。ストレス貯めるのが一番良くないです」
今度は膝やら足首やら押しだした。三人そろって同じ動作をしているのは珍妙なダンスを見せられている気分になる。
「「いやーん! よいこ! ありがとうー」」
「ふふ。ありがとうございます。私の方が年上なんですがね。というか! シーグさん女の子はもっと労わらないといけないんですよ! こんな状態のまま働かせて大事になったらどうするんです?」
「な?! 俺が悪いのかよ?! 今日に関してはヨウのせいだからな!」
「私関係ありません~」
両手を顔の横でヒラヒラさせて言った。
イラっとクるな!
「「そうよそうよ~!!」」
駄目だ、メアリーもアンも完全にヨウに取り込まれた。完全に悪魔の手先だ。
「良し! 毛根を死滅させてやる! パゲろ! 思い知れ!」
「やめろ! マジでやめて! おい、お前らも止めろ! トップが禿なんて嫌だろう?!」
「え~? 私は別にどっちでも愛せますよ? フサフサでもツルツルでも~」
「スキンヘッドも素敵よね~」
止める気ないな! クッソ!
「謝れ! ジェイソン・ステイサムとJ.Kシモンズとマーク・ストロングに謝れ!」
「誰だよそいつら!」
突然ヨウがわざとらしい泣き真似をしだした。何なんだこいつは!
「何も罪もないのに命を散らせる毛根さんたちが可哀想で……」
「可哀想なのはどう考えたって俺だろう? 散るとか言うな!」
グダグダな、酒が続く。こんな馬鹿みたいな酒は初めてかもしれないな。思えばローザを失ってから気を抜くこともなかった。
ヨウが俺にぐったりと寄りかかってグラスを傾けている。こんなに無防備でよくやっていけたな。ふと、悪戯に声を掛ける。
「俺の女にならないか?」
「冗談。シーグさんの心はもう満席じゃないですか。それに私は年下に興味ないので」
「嘘だろ?!」
どう見てもリオンと同じか下だろが?! てことは、メアリーたちより上ってことか? 信じらんねぇ!
「そういう民族なんですよ。後、私の家系は特に若く見えるようで」
「長命種か?」
「普通の人間なんですけどね」
ヨウが理解できないと眉を顰め、外国に行くと子供扱いされる、と続ける。無理もない。どう見ても学生だ。
「私らに言わせれば他が老けすぎなんですよ。それに、」
「私はローザさんの代わりになれない」
余りにも簡単に、はっきりと言うものだから思わず苦笑する。
「そうだな。ローザの抜けた穴はローザでしか埋められない。誰が代わりになれるものか」
グラスの氷をカラカラと鳴らして言う。
「聖女って何でしょうね」
「それこそリオンに聞かないのか? 俺なんかより余程詳しいだろう。何せ本職だ」
「リオは神殿に飼われていたので本当なのかわからないのですよ。なので他の人にも聞いておきたくて」
さっき言っていた通り、何を考えてるかまでは《情報》とやらで分からないってことか。出し抜こうと思えば出来そうだ。……敵対するよりは味方につけていた方がいいな。
「神殿に信じ込まされている聖女様像か嘘か誤魔化しかわからないってことか」
無言でうなずきを返された。
「女神に導きの聖女を、と祈ったらしいけれど。どうもそうとは思えなくて」
全くだな。
「……あー、この国では数年ごとに聖女が認定される。聖女がいない年もあるし、いてもいなくても問題ない名誉職だな。大体はちょっとした治癒魔法が使える。十分貴重ではあるが、まあ、医者に掛かれば済む程度の力だ。神殿と王家がバックにつくからそこから新しい流行りが生まれることもある。……王族の婚約者になることもある。そんな感じだ」
ローザはその王太子の婚約者だった。そうされてしまった。せめて、幸せだったのなら。結局、婚約は解消され任期が終わり世話役と結ばれたなどと訳のわからない話を聞くことになったが。あの真面目なローザがそんなことするわけがない。そんなやつなら、俺が簡単に奪い返していた。
