第80話 地雷と我慢の限界
「...ムー、どうだ?」
「多少はわかりました。結論から言えば、神の力の残滓ですね。恐らく、奴の影響かと。それも、向こうの世界から来てますねこれ」
グレーゴルの影響……向こうの世界……
「ゲームの世界で、何かしらの影響を受けた結果、気が狂った?」
「可能性はあります」
「他に神の残滓を感じる場所はあるか?」
「1箇所ありますね」
「……全員連れてくか。心配してるだろうしな」
「そうですね。一度家に戻りましょうか」
家に戻れば、予想通りクラスメイト達は雑魚寝状態で眠っていた。
「親が見つかって無事だったことで、緊張の糸が多少解れたんだろう。休めたならよかった」
そうしてリビングを眺めていると、2階から降りてくる気配を感じる。
「おかえり玲音」
「ただいま澪。この後また出かける。澪達も準備してくれ」
「りょーかい」
澪はそう応えて、神楽と舞を起こしに向かった。
一時間もしないうちに、クラスメイト全員が目覚め、朝食を食べたあとの動きを話し合う。
「クオンさんとは、現場で合流?」
「あぁ」
自分がクオンだなんて、今言えるわけが無いのでとりあえずそう答えておく。
「とりあえず向かうか」
玲音の先導で、三十人近い集団が目的地に向かう。
向かう先は、昨日の廃墟と同じように、数年前から人が寄り付かなくなった廃校。
「少し待ってろ」
目的地が目前に迫ったところで、玲音は全員を一度その場に待機させる。
「クオンと話してくる。先走るなよ」
澪、神楽、舞に護衛と監視を任せて、状況を探りに行く。
「隠れる気は更々ないみたいだな。これなら連れてきた方が早いか」
玲音は懐から取り出した笛を思いっきり吹く。
「玲音から合図だ。行くよ」
「...え?何かあったの?」
彼等が困惑して当然だ。信号弾のようなものが上がったわけでもなければ、音が聞こえた訳でもない。
澪と神楽、舞には聞こえた笛の音は、薄く伸ばした魔力を震わせたものだから。
「来たな。クオンは潜んで、向こうの隙を伺って、できるなら救出するって。攫ったやつらは、隠れもしてないみたいだから、このまま行くよ」
進んで行くと、人の姿が見える。殆どの人影は地面に蹲っているが、二十人ほど立って此方を睨み付けている者たちが居る。
「あいつら確か」
「運動祭の時の集団」
「他にもいる」
「アイツらが攫ったんだろうな」
近付くとわかったが、全員が怪我をしている。殴られた跡や何かで斬り付けられた跡。よく見えないが、恐らく鞭か何かで叩かれた跡も見える。
「下衆が」
思わず溢れた言葉を飲み込んで、先頭に立つ。
「やぁ玲音君」
「やっとこの時が来ましたよ」
玲音を捉えると、不審者共は気持ち悪い笑みを浮かべる。
「誰だお前ら」
「私達の顔に見覚えはあるでしょう?」
「俺が聞いてんのはお前らの集まりの方だよ」
「俺達は玲音に復讐する会だ」
「安直すぎん?」
まぁ目的はそれだろうから、分かりやすくていい。けど、六人しか分からない。他はどこで恨みを買ったのか、心当たりがない。
「で、なんで関係の無い人を巻き込んだ」
「お前に復讐するなら、無関係の人間を盾にした方が早いと思ってね」
「お前を死ぬギリギリまで痛めつけて、その後にクラスの友達も同じ様にして、更にそいつらの前で家族を殺したり犯したら楽しそうだと思わないか?」
「……」
「実はな?このガキ共が欲しいって言う物好きが居てな?その変態に売っても良いかもなぁ!」
「……」
「だんまりか?なら、こうしてやるよ!」
一瞬で玲音の心が冷め切る。全身に血が巡る様に、殺意が心と体を染め上げる。
流石に、一般人の前でこの人数を殺すのは避けたい。
意識を鎮めるのに集中していると、1人の男が近くの女の子に手を伸ばし、首を絞める。
「あぐっ…た、すけ」
「絢!」
「君の妹かい?良い子だねぇ。昨日からずっと俺達に逆らって、怖がる皆を纏めてたんだよ?絶対助かるって信じてるんだ」
懐からナイフを取り出し、服を切り裂く。
「こーんな風に斬られたり、叩かれても泣かなかったんだ。強い子だねぇ」
服の下に顕になった肌は、至る所に何かで斬られた跡や鞭で打たれた跡が残る。
