候補
クリストファーの執事にと進言を得て、レオノールに話をするべく、その伴侶で有るライオネルの元を尋ねる。
彼からは快諾を得るが、事態は思わぬ事件をはらんでいたのだった。
クリストファー・ハインリヒが、リント翁から伯爵位を移譲され、クリストファー・ハインリヒ・フォン・リント伯爵と変わり、それに伴って、彼専属のスタッフが必要になって来たのだが、当人も、私も、如何せんこれまでに忙殺されて、要の執事の選択を怠っていた。
リント伯爵家の内情に、移譲の話が決定するまでは細かいところまでの干渉をなし得なかったという理由も無くは無かった。
当座、取り敢えず、ケインが兼務する事になってはいるのだが、仕事量からも、ケイン自身の年齢的な事からも、無理があることは明らかだった。
私の心当たりも、内務省のスタッフにも進言を求めたが、これと言って浮かんでは来なかった。
「此よりクリストファー様の元へ参りますが、何事か御座いますれば」
「これと言って無い。それよりケイン。体調に変わりなど無いか?!」
幼少の頃より仕えてくれた執事は、直50の声を聞く。
一心に務めてくれた彼には、安らげる家庭も無く、支えてくれる伴侶も居ない。
「ご心配をお掛け致し申し訳ございません。ですが、わたくしの業務はお館様程激務では御座いませんので」
相変わらず、さらりと躱してくれる。
「そうか…だが、何時迄も兼務という訳にもいくまい。然りとて、心当たりも尽きた。お前にも無いか?!」
「あちら様の思し召し如何という心許ない次第ではございますが…レオノール様はお考えの他で御座いましたか?!」
「レオノール…か…成る程な。良いかも知れない。考えてみよう」
思いもしない所だったと言うのが正直な見解だった。
パリの深淵。表の顔はアンシャンテと言う高級クラブ。階下には、コルチザンと客の別世界、ル・マイン。
らせん階段で降りたもう一つのドアは、パトロンだけが出入りを許される、リェージェを戴く王国。そのペルソナルの主催者。
リェージェと言う源氏名を受け継ぐ男娼。
その当代がレオノールだった。
最も、5年前には総ての店の利権を手放し、ペルソナルはそれ以前に解散してしまって居るはずだった。
当のレオノールは、母校のソルボンヌで、研究者に必要資料を提供する仕事をして居ると言う。
ケインが何故そんな素性の者を、伯爵家の執事に押したのかと言えば、リェージェと言うその源氏名の前の持ち主が、私に2度目の命をくれた2人目の父、ライオネルであり、レオノールは彼の事実上の配偶者だったからなのだ。
一時は娘と呼ばれた私からすれば、母?!クリスにとっては祖母と言えなくも無い?!
ケインが私に対して仕えてくれる様な働きを望む上で、他には考えられない程の可能性を秘めて居るから…であった。しかも、彼は私の特殊な境遇を知っているので、改めて説明にも及ばず、説得の必要も無いと言う、全く以て好都合な人材だったのだ。
「だが、お前を置いて、それ以上は有り得ない」
この提案をさらりとして退ける老練の執事に、陰ながら賛辞を贈るほか無かった。クリストファーを暫くアレンに預ける事に成ったのを期に、ケインを連れてライオネルの元を訪れる事にした。
数年前病を得て、一時期はホスピスに入所して死を待つばかりに成っていた彼の病状も、懇願と説得を経て、治療を再開した事が幸いして、何とか小康を得ていた。
以前のリュクサンブールのアパルトマンでは無くて、郊外の田舎家に暮らしていた。到着を出迎えてくれたその姿に、少なからず驚かされた。病みやつれてと言う言葉が当てはまると嘆かせられた。
「キッチンをお借り致します」
持参の茶器を入れたボックスを手に、ケインがそう告げて居間の私達を後にした。
「何処までも行き届いた方だな。レオノールが及ぶのだろうか?!」
「ケインは特別です。何もレオノールの能力を侮るわけでは有りませんよ」
「そうで有ればおいでにならない」
「父様のご機嫌伺いに来たのかも」
「其れは恐縮」
そうだった。
この2人目の父と出逢ってから20年近くに成るのだ。傷を負って、生きる縁を失っていた私を、引き留めて貰ってから凡そ20年。
「本当に良いのだろうか?!貴方に迷惑をかけるのは本意では無いが」
「私の背景も余り変わらないと思うけれど?!」
「レオノールの出自はフランスの地方貴族の流れに有る家だし、当主も血縁も無い。5年前に現役も引いているし、ソルボンヌを出て、研究関連の仕事に就いている。『ペルソナル』は解散したのでしょう?!」
話している所へケインが茶菓のトレイを手に部屋へ入ってきた。私達の前に茶器を置いて下がりかけたのを、ライオネルが留めた。
「貴方がこの話を進言下さったとか、どうか、同席下さい」
「いいえ。わたくしは…」
「ここはシェネリンデでは無い。それに、お前はただの使用人では無い」
長椅子の隣を指すと、本気で困惑している。
「父様だけが私を留めてくれたのでは無いと思っている。お前が居なければ私はここに居ない」
聞いていたライオネルの頬に涙が零れ、堪えているケインを見ては、口に出した事を少し後悔した。
「私に異存は無いよ。ブランシュ」
「私の背景を心得ている人で有る事は、息子の執事には欠く事の出来ない条件何です。此方の勝手と言う部分も有るのだから、どうかご懸念無く」
「本当に…貴方に出逢ったお陰で、私は救われた。有り難うお願いする」
ライオネルが涙ながらに言う。
「レオノールが息子の側に居てくれれば、父様とも離れずに済む。ずっと、何かで報いる事は出来ないのかと考えては居たのです。その事も有っての進言だったのだろう?!」
言うと、ケインも堪えきれずに抗議した。
「どうか、この上はご容赦下さい」
お読みいただき有難う御座いました!
またまた、連載始めちゃいまして…
秘密は隠しておくとろくな事が無いというお話です。