ドラゴン、大きな亀さんに遭遇する。②
「お、オリビア!」
振り下ろされる亀さんの足。
その真下に立ち尽くしているリュカちゃんのもとにオリビアが飛んでいく。
リュカちゃんを、オリビアは抱きしめる。
迫り来る亀さんの足――危ない!
ボクは、思わす大きく息を吸い込んで炎を纏ったドラゴン・ブレスを吐こうとした。
けれど。
キッ、と毅然とした視線で亀さんを睨み付けたオリビアが、ボクが炎を吐くよりも早く叫んだ。
「だめぇえええぇええっ!!」
オリビアの叫びに、亀さんがビクンと飛び上がる。
まるで、オリビアに怯えたみたいに。
たしかに、オリビアの発した声は――まるで、フローレンス女学院を襲ってきた亜竜さんたちを追い払ったときのボクの咆吼みたいだった。
「リュカちゃんをいじめないでっ!!!」
オリビアは、うんとお姉さんらしい表情で亀さんとリュカちゃんの間で両手を広げていた。
ちいちゃい者たちにとっては強力な魔力を、声に乗せて解き放つ。
喧嘩したくないときに、向こうに引いてもらうための、ボクの得意技だ。
「グォオオォオッ!?」
オリビアの力に押された亀さんが、振り下ろしかけた足を甲羅の中に引っ込める。
ほっとするのも束の間、その拍子にバランスを崩した亀さんが――ズッコけた。
「わっ」
「お、オリビア・エルドラコ!?」
亀さんがズッコけたとたんに湖に起きた、大波。
オリビアが、その波を頭からもろにかぶる。
「っ!! オリビアーー!!」
ボクは目の前が真っ白になった。
オリビアを、助けなきゃ!
湖の上でひっくり返ってしまっている亀さんのお腹の上に着地。
オリビアは、どこだ!
それに、リュカちゃんの姿も見えない……。
「ボクが……助けなきゃ!」
でも、どうやって……噛みしめた牙が、ギシギシときしんだ。いっそのこと、湖の水ぜんぶ抜くとか……?
ボクがおろおろしていると、ちゃぷんと小さな水しぶきがあがった。
「な、な、なにをやっておるのです。オリビア・エルドラコ!?」
「けほっけほっ」
「オリビアッ! リュカちゃんっ!」
リュカちゃんが、小さな体でオリビアを抱きかかえて湖の中から浮かび上がってきたのだ。
「泳げもしないくせに……どうして……」
「えへへ、オリビアは……リュカちゃんのお姉さんだからね」
「……っ!」
オリビアがにっこりと笑った。
ボクは、オリビアが無事だったことで、もう、全身の力がへにょへにょと抜けてしまった。ドラゴンの姿のまま、へたりと座り込む。
ああ、よかった……。
「……ありがとうございます。オリビアお姉さま」
リュカちゃんはそう言って、頬を染めた。
オリビアは誇らしげに笑った。
「ともかく、二人とも無事でよかったぁ」
「ぐ、ぐぉお」
「ん? なに、いまの音?」
「ぐぉ……」
「パパ、亀さんが……」
「わわっ!」
湖の上でひっくり返ってぷかぷか浮いている亀さんのお腹の上。そこに乗っかったままだったのを、すっかり忘れていた。ごめん、亀さん!
いや、オリビアを危ない目にあわせたのは、ボクちょっとだけ根に持っているけど、それはそれとして。
手足をばたばたさせている亀さんから降りる。
「バケモノめ。わらわが討伐してくれまする」
どこから取り出したのか、呪文の描かれたお札を構えるリュカちゃん。
オリビアが「待って」とリュカちゃんを制した。
「む? お姉さまを溺れさせた元凶でありまするっ、いまが好機かと!」
「リュカちゃん……」
「学院に亜竜が襲ってきたときは偶然かと思いましたが、今回もまた助けられました。一度ならず二度までも、身を挺してこのリュカをお守りくださったオリビアお姉さまのこと、わらわは護りたいのです! ……その、いままでたくさん、嫌なことを言ってしまったのは……エスメラルダ様に報いたく……」
「大丈夫だよ、リュカちゃん」
オリビアは、リュカちゃんを安心させるようににっこりと微笑む。
「パパ、お背中に乗せてくれる?」
「え。いいけど、どうして」
「この亀さんね……なんだか苦しそうなの」
「苦しそう?」
「うん。痛がっているっていうか……」
「わかった。オリビアがそう言うなら」
ボクはオリビアとリュカちゃんを背中に乗せて、ふわりと飛び上がった。
水は苦手だけれど、飛んでしまえばこちらのものだ。
「あの槍が――痛いんだと思う」
「オリビアお姉さま、そのような深慮を……?」
リュカちゃんが目を輝かせいている気配。
とにかく、オリビアの言う通りだとしたら――亀さんを助けてあげなくちゃね。
***
一方、その頃。
湖畔で待機している一同は――。
「ななななんかザッパーンって! あううう、オリビアたちは大丈夫なのであるかっ!?」
「古代竜殿がついていますから、めったなことにはならないかと思いますが……」
「でもあやつカナヅチじゃん!」
「おじさまもオリビアちゃんも、きっと大丈夫ですわ。落ち着いて、マレちゃん様」
「あう、誰がマレちゃん様じゃ!」
「デイジーお嬢様、どうぞ日陰へ。あまりお肌を日にさらしては貴婦人の肌にはなれませんよ」
「大丈夫よ、アンナ」
「あう……やっぱり助けに行ったほうがいいのではないかのぅ……」
わちゃわちゃしていた。
そこに忍び寄る人影が、ひとつ。
「――お前達」
「あうっ!?」
「このクラウリアの背後を――何やつ!」
「あ、あなた様はっ!」
黒く長い絹の髪の毛。
頭には真っ赤なティアラをたたえた美貌。
「まぁ、ごきげんよう。竜人族――エスメラルダ・サーペンティア様ですわね?」
デイジーの問いかけに、エスメラルダはゆっくりと頷いた。
そして、威厳のある振る舞いを保ちつつも、そわそわとした様子で尋ねる。
「ああ。リュカ・イオエナミと【王の学徒】は一緒ではないのか?」
「あう? おぬし、リュカのなんじゃ……?」
「む。魔族の娘。なんだ、お前は。リュカとキャラがかぶっているぞ。喋り方をあらためよ」
「あうっ!?」
「わ、わわわ我が麗しきマレーディア様になんという無礼っ!」
エスメラルダの登場により、もっとわちゃわちゃした一同。
しかし。
「こほん。……リュカはどこだ。私はただ、保護者としてリュカの雄姿を見学に来ただけなのだが」
その一言で、マレーディアの頭上に「ぴこん!」と電球が光った。
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