「そんな子を泣かせるには何がいいと思う?ここで犯しちゃおうか?」
下着をナイフで斬り、無理やり脱がし、スカートに手を掛ける。
絢は必死に涙を堪えている。
「やめろ!」
堪らず椚が駆け出すが
「大人しくしてろ」
別の男に腹を蹴飛ばされ、こちらまで転がってくる。
絢の拘束が少し緩んだのか、兄を心配する声が届く。
「お兄、ちゃん!」
「あ、や」
気を失っていないが、相当な痛みだろう。立ち上がることが出来ない。
口元に血が滲んでいる。
それでも、必死に手を伸ばし、這ってでも妹の元へ向かおうとする。
その反応に気を良くしたのか、絢を拘束している男が
「玲音君よぉ、どうしたんだい?いつかの時みたいに来いよォ!」
そう言いながら、ナイフを逆手に持ち替え、椚の妹の絢の腕に突き刺す。
「あぁぁぁぁぁ!!」
首を解放され、少し油断していたのだろう。叫び声を上げ、堪えていた涙が溢れ落ちる。
「イイ声だなぁ!じゃあこのまま、みんなの前でッ」
言いかけて、男の言葉が止まる。
先程から玲音が静かすぎる。怖い程に静か。
そんな玲音から発せられた圧倒的殺気。
その殺気は、復讐する会のメンバーにだけ叩き付けられた。
「お前達のような人間は、どうして無関係の人間を巻き込むのか。策を弄するのはいい。だが、最低最悪の手段を選ぶのは許さない」
いつの間にか玲音の手には刀が握られている。
目の錯覚で無ければ、周囲に赤一色の刀が浮いているではないか。
もう、抑え込む必要は無い。それ以上は絶対に許さない。
「お前達に慈悲は無い。禁忌に触れた事を地獄の底で永遠に後悔しろ」
圧倒的な殺気は遂にクラスメイト達を巻き込む程膨れ上がる。
「八咫鏡、彼女達を」
思考は冷静。人質を最優先で確保する。
八咫鏡の力で、クラスメイトの家族をこちら側に転移させる。
「舞、神楽、澪、護衛は任せる」
「「了解」」
普段の声よりワントーン下がった暗く、重たい声。
玲音に指示される前から三人が、皆を守るように前に立つ。
もう話すことも聞くこともない。死んだ後に調べることだって可能なのだ。
早く、この不快な奴らを始末する。
「疾風迅雷」
一般人には視認不可能な速度で裏を取る。
「鳴神」
一人、四肢を断ち動きを封じる。
「雷公」
雷の斬撃は、人の身には負荷が大き過ぎる。二人は脳を焼かれ地に伏せる。
三人
「炎弧」
弧を描く様に振るわれる刀からは炎が吹き出し、斬った断面を焼き付ける。
斬られた男と近くにいた男の二人が炎に焼かれる。
これで五人
「なんだよ…なんだよこれ!?おまえ、なんなんだよ!」
「抜刀風鳴」
鈴の音に近い音がすると同時に、喋っていた男が身体を両断される。
六人
「射抜き」
無数の血刀がレオンと同じ技で襲い掛かる。
容赦なく一人に複数の血刀が襲い掛かり、五人を同時に殺す。
十一人
「ゲームと同じで堪るかよぉ!」
槍を持った男が襲い来るが、ズブの素人なんて怖くない。例え、ゲームと同じようにスキルを持っていたとしても。
「韋駄天」
ゲームの中で編み出した技をこちらで再現する。
槍の穂先を切り落とし、次に両手首を斬る。
さらに、流れるように膝を斬って、返す刃で首を斬る。
「あぁ、こいつ最初の頃絡んで来た奴か」
思い出したように呟くが、その男の方を振り向かない。興味は無いし、既に事切れている。死んだのだから見る必要が無い。
十二人
「てめぇは無理でもあっちなら!」
二人が銃を構えて乱射する。
しかし、守りを任せているのは、澪と神楽、舞の三人だ。
まず危険は無い。
舞が鉄扇を取り出して、絢達を結界で防御。
結界の外になってしまったクラスメイト達を、澪と神楽が守る。
澪は、弓で有り得ない速射で銃弾を撃ち落とし、神楽は鎌を回転させ壁とした。
「は?」
その光景に惚けた二人は、心臓と腹に矢を受けて倒れる。
玲音の負担を減らす為に澪が殺った。
残り六人
「運動祭以来だな。で、どうすんだ?」
刀を肩に担いで、玲音は残りを視界に収める。
何か呟いているようだが、玲音にはよく聞き取れない。
「簒奪」
