ドラゴン、仲間に出会う。
「ここの虚を掘ったのは、よほど強い方だったのか。たんまりと魔力がありましてのぅ、それはそれは居心地がよかったのでございますじゃ」
亀さん――もといパオパオさんのお話しをまとめると、こうだった。
パオパオさんは、ここが湖になるずっと前からここの穴に暮らしていたんだそうだ。ボクの落とした鱗が魔力を発していて、パオパオさんにとってとても暮らしやすかったらしい。
けれど、ある日パオパオさんの頭に槍が刺さってしまった。
「覚えてはおりませんが……槍が降ってきたのでございますじゃ」
「ふむ……【灼炎の聖槍】は魔族たちとの争いの中で失われたと聞いておりまする。魔界戦役といえば、だいたい千年ほど前のことでは」
リュカちゃんの言葉に、オリビアが飛び上がる。
「わわ、千年もおでこに槍が刺さってたの!」
うわぁ、聞くだけで痛そう!
「さようでございます。それはもう、熱くて熱くて――」
「むむ!? もしや、この【神龍泉トリトニス】が真冬でも凍らぬ恵みの湖というのは……!」
「あ、それ遠足の事前学習で習ったね」
「はい、オリビアお姉さま。もしかしてこの槍の発する灼熱の魔力の影響だったのかもしれませぬ。これは大発見でございまするっ!」
「もしかして、亀さん……じゃなかった。パオパオさんがおっきくなっちゃってたのも、【灼炎の聖槍】のせいなのかも?」
「可能性は高い……と思いまする」
「あ、パオパオさん」
「ふぉふぉふぉ。なんですかな、心優しき大いなる竜よ」
「ボクの鱗を狙っていたっていうのも、君なんだよね?」
「ふむ?」
パオパオさんは目をしぱしぱさせる。
「鱗……というのは、そちらでございますじゃ?」
「はい、これですっ」
一連の乱闘で湖に放りだしてしまっていた透明で大きな鱗を、オリビアがひろってきて頭の上に持ち上げる。
「……いや、それはわしではありませんですじゃ。し、しかし……うーむ、何かを思い出しそうな……そ、そう……鱗は……ああ、鱗はあの御方の……!」
「え、あの御方?」
「そ、そそそ、そうじゃったーーー!!」
「ど、どうしたのパオパオさんっ!」
オリビアに抱かれたパオパオさんが、手足を甲羅の中に引っ込ませてしまった。
そのとき。
水がぐらぐらと沸き立つように、湖面が揺れた。
「わ、わわ?」
「な、なにでございまするか、この揺れはっ」
「おおお……あの御方がお目覚めですじゃ! その鱗をずっとお探しで……!」
パオパオさん――大きな大きな亀さんが現れたときも驚いた。
けれど、今度はもっとびっくりだ。
「え……え……?」
「ぱ……パパの、お友達……?」
「これは……水竜様……?」
全身に水を纏った、竜だった。
ボク、自分以外のドラゴンに会ったのなんて何千年ぶりかも覚えてないよ!
***
「――ほぉう、古き竜か~」
水竜さんは気だるげに呟いた。
湖の底で長い眠りについていたのであろう、タテガミに寝癖がついている。何百年も眠っているとそうなるよね、わかる。
ボクは胸をはって答える。
「そ、そうだよ。ドラゴンで、えっと、オリビアの父! エルドラコっていいます!」
「はぁ、エルドラコというのは人間の名だろう。オリジナルである竜が竜の如しなんて名前を名乗ってどうすんの」
「うちの娘のオリビアが付けてくれた名前なので!」
「……その人間の娘か」
オリビアがぺこりと頭を下げた。
「お、オリビアですっ。はじめまして!」
「…………。ふむ、可愛いな」
「でしょうぅっ!?」
この水竜さんとは仲良くなれる気がする。
水竜さんは大きな溜息をついた。
「しかし……参ったなぁ。その鱗の魔力をもって、力を蓄えていたのだが……長らくひとり眠り続けていたゆえに、私はもう自らの存在を保つだけで精一杯だ。はーぁ……」
「どういうこと?」
「古き竜よ。そなたのような上位存在にはわからんかもしれんが、この世界の魔力は我らが生きながらえるのにはもう少なすぎるのだ。この体でもってどうにかこの泉を護ってきたが……きっついわぁ……」
水竜さんは、ぽつりぽつりと真実を教えてくれた。
***
「ええっ! この湖、大洪水を起こすの!?」
「うん。地下にどでかい水脈があってな。鱗の魔力を吸いながら、どうにかこうにか噴出を抑えてきたんだが、いや、そろそろ限界がちかくて……」
「ぼ、ボクの鱗でよかったらお返ししますよ! あと追加で何枚かいりますか、好きなとこのやつ剥がしてください!」
「いや目の前で剥がされるのはちょっと引くわ」
「そ、そうかぁ」
「――そもそも、今さら魔力を多少融通されたとしても、もう限界は近かったのだ……そこで殻にこもっておるパオパオの頭にささった槍の魔力も多少は役にはたっておったが、いかんせん炎の魔力は相性悪くてなぁ。消化も悪いし。そろそろ潮時だと考える。だからこそ、こうして湖の底から浮上してきたわけで……」
「お、お待ちくだされ水竜様っ!」
「む……なんだ、そこな娘。もはや我らの血族か?」
「はい! 水竜の血をひく末裔、東国のイオエナミに連なるものでございまする」
「あー。はいはい。そういえばあっちのほうでニンゲンに岡惚れして竜辞めたやついたなー。なっつかし」
「その、この湖の地下にある水脈というのは――」
どぉん――と、リュカちゃんの言葉を遮るように低い地鳴りがした。
地震?
「あー……思ったより早かったなあ……」
「ま、さか」
「地下水脈の暴走だな、これは。あーあ……住み心地のよい泉であったのに」
「どうなってしまうのでございましょう、水竜様っ」
「あー? それは、この辺一帯水びたしというやつだな。この泉をぐるっと囲む山があるだろ。その中腹くらいまでは水に浸かるかもしれない……なにせ、暴れ水脈を数千年単位で抑えこんでたからなぁ……」
「ななっ!」
「住み心地のよい環境を護ろうとしておったのに、まったくニンゲンが愚かにも鱗を奪っていくとは思いもしなかった……」
待って。
この辺ぜんぶ水びたしって……。
「パパ! 学校のみんながあぶないよ!」
「そういうことだよね、オリビア!?」
フローレンス女学院のみんなは、今まさに湖の岸辺で水遊びを楽しんでいるんだ。自由時間だから、思い思いの場所で。
どぉん、どぉん……と地鳴りの間隔が短くなる。
たぶん、全然時間がない。
「わわわ……みんなを助けなきゃ!」
感想、いつもありがとうございます!
すごく嬉しく読んでいます(返信ができておらずごめんなさい、全部読んでます!)




