主従
事情を承知しているクリストファー達は焦燥と共に待っていた。そこへひとまずの決着が付いた旨連絡が入った。
リント伯爵を継いだクリストファーが、自分の足で歩き始める切っ掛けとなる1話である。
「…暫くは…ハネムーンだそうです」
待ちくたびれて、それも、どんな事態が待っているのかに、恐々としながらの夜半までを過ごした俺達は、安堵と疲労にソファに沈み込んだ。
「…良かった…」
漸くそれだけを言い、ケインは、そのまま顔を覆ってしまった。
「何よりです」
昨夜、アレンの叔父貴と話し合った内容を携えて、予定より早く訪れた執事候補は、溜息と共に天を仰いだ。
忠節な執事は、レオノールを前にして言葉に出来ないものの、己の進言が主人の命を脅かしかねない事態を招いてしまったと、自分を責めているのだろう。
「ケイン。誰にも予測できない事態だったのだ。お前は進言したに過ぎないのだから、考えてはならない」
聞いて顔を上げた執事は、俺を見詰めて息を呑んだ。
「坊ちゃま…失礼を、クリストファー様」
「父様にとって特別な執事であるお前は、僕にとっても特別な人だ。僕の執事にする事が出来ないのは残念だけれどね。父様同様、潰えて貰っては困るんだ」
俺とケインのやりとりを聞いていた執事候補は、ケインに置いていた視線を向けると、弾かれたように此方へ顔を上げた。
「ハンス次官が総てを承知しているので、私に省の業務の代理を務めるようにと命じられました。補佐して戴くわけにはいきませんか?!」
彼は目を見張り、次いで伏せた目を上げ、溜息を付くと言った。
「では、僕は貴方の執事として採用されたのでしょうか?!」
「それは私が聞きたい。これまでの貴方は、義理を立てる為にいらしただけだ。この事態を前にして、この国のこれからを何とかしなければ成らない私を、助力頂けるだろうか?!」
「それは、父上との関わりを考えずに返事をしろと言うことですか?!」
「私の執事になって頂かなければ成らないからです」
菫色の瞳には俺への奇異の印象が見てとれた。今の俺のもの言いが、彼の予想の範疇に無かったと言う事だろうが、同時に強い好奇心も窺えた。
「最善を尽くす事は言うまでも有りませんが、僕なりに『やってみる』と言うのはどうでしょう?!僕1人の意志ではまま成らない事態も起こり得るでしょう」
何というのだろう、俺の知らないタイプの人のようだった。困難を柳のように受け流すしなやかな…
「…条件をもう一つ。フランスでお暮らしの貴方を、私の執事と成って、この国に居られる限りは、ケインと同じように扱わなければ成りません。合わせて承知頂けますか?!」
「もとより。僕も過去のしがらみにこれまでの人生を強いられた者です。父上にはそれも考慮の内かと」
「宜しくお願いする。雇用条件などはケインに準ずる事として、この後秘書に書類にさせる。ついては、ご苦労だが、朝1番で内務省に登省する」
「畏まりました。お館様」
さすがに、出自はフランス貴族の傍流で有った人らしく、特異なシステムを呑み込むのが速かった。
これで良いだろうかと顔を向けたレオノールと、軽すぎる頷きを返した俺を、見ていたケインが苦笑する。
皆で笑いながら、ひとまず、軽い食事を摂るために食堂へ向かった。
お読み頂き有難う御座いました!
少々甘やかしすぎかしらね~とか、思いながら書きました。ごめんなさい…