そんな言葉が聞こえると、手に持つ刀と玲音の周りに浮いていた血刀が全て敵側に移動する。それも、玲音に攻撃を仕掛けるおまけ付き。
「これで丸腰だな。死ねクソガキ」
六人と無数の刀に囲まれ絶体絶命。に見えるが、玲音は一人に狙いを定め、攻撃を避けることなく反撃に出る。
「馬鹿が」
肩から敵に当たり、肘を鳩尾に打ち込み、逆の手で腹を殴る。あまりの威力に、少し浮かんだ身体。追撃に腹に膝を打ち込み、トドメに回し蹴り。
一人を殺り終える。受けたダメージは僅か。
「言っておく。刀が無いから楽には殺せないぞ」
奪われた血刀に攻撃され続けるが、それを完全に無視して、玲音は拳を構える。
「玲音から武器を奪うなんて」
「楽には死ねなくなったな」
「武器あった方が楽ってのもおかしいよね」
三人は、稽古の時の玲音で、その理不尽さをよく知っている。
玲音が一番得意とする武器は確かに刀だ。それと同じくらいに扱えるのが、拳や脚といった身体を使う格闘術。
そもそも、玲音が一番最初に叩き込まれたのは、素手格闘だ。
「澪…ちゃん?アレは何?」
「…アレはまるで、レオンじゃないか」
「説明…してもらえるんだよね?」
あっという間に進む場に置いてけぼりのクラスメイト達は、ここでようやく追い付いた。
「それは後。今は向こうに集中させてね」
何が起きてもいいように、視線も意識も向こうを向いたまま。
いつも見ているゆったりとした雰囲気とは違う。張り詰めた弓のように鋭い目と気配。
神楽と舞も普段とのギャップがすごい。
ゲームの中でも見た事がない眼光だ。
「お姉、生きてるアレ連れてきて」
「玲音がわざと生かしてる奴か」
「ん」
「澪、念の為援護頼む」
「良いよ」
神楽が前に出るのに合わせて、澪が少しだけ動いた気がした。ほんの僅かな違い。だが、それに気付ける程、皆の意識は澪に向いていない。
敵六人の意識も玲音に向いたまま。
神楽は10秒もしないうちに、男を連れて戻る。
「舞どうするんだ?」
「保護の結界」
「そんな事しなくても死なないと思うぞ?」
「一応。この世界に、惑星結界は展開できてないから」
惑星結界・神喰らう者
玲音達の産まれ星に常時展開している複合結界。
世界各地に杭を打ち込み結界の支えとし、神の力に反応してその力を打ち消すことができる。
「何か干渉があると?」
「ん。ムーがいることもそうだし、アイツらもなんか変。これだけの人数をどうやって攫った?」
「出来ないことは無いだろうが、両親を含めた人数を一度にか...確かに違和感はある」
「それだけ人が頻繁にいなくなって、誰も違和感を覚えなかった。確かに何かおかしい?」
「ムー何か知ってるんでしょ?教えて」
舞と神楽の会話に、澪も参加している。意識はまだ玲音の方を向いているが、視線は玲音から外している。
そして、その違和感を確かめるために、隠れているムーに話を振る。
「……あんまり他人がいる場所で出たくなかったんですけど」
「それなら先に説明して」
「まぁ、朝の時点で言わなかった私と玲音の失敗ですね。現在の調査結果は、グレーゴルの影響を受けているとしか」
「奴の影響?こっちの世界に干渉してきたのなら、私達もある程度は感じ取れるはず。だけど、そんな気配はなかったよ?」
「影響を受けたのは、ゲームの中での話です。恐らく、奴の送り込んだ眷獣との戦闘、もしくは別の何かと接触した結果かと」
「それって、他の人や私達は大丈夫なの?」
「危険はあったと思います。でも、今は平気でしょう」
ムーは、舞の結界で守られ拘束された男から視線を移し、玲音を見る。
「玲音が倒した事で得た力、暴食。それが尽く奴の残滓を喰らい尽くしたので。それでも、まだ残滓は残っているでしょうね。全ての眷獣を倒せた訳では無いので」
「それ、玲音に危険は無いの?」
「ないですよ。…さて、私はあんまり長居したくないので、消えますね」
そう言ってムーの姿が見えなくなる。本当にこの場から立ち去ったようだ。
「どうする?これ、生かしておく意味ある?」
「無くなった。でもどうしよう」
「玲音に任せよう」
「そうだね」
三人は再び視線も意識も玲音の方へ向ける。
