過去
思いがけない事態に過去の清算を余儀なくされたレオノールは、アレンに会う。思いがけない成長を遂げた彼に驚く間もなく、覚悟と共に未知へと踏み出さねばならなかった。
「ブランシュの?!オルデンブルク公の息子の執事?!」
「亡くなった奥様のご実家を、相続なさったご子息の、執事が必要なのだそうだ。当代は曾祖父に当たられるとかで、家人も老齢の者が多いとのことだった」
久し振りに訪れたライオネルに、切り出された話が、余りにも突拍子も無くて、開いた口が塞がらない。
「聞いた時には驚いたが、嬉しい事だと思ったから異存は無いと返答したよ。聞かれたのは私の所存だったからね」
「お前が受けてくれれば、私の長年の懸念が解消する。だが、これは私の希望だ。お前を拒絶する手段ではないからね」
数年前僕に嘘をついて、1人で死んでしまおうとしたことを言っているのだった。僕の人生を縛り付けないために、我が身を重荷にしないために。
「ええ。それは…そうでは無くて、僕がシェネリンデに、それも、ブランシュの近くに居ると成ると、少々差し障りが有って…」
「差し障り?!お前の現状の身上調査は問題が無かったそうだよ」
表に現れている僕の素行が、どう言う形で世間に認識されているかと言うことを、エージェントを使って身辺調査させたと言うことだろう。
地下の『リェージェ』が、表の『レオノール・リュポン』に重なれば問題だが、現役を引いて5年に成る。出て来るならとうに出てきているだろうし…
やはり、第1のネックはあの事だろう。
理論で納得できない事態が有る事は僕が骨身に染みているから。
ライオネルから僕へと、『リェージェ』が引き継がれた後の事なので、詳しい事情は話していなかった。
ラルフ・ストラダ公からの『預かりもの』の話と、ブランシュがホスピスを訪ねた折の経緯を話した。加えて、その後、偶然ソルボンヌで起こった事も。
「成る程…差し障り…だな。だが、断りを入れるにも、その、差し障りを、ブランシュに告げねば成るまい」
「誤魔化しは効きませんか?!」
「効くまい。お前との事を、あの年で、一瞥の内に読み取るような者を、どの様にして誤魔化す?!」
ライオネルの顔は沈鬱に沈み、どれを取っても避けようも無い出来事の積み重ねに、溜息が出た。その上、ブランシュが事態を理解した上でも、湧き上がるであろう感情にも合点がいく。
「運を天に任せるしか無いと言うことですか?!」
「やってみなければ判らないと言うのだ」
事は此方の問題では無いと言うことだった。
「判りました」
ブランシュに…オルデンブルク公に、直接話をするわけにもいかず、然りとて、ぶっつけに事を進めて良い結果など出るわけも無く、考えた末に、ブルゥに…アレン・カーライツ伯爵の耳に、事態を入れて置くべく、連絡を取ってみることにした。
何年に成るのだろう、もう、6~7年にも成るのか。
まだ、17の子供子供した、それは美しい少年だった。
あの…ブランシュを捉えて放さぬ男に成っていると言うことが信じられない感が有った。
幸運にも、当時の連絡先は生きていて繋がった。
約束の前日に入国して、駅近くのホテルのラウンジで待ち合わせることとした。
それらしい人物を見かけたなら、見逃しはしないと思っていたというのに、指定したカウンター席に、腰を掛けられるまで気付かずに居た。
年代物のスツールに手を掛けて、誰かがすとんと座を占めた。ぎくりと見上げた僕の目に、意外なほどの変身を遂げた姿が飛び込んできた。
黄金の糸を束ねたような豪奢なブロンドを、質感だけで変化を付けた黒一色の装いが殊更に際立たせていて、暗いブルーグレーのサングラスが紺碧の瞳を隠していた。口の端を少し上げて微笑まれ、呆気にとられた。
「スコッチをショットで」
「相変わらず強いんだね?!」
バーテンダーが置いたショットグラスを取り上げて一息に飲み干すと再び無言で微笑む。
「驚いたよ。席指定する訳だね。全く判らなかった」
「それはお互い様。単刀直入に良い?!」
「願ってもないよ」
「ブランシュ…で、判るよね?!今度の事は、僕等の関わりを全く知らずにオファーしてきたようなんだ。対処出来る?!」
「俺との事を知るよしも無い。そして、君なら、他と比べようも無いのも事実だからね。断ることも出来なかっただろう?!」
「判る?!」
「受けて貰って助かったよ。俺が介入するチャンスを作ってくれた。良い結果が出るように努力しようと思う。時間を貰う」
「話すの?!」
「隠しても隠しおおせる相手じゃ無い。騙し通すことも無理だろう。最悪の時は俺と引き換える。その時は後を頼むことに成る」
「ブルゥ?!」
見詰めて、再び口の端を上げて微笑む。
「懐かしいね。その呼び方」
酒の代価をバーテンダーに握らせると、僕の指先を軽く触れて去った。
後ろ姿を見送って、溜め息を付くしか無かった。
お読み頂き有難う御座いました!
国1つ新に組み立てるためには膨大な人材と才能が必要なんですね~
今度加わることに成ったレオノールは、元々いわゆるサービス業界の人で、しかも出自がアウル等寄りの人なので、新に立ち上げるホテルリゾートの運営には欠かせない人になりますの。
都合良すぎ…かな?