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殺して生きて 永らえ死んで 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶらやくんは、だいたい一日のうちでどれくらい物を食べているか、考えたことはあるかい?

 年齢、性別、活動量などによってまちまちだが、だいたい1500から3000カロリーに収まるパターンが多いらしい。

 当然これより食べれば太るし、食べなければ痩せる。ただあまり食べなすぎると、身体が飢えている状態と勘違いして、少ない摂取量でも脂肪として貯蔵するモードに切り替わってしまうのだとか。

 食事は生きる上で欠かせないこと。すべての育成は食の育成があってこそ、という意見がすでに100年以上前より知られている。更にその前からも、各地では食事をめぐる様々な方策、研究、伝統が存在したそうだ。

 そのうちの伝統のひとつ。不思議な養生法について私が耳にした話、聞いてみないかな?


 

 むかしむかし。ある殿様が、自分の治めている領地に大々的な調査を行った。

 収穫高をはっきりさせる検地をするかたわら、住民たちの年齢を調べ始めたんだ。

 すでに殿様自身、還暦が見える年を迎えている。当時としては長寿の域に入っており、いつお迎えがやってきてもおかしくない。

 けれど殿様は、そのお迎えをできる限り引き延ばそうと考えた。少しでも長く生きるために、どのような手を打てばよいのか。それを学び、自分に取り込みたいとの考えもあったらしい。

 そうして調査をした結果、とある村が示した情報に殿様は目を見張ることになる。


 先代の殿様の時から行い続けている検地。その数十年の間に村は数倍にもなる人口増を遂げていた。他村からの流入などを差し引いても、その右肩上がりの増加ぶりは頭ひとつ抜けている。

 女性ひとりあたりの出生数の多さが支えになるわけだが、驚くべきはその年齢の幅広さにある。生まれて十年経たぬうちに母親となる者から、いまの殿様よりも年上で妊娠、出産を経験し、母子ともに健康で過ごす者までいたらしい。

 男に関しても、生涯病を知らずに長く生きる者が大半で、生涯現役を地で行く頑健ぶりだったとか。


 目をつけた殿様は、思い立ったが何とやら。家来たちを引き連れて、じかにその村へ訪れる。

 突然の為政者の訪問に、村中はちょっとした騒ぎになる。このような手合いは、十中八九、仕置きが下されるときだ。

 いったいいかなる罰が与えられるのかと、びくつく彼らに対し、殿様は自分の調査結果を伝える。そのうえで、彼らが特別に行っている養生はないか、尋ねてみたんだ。

 初めは言いよどんでいた村人だが、やがて口にしたのはとある生き物の肉を、頻繁に食していることだった。


 その生き物は、この村周辺の森の中にのみ生息するらしい。

 地中から飛び出し、そばの木の幹を駆けあがって梢の中へ隠れてしまう小さな身体で、動きだけを見ればリスのそれを思わせる。その主を食べることが、この村が他村と大きく違う点なのだが、これには一定の作法があった。

 刀身を十分に清めた刃物。これを持って、一太刀で相手を手ずから断ち切らねばいけない。

 たとえ仕損じたとしても、追い打ちをかけることは許されず、削ぎ落した肉のみ食すことができる。

 矢や銃などといった飛び道具を扱い、仕留めることは認められない。いくら懇切丁寧に清めたとしても、これらにはどうしても「汚れ」が混じってしまうのだとか。それは肉を汚し、本来の効力を弱めてしまうとも。

 話を聞き、殿様は膝を叩いて「ぜひに」とその肉を所望する。しかしちょうど肉は切らしてしまっており、ちょうどいまは新たに調達のめどを立てようとしてところとのこと。

 ならば、なおのことその肉を自分で手にしたいと、殿様は同道を依頼。村人たちも戸惑いながらも了承の意を示し、翌日の朝。彼らは清められた刃物をめいめいで持ち、山の中へと分け入っていった。


 村人たちによると、その標的がいそうな地点を判断するには、地面を足で踏むのだという。

「たんたんたん、たたん」とつま先で土を叩いて、すぐ足の裏全体を地面につける。このとき、ぞわぞわと泡立つ感覚が足の下をくぐっていったならば成功で、必ず自分がいる位置から半径一尺(約30センチ)以内で、そいつが飛び出してくるんだ。

 視覚的な兆しは、わずかな土の盛り上がりのみ。そこから幾拍もしない間に、びゅっと穴を開けながら奴は飛び出し、手近な樹の幹へ移ってしまうんだ。

 幹をひた走るその軌道は、速さを伴なう不規則な稲妻型。左右へ大きくぶれ、その曲がる瞬間を察知するのは熟練の狩人にも難しい。ヤツを走らせたら、まず捉えられないというのが、村人の共通認識だった。