「クソ!なんでだよ!?俺達は強くなったんだぞ!」
「知るかよ。力に振り回されてるようじゃ意味ないだろ」
先程まで当たっていた血刀の攻撃が、玲音に当たらなくなった。
クリーンヒットとはいかないが、命中していた攻撃全てが当たらなくなった。
玲音の被弾は減ったのに、五人の被弾は増える一方だ。
「俺達は神に選ばれたんだ!使徒である俺達がたかが人間に負けるわけが無いんだ!」
「そうか、なら俺はこう返そう」
大振りになった攻撃をしゃがむことで躱して、腹に蹴りを当てて、距離を無理やり取る。
「たかが使徒程度で神に勝てると思うなよ。新参者」
正確にはまだ神ではない。それでも、玲音は神と同列の力と権能を持っている。
「お前たちが哀れで可哀想だ。もう終わりにしよう」
玲音は首元のネックレスを掴み、チェーンを引きちぎる。
「抜刀天叢雲剣、神器換装・天羽々斬。その魂を浄化し、お前達が行くべき場所へと送り届けよう。神代」
天羽々斬と神代の能力で彼等に残ったグレーゴルの残滓を祓う。
しかし、彼等に償う機会は与えられない。
それは地獄の神に任せることだ。玲音はただ、在るべき場所へ返すだけ。
罪には罰を持って終焉とする。
「来世があるなら真っ当に生きることだ」
玲音が手に持つ刀から、黒と紫の炎が吹き上がる。しかし、その焔は粘液のように滴り、落ちた焔は地面を溶かす。
「地帝抜刀・怒りはソコで燻る」
一太刀で六人を纏めて斬り殺す。
斬られた箇所から焔が侵食し、灰になることも許さない。
彼等は、自分達の選択を地獄に辿り着くまでに、嫌と言う程後悔し、地獄についてからも終わりのない責めに、いつしか生きることを辞めるだろう。
もう二度と生まれたいと思わない程に。
「……ムーいるんだろう?颯とリジェルを呼んでくれ。治療が必要だ」
「わかってます。もう連れてきました」
血刀は全て消したが、天叢雲剣だけは未だ帯剣したままで、クラスメイトの家族の元へ駆け寄り、ムーを呼び出す。
玲音の要求に素早く応え、更に手を打っておいた。
「なるほど。かなり損傷してますね」
「うん。かなり酷い。記憶も弄らないと、心が駄目になる」
「では、そちらは任せます」
「任せて。そっちはよろしく」
「はい」
いきなり連れてこられたのに、状況を即座に理解して、役割をこなす。
「肉体の損傷が激しいので、時間を巻き戻して肉体情報をコピー。現在の肉体に上書きします。玲音、補助を」
「はいよ」
「神叙マクロノギア、クロノス・ヒール」
傷付いた身体が、一瞬の内に傷の無い綺麗な身体に戻る。更に、切り裂かれたりした服も元通りになっている。
「記憶を削除する。玲音補助。感情の揺らぎや脳波の記憶も全て。だから、必要外のは保護して」
「……了解。保護した」
リジェルの要求はかなり高度だが、神の加護を用いれば平気だ。
捕まる直前の記憶を探り、そこから先を全て対象外として記憶を保護。更に、感情と脳の記憶領域にも侵入し、捕まっていた間の情報以外を保護する。
「ありがと。神器顕現マインドギア、デリートメモリー」
リジェルの神器によって、玲音に保護されていない、捕まっていた間の全ての記憶が削除される。
昨日の、覚えている限りの記憶から、今の状況に違和感を覚えるだろうが、それは割り切るしかない。
「助かった」
「どういたしまして」
「私がもう少し扱えてたら、違和感もなくせたかもしれない」
「いや、気にするな。リジェルは悪くない。全部アイツが元凶なんだ。いつかこの借りも返してやろう」
颯とリジェルは、玲音と短くやり取りをすると、ムーに連れられて元の世界へと戻って行った。
「さて、説明の時間かな」
玲音は澪、神楽、舞と並び、クラスメイト達と向き合う。
向き合うクラスメイト達の顔は、困惑と疑念に満ちていた。
ムーのセリフの「ないですよ」のところのルビですが、他の人に聞こえていません。
「今は」平気なのです。
一番最初、暴食のグラトニースライムとの戦闘ですが、神の残滓の影響を受けたのが寄生虫と呼ばれた、害悪プレイヤーです。
本来の彼であれば、玲音に喧嘩を売ることはなかったでしょう。
そんな裏話でした。ではまた次回




