意図
アレンに応えることは自分の欲を通すことだと思っているアウルは、解放されかかっている本来の感情が求めるものを肯定できない。
しなければならない事と判別が付かなくなって、混乱してしまう。彼の感情を解きほぐし、本来の彼を取り戻すことがアレンのすべき事なのだが…
「…暫く、ハネムーンって…」
「貴方の怒りが解けるまでです」
呆れた事態だった。
痴話げんかの挙げ句に心中しかけ、予定も何も放ったらかして、昨夜、省から拉致されたそのままに、ベッドの中に拘束されて抗わずにいるのだ。
そう…自分の気分のままに好き放題していた。目的は別に有るというのに、如何にも強欲だった。
抱かせてやるといった手前、抗う訳にもいかず、思う様苛まれて、さっき漸く目が開いたものの、頭が上がる気配が無い。 で、また、例の如く、ベッドの中で口を開けろと言われて、養われている。
まるでペットだ。有り得ない。
「構想は有るんでしょうけど、見に出かけるのも良いんじゃ有りませんか?!」
「見に行く?!立憲君主制をか?!イギリスに?!」
「日本にですよ。春行けば桜の花見とやらが出来るらしいし」
言いながら、シャンパンとカシスのソルベを、有無を言わせず交互に口に入れてくる…日本な…私と同様、アレンの中で過去の事実は解消されずに有ると言うことか。
「…何でソルベ何だ?!シャンパンは良いとして、カシス!舌が真っ赤に成る!よこせ!自分で食べられる!」
「駄目です。俺が愉しいんだから、カシス好きでしょう?貴方の舌の色なんて俺しか観る人は居ないんですから良いんです」
「貴方が食べる事に頓着が無いからでしょう?!駄々捏ねない、点滴の代わりです」
なんだそのものの言い様は?!…ここまで強引な奴だったのか…
考えを見透かしたように、口の端をシニカルに上げて、時々見せる容赦の無い顔つきを創ると言った。
「紀元前から続く万世一系の天皇家が、現代にまで厳然として遺っている。3000年もの長きに渡って、1つの王朝が系譜を繋いで来ていると言うのは、世界にも他に例が無い」
「その事が、当時この国の行く末を思案していた貴方の興味を惹いたのでしょう?!
日本人の特性のなせる技か、或いは、地域性か…好奇心が切っ掛けになった」
「状況は判る。貴方自身の欲求だった事も、了承の範囲内です。ですが、事実を知った俺の感情は別です」
「…殺してでも、俺一人のものにしたいと言う本音が自分の中に在る事実を、改めて刻んで置かなければ。今度は、俺が痛みを味わう番でしょう」
愛される衝撃が実際の痛みと成って躰を走り抜けていく。
これ程に…これ程迄もの…想いに報いる術が在るのかと改めて問い正されているのだった。
「…何度も何度もお前はマゾか?!わざわざそんなまねをしに行かなくて良い。花見と言うなら、ワシントン・DCにも桜並木は有るんだからな」
「それに…覚悟を決めるような事をしなくとも、私が内務省に出なくなれば、バカンスくらい何時でも摂れるように成る」
「何ですって?!」
何が?!そんなに驚くようなことか?!
「同じ職場に居なければ、2人揃ってとは言われなく成るだろうが?!」
「え?!ええええ~っ?!!」
だから、大袈裟に叫ぶな。恥ずかしい…
「…本当…に?!貴方がそんな…」
「アウル?!本当ですか?!その為の移動なんですか?!」
「叫ぶな…ばか」
そうなのか。大袈裟じゃ無いんだ…
私を信じているか否か等という度合いで無く。愛している事が真実で有っても、こうして応える現実が有り得ない事態だったんだ。
見ている間に、アレンの瞳に涙がこみ上げ、頬に零れた。ほろほろと雫を零し、やがて、子供の様にしゃくり上げてしまっている。
何度も口を開き、声にしようと試みるものの、零れる涙と共に嗚咽に変わってしまって、音に成るばかりだった。
愛しい…
何にもまして、愛しさだけが湧き上がる。
こんな真っ直ぐな感情が、自分の中に有った事に酷く驚いていた。
「泣き虫アレン」
言って頬を撫でる私を、おずおずと、何度も躊躇いながら、まるで壊れ物に触れるように、そっ…と、抱き締める。
言葉を無くして、ただ抱き締める。
私の作り物の感情が、彼によって真実のものに置き換わり、初めて漸く本来の自分にも突き当たった。
彼によって私は生来の自分を取り戻す。
出逢った時からそうだった。
だから彼なのだった。
お読み頂き有難う御座いました!
少しずつ、作りものの自我が崩れ、本来のアウルが顕現する。アレンの成長が有って初めて出来る事なんですが…