想定内の返答らしかった。ヨウには驚きも動揺もない。
「そんないてもいなくてもいいような聖女を生贄を使ってまで召喚し続けてきたのはなんででしょうね」
「どういうことだ?」
「亡くなっている聖女、ローザさんだけじゃないんですよ。ついでに世話役も。歴代の聖女様、おそらく同じように殺されてます。血を使うために」
「……は?」
「何故これまで誰も気にしなかったんです?」
そうだ。何でだ。思えば不自然なことが沢山ある。何故誰も騒がない。王家怖さに口を噤んだ? ローザの友人は誰だったか……、ローザの親も何も言わない。そういえば、元聖女を見たことがない。なんだ、頭がもやもやする……
「もしかすると、今朝までローザさんは生きていた、いえ、生かされていたのかも知れない。血液が新鮮だった」
自分の迂闊さを、愚鈍さを呪い歯噛みする。
「結局間に合わなかったのは同じだ」
余程酷い顔をしているのだろう。ヨウが痛々しいものを見る目で言う。
「セリフと顔が合っていませんよ」
顔を、目を抑え涙を堪える。泣くのはまだ後だ。
思いついたようにヨウがぼそりと呟く。
「遺体はどうなるんでしょう」
「小舟に乗せ海に流す決まりだ。そうだ。城の地下水路。……体だけでも返してもらう!」
どうして気づかなかったんだ!
「もし、城の地下水路に入ることがあったら、ついででいいからお願いがあるんですけど」
「余裕があればな」
「――――…………」
「そんなことでいいのか?」
「何かやるなら参加させてくださいね。都合があえば。私も王様たちをぶん殴りたい。気にいらない」
「ああ。約束する。それから、人を試すような話し方はどうかと思うぞ」
「すみません。私も生き延びるのに精いっぱいなので。シーグさんが賢い人で嬉しかったです」
茶目っ気たっぷりに笑って首を傾けた。この野郎。
「じゃ、上で寝ますね。明日よろしくお願いします。それと、二日酔いの元減らしておきますね」
指を俺たちに向け動かした。気分がスッキリした。
ヨウは「それにしても出遅れた感がヤバい……一作目のその後感がする…」とつぶやいて出ていった。
嵐の様だった。
ぐったりとソファーに身を預け脱力する。今更のように堪えていた冷汗が全身を伝う。
相手の《情報》が読める。見える。何をしたかがわかる。壁の向こうでもお構いなしみたいだな。
それと。病気か? 体調? 感情? を良くも悪くも出来る。届く範囲は限られているようだな。でなければ王たちも何かされていたはず。……良くする方に限定すれば治癒魔法じゃないか。聖女だけが使えるあれだ。規模が違いすぎるが。ついでに聖女らしさはまったく感じない。更にに言うと治癒に使う気もそんなにないように思う。
殺意を向けている相手に単身で乗り込んでくる度胸、躊躇なく力を行使する冷酷さを考えると敵に回すと面倒なことになるな。リオンたちを親鳥の様に保護しているのをみるに、味方にはどこまでも甘いのだろうし庇護するものへ敵意を向けるものには容赦なくその鋭すぎる牙を剥くだろう。アレは猛獣か何かか。
ヨウの「聖女って何でしょうね」という言葉。あれは俺が聖女について調べていたことも知った上のことだろう。単なる象徴としての称号だった聖女。いつの間にかそうなってしまったが、はるか昔は今とは違う、神に近い人を超えた存在だった。それこそ不可能を可能にするほどの。そもそも、この国の女神は始まりの聖女だ。
何かが動きだす、そんな予感がする。本物の聖女は世界を変えるという。どう変えるかまでは知らないが、アレは本物だ。
シーグ団はのちのオルソン商会諜報部です。
故郷の懐かない野良猫は実はツンデレ猫でシーグさんたちがいなくなってからはめっちゃ寂しがって時々鳴いています。名前はメアリーアン。
出来損ないパンはキビ団子説。




