11 献杯
シーグムンド目線で進みます。
あれは、紛れも無く聖女サマだった。
***
「シーグムンドさんこんばんは。少しいいですか?」
……ヨウといったか、黒いローブを羽織った豊かな銀髪に赤色の目の女が二階から下り部屋に入ってきた。
先ほどまでの余裕をなくしたメアリーが警戒心むき出しで俺を背に庇い対峙する。
「……あいつらはどうした?」
「寝かしつけてきました。とっても疲れていたようなので」
後ろ手に組み、微笑んで言う。
あいつらがリオンたちを指しているわけじゃないことがわからないはずがない。
ここの廊下と隣室には監視を付けている。もちろんリオンに与えた二階にもだ。蟻の這い出る隙も無い貴族の屋敷に気配を消して侵入始末できるやつらを只の女に素通り出来てたまるか。
そもそもここは商会でも一部の人間しか知らない隠し部屋だ。どうやって知った? どこから漏れた?
「メアリーさんも、おねむのようですね」
メアリーが糸の切れた操り人形の様に床に倒れこんだ。
……一体何をした。何故名前を知っている。
「お目覚めですか?」
メアリーが辺りを見回し飛び起きようとする……が、
「やっぱり、おねむのようですね」
再び倒れこんだ。
「仕事がお辛いんじゃないですか? 無茶しますねぇ。大好きだから仕方ない、ですか。恩返し? 気にしてないと思いますよ? 長時間労働お疲れ様です。本当はとっくに交代の時間なのにねぇ。でも睡眠は大事ですよ?」
楽しそうにクスクス笑っている。が、メアリーの方は「グッ!ガッ!」とうめき声をあげ立ち上がれば崩れを繰り返し、テーブルや床に顔や体を打ち付け傷が増えていく。
「私は可愛らしい女の子が大好きです。もちろん、強いメアリーさんも可愛らしくて大好きです。ツヨカワ、良いですよね。最高です。なので、可愛く元通りにしちゃいます」
傷がスッと消えていく。……何なんだ。幻でも見せられているのか?
「二階の、アンさんを連れてきてもいいですよ。外の人たちは引き続き警護、をお願いしますね」
この瞬間、俺が人質になったのだと理解した。違う。おそらくそれはヨウが部屋に入った時から。もしかするとその前からか。もしも、二階のリオンたちに手を出したら命はないだろうと確信した。
メアリーに目配せし二階へ向かわせた。
「……何の用だ。リオンを誑かして俺を殺しでもに来たのか?」
こいつは暗殺者か何かか。どこでしくじった?
言葉の選択を誤れば死に直結する。言葉を慎重に重ねる。
「いえ、挨拶に来ました。商人に対して無償で助けて、というわけにはいかないのでお土産を持って」
「今のが挨拶だとでもいう気か」
「そんなに怯えないでください。大体殺す気なら既に殺してますしアンさん呼びに行かせませんて。先ほどのはほんのちょっとした悪戯です」
コテンと首をかしげて言う。さっきのが無ければ可愛らしく見えるってもんだが、ひたすら恐ろしい。一切の容赦がなかった。猫が獲物をいたぶるような、一方的な蹂躙だった。飽きれば何事も無かったかのように立ち去るだろうことが容易に想像つく。
何時でも殺せるというのも単に事実を言っているに過ぎないだろう。
「悪いが化け物の相手は馴れていないもんでな」
「か弱い女子を捕まえて失礼な」
頬を膨らませプンプンッとでも聞こえそうなワザとらしい顔を作る。が、あいにくそれを笑ってやる余裕はない。
「お土産とやらを見せてもらおうかな」
「王は枯れてる。王太子は子を残せない。第二王子は王の子じゃない」
「ハッッ!! マジか!! それは大した土産だ!」
とんでもない爆弾を持ってきやがった。王家の血筋は消えたってことか。
「これからしばらく王都は荒れに荒れます。多分。くれぐれも気をつけてくださいね。ブロックさんにもよろしく伝えてください」
ブロックっていうと裏路地の魔道具屋のじじいか。確か発掘品の伝達魔道具を隠し持っていたな。
「もしかするっていうと、アレもか」
昼間の騒動を思い出す。
「何のことでしょう?」
コテンと首をかしげる。触れるな、ということか。
昼から王都中が大騒ぎだった。貴族の悪行。税上げの裏での贅沢三昧、婦女暴行、幼児人身売買、文官登用試験での不正、騎士団の横暴。小さい罪から特大のものまで噂が一気に飛び交っていった。
火消しに騎士団が投入され、おかげである屋敷への潜入は中止、計画は練り直し、対応に振り回された。
「で。あんた本当は何者なんだ?」
「正真正銘、今朝召喚されたての異世界産の聖女ですよ」
すうっと赤い目を弓なりに細め、笑みを深めた。
「控え目に言って悪魔の間違いだろが」
ニコニコとして目をそらさない。無関係の他人が見れば実態はどうあれさぞ和やかに見えることだろうな。
「会長!! 無事ですか?!」
足音を消す余裕もないのか、まぁそうだろう、ドタドタとアンを肩に担いだメアリーが部屋に飛び込んできた。
「遅かったですね」
気にするそぶりも驚くこともなく思い出したように言った。
「何もされていない。落ち着け」
まだ今のところは、だがな。
「アンさんも、ぐっすり眠れましたか?」
つい今まで乱暴に担がれ運ばれようが起きなかったのが嘘の様にアンの瞼がパッと開いた。
「は?!」
そうだよな。俺は驚くのに疲れたが。アンにとっては廊下にいたのがいきなりここにいて、監視対象が目の前で名前を呼ぶんだもんよ。
「おはようございます。殺意が漏れていましたよ」
ヨウはアンをのぞき込み、柔らかく頭を撫で手を滑らせ頬を包み薄く微笑んだ。
悪魔がいるとしたらきっとこんな形をしている。
「用件は何だ」
「先ほどもお伝えしましたが」
さっき――上で話したときか――は確かに『リオンとフィーを助けて』と言った。あの状況で大した神経をしていると思ったものだ。
「本心だったのか」
「嘘をつくように見えます?」
心外だみたいな顔をして肩を竦めているが、信じてたまるか。大体なんだその白々しい仕草は。
「こちらを」
ポーチから瓶を取り出し俺に寄こしてきた。上等の蜂蜜酒だ。空間魔法付きのポーチか。いいものを持っているな。これ一つで屋敷が買えるぞ。
「何だ。まともな手土産もあるんじゃねーか」
「いえ、これは手土産ではなく」
ヨウが自嘲するかのようにほんの少し口を歪めた。一呼吸置き、俺を見つめる。笑みの一切が消えた。
「ローザさんへの、献杯です」