 ゆえに切り捨てるのは空中。ヤツは地表から幹へ向かっては、真っすぐ飛ぶよりすべを持たない。その軌道を読み、待ち受けるように刃を構えて、斬るより他にない。



 狩りにはたっぷり二刻(約4時間)を費やした。

 手練れの村人たちでも、一人で3匹仕留められれば上出来という難しさ。殿様も当初は大いに苦戦を強いられた。

 それでも時間と共に、若いころから磨いてきた武芸。戦場をめぐってきたことで、熱をくすぶらせていた血潮が、急激にたぎってくるのを感じていた。

 そして、ついに決定的瞬間を捉える。

 たんたんたん、たたん。

 その合図とともに、かかとからつま先へと抜ける気配がする。殿様は研ぎ澄まされた感覚のままに、自分の右手前方。木の幹の手前の土にざっくりと、二尺近い大脇差を突き立てた。

 土が盛り上がり、飛び出してくるヤツ。そいつはあやまたず、殿様の立てた脇差へ頭から突っ込んだ。

 びいいい、と生地を引き裂くような音が響き渡る。ヤツは幹へ足を着けることはかなわなかった。真っ二つになった身のそれぞれが、飛び出した勢いのまま分かたれて、どちらも木の幹を避けていってしまったからだ。

 やがて地に落ちた双子の身は、合わせると、まるで小さなむささびを思わせる容姿だったとか。

 殿様の見事な技に、居合わせたものは拍手と称賛の声を送らずにはいられなかった。



 村へ帰還した面々は、直ちに獲物たちを調理。さほど時間をおかず、鍋の具となった肉たちを村人たちは囲んで食した。殿様もそれにならい、自ら仕留めたヤツの肉を堪能する。以前にも食べたタヌキの肉に、とてもよく似ていたらしい。

 もし村の者たちが定期的にこれを食し、長い寿命を得ているのなら、定期的に訪れねばならないだろう。そう考えた殿様は、今後もこの村へ来る旨を伝え、面倒をかける詫びとして何かしらの便宜を図ろうと伝えてくる。

 すると村人たちは、この村の子供たちを何人か殿様の下で保護し、生きている限り面倒を見て欲しいと願い出たんだ。


「わたくしどもは、生きて子を産み続けることに意味がありまする。

 そして生き続けるためには、今日肉を食べたように、なにかを殺し続けねばいかぬのです。

 ですが、その逆もまたしかり。死に続けるために、生き続けねばならぬこともあるのです」


「? なにぞ、よく分からんのだが?」


「――いえ、ただの戯言にございませぬ。ただもう一点。

 もし私どもが寿命によらず、多くが命を落とすことあらば、すぐさま預けた子ら。おりますれば、その子や孫たちも呼び寄せてくだされ。

 これに関しては、どうぞ曲げずにお願いいただきたい」


 村人たちの奇妙な嘆願。これを受けて殿様は、村の子供たちから選ばれた50名を引き取り、城下へ住まわせる。そして村人から受けた忠告を、自分の一族、家臣、件の子供たちにも徹底的に教え込み、有事の際の覚悟を伝えたとか。



 それから100年余り。ことはあの殿様のひ孫にあたる当主の治世で起こった。

 大地震の発生。殿様の領地は大打撃を被り、かの村に至っては、実に村人の7割がいちどきに亡くなるという惨事が起こった。

 直ちに復興の計画を立てるべく、殿様は各地へ追跡調査の人員を送るが、数日後。あの村へ送った家臣が息せき切って戻ってきた。

 すっかり血の気を失った彼らが話すには、一日に数度、村の地中よりイカやタコに似た触腕が飛び出すとのこと。その高さは家数軒分にも及び、同時に何本も現れることがあるという。

 その腕は村から逃げようとする住民がいると、とつぜん現れて絡め取り、地面に叩きつけて気絶させてしまう。また、生き残っている住民に対しても、同様に絡め取ったり、そのまま押しつぶしたりするような動きを見せたとか。

 そして驚くべきことに、これらの殴打を受けても被害者は痛みにもだえこそすれ、絶対に死なない。しかも負った傷は半日と立たないうちに、ことごとく全快するのだとか。


 殿様にはとうてい信じられない内容だったが、現地へ赴き、実際に報告を受けた様を見て戦慄する。

 同時に、これはいよいよ曾祖父から伝えられたことを、実行に移すべきときと判断した。

 城下に散っている、かの村の子供たちの一族に召集をかけ、事情を伝える。彼らの教育のたまものか、一部の反対者はいたものの、その大半が片時も土を踏んだことがない、祖先の故郷へと向かうことを了承した。

 彼らが村に到着し、あらかじめ作られていた仮設の住居に住まうようになると、触腕の蠢動しゅんどうはぴたりと止まった。元あった地中へ引っ込み、姿を現わさなくなったんだ。もちろん、殴打される被害者も出なくなる。


 死に続けるために、生き続けねばならない。

 あの触腕の主は生きることを望まず、ずっと土の中で眠りたいのだろう。そのためには、この地で生きる、昔ながらの血を引いた人間が必要となるのだ。

 あのむささびのごとき生き物は、触腕の主が用意した「生き続けさせるためのエサ」ではないか。

 人々はそう噂したそうな。


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