謝罪
降って湧いたように起きたトラブルで、突然代役を振られたクリストファーだったが、見ると聞くとでは大違いの現実と、間もなく対処しなければならないことに辟易としていた。
彼の責務が現実のものと成ってきていた。
突然降って湧いた代役で、入学の前に試練が訪れていた。
何時もは父が使っている南の執務室で、新しく付いて貰う事に成った俺の執事と共に、わたわたと慌てることしか出来ずに居た。
「…俺はホントにものを知らない」
祝いと称してやって来たリント伯爵家の一族の1人に、結局は子息の将来を父に口添えする事を約束させられた。
客がドアを出るなり肘掛け椅子に沈み込んで溜息が止まらなくなっていた。
回ってきていた書類に目を通すも、内容は理解できても、可否の判定が付かない。必要な判断基準が俺の中に蓄積されていないからだ。
「宜しいのですよ。お父上の意図は、貴方がリント伯爵として、内務省の執務室においでになることに有るのですから」
秘書のアデールが淹れてくれたお茶を、俺の前に差し出しながら、もう一つ、ペリエのボトルを示す。
俺の好みを既に掴まれていることにも溜息が出たのだ。
「そうなのだろうと言われてみれば分かる。でも、その発想が、この国で生まれ育った俺にはどうして無くて、昨日今日他国からいらした貴方に有るんだか…」
「僕は父の失敗を見てきていますし、公ほどの身分では無いものの、貴族というものの端くれですしね」
「加えて、貴方の倍ほどの年ですから」
「努力します」
もう一つ溜息をつく俺を見て、騒動の一因でも有る執事が微笑む。
と、ノックが有って、これもなりたての秘書で有るアデールが顔を覗かせた。
「失礼致します。カーライツ伯爵が登省なさいました」
「分かった。すぐ行くとお伝えして。有難うアデール」
慌てて席を立つと、俺の執事が留めて、着慣れていないスーツの襟を正し、タイを整えた。
「有難う」
「行ってらっしゃいませ」
深々と礼をとって見送られ、どぎまぎしながら南の執務室を後にした。
暫くはハネムーンなんて、衝撃的な宣言をした割に、二日後には父から連絡が有って、謝罪と、俺の学業が許す限り、内務省で勤務を続けるようにと言われていたのだ。
「合わせる顔が無いから、電話で言うんだ何て言って、父様に謝られて困りましたよ」
「俺も同罪だな。クリストファー、申し訳ない」
神妙な面持ちで席を立つと、正式な礼を取って頭を下げられた。
「止めて下さいよ!国に留まってくれたと…それだけでホッとしているんですから」
「そう言って貰える事に、懸命に酬いなければ成らないな」
「未だそう言う事を…俺達の為に、未来のために留まってくれたと言ったんですよ。2人のためだけを考えて、外国へ逃げ出してしまう事も出来たでしょうに」
「出来ない。実行した時点で、人として生きる価値を失わせてしまうからな」
「…だからですよ」
「そうか…有難う」
目元を染めた叔父貴がそう言って微笑んだ。
「俺が教える事はもう何も無い。お前の信ずるままに進んでいけば良い」
「大きくなったな。クリストファー」
「冗談じゃ有りませんよ!貴方には父様の抜けた穴を埋めて頂かなければ成りません。おだてたって俺は未だそんな器には育ってませんからね!」
「…分かった!充分育ってると思うがな」
笑いながら言われて、漸く、とてつもない重圧を暫くの猶予に与った事に、胸をなで下ろしていた。
お読み頂き有難う御座いました!
これでもかって位に繰り返し後退する主人公に、そらそろ年貢を納めさせようかと思う今日この頃でございます。
次は一寸長くなりそうで…お付き合い下さいませ!