ドラゴン、水中探検をする。
「ふぁーあ」
魔王さんの、とってものどかな欠伸にボクもつられて大欠伸してしまう。
湖畔で、「怪物」の出現を待っているわけだけれど――待てど暮らせど現れない。
オリビアは【失われし原初】から湖の中に伸びる光をじっと見ている。
なんだか、少しずつ光が差す方向が動いているみたいだ。
クラウリアさんの槍……じゃなく、今はパラソルとして使われているその日陰の下で魔王さんはすでにウトウトしはじめている。
同じくデイジーちゃんを日差しから護っているアンナさんが、次第にイライラしてきている。
リュカちゃんが、ついにしびれを切らした。
「ええーい、わらわは待ってはおれませぬっ」
「わっ、びっくりしたっ」
「わらわは湖にもぐりまするっ! こんな悠長なことしていられませぬゆえっ!」
「あう。お手本のような死亡フラグじゃね?」
「マレちゃんは黙って! パパ殿たちは泳げないのでありましょう? ここで待っていてください。その鱗をリュカに渡すのですっ」
「でも、リュカちゃん……」
思わず眉毛がへにょりと下がってしまう。
ボクのお友達を危ない目にはあわせたくないよ。
「というか、リュカ。おぬしってば、たしか【七天秘宝】のうちの水属性アイテム持っておるのであろう?」
「……蒼水の剣」
「そうそれ。そいつ使えば、我らを水の中で自由自在に動けるようにする魔法とか思いのままなのでは?」
「それは……」
リュカちゃんが口ごもる。
何か、ためらう理由があるみたいだけれど……。
「そ、んなことであれば蒼水の剣を使うまでもなきこと」
「あう。だったらオリビアたちも一緒にいけばよいであろう。水の中に単騎特攻とかホラー作品だったらもう即死よ、即死」
「ほらー?」
「マレーディア様と私は残りましょう。デイジーさんたちの護衛も必要でしょうし」
クラウリアさんの言葉に、アンナさんが「な!」と厳しい顔をする。
おそらく、魔族に護衛されるなんて――と思っているのかも知れない。
けれど、デイジーちゃんの方が一足早かった。
「まぁ、ありがとうございます。クラウリアさん。
なんでも完璧にこなされると噂のクラウリアさんに護衛していただけるなんて、安心ですわ」
「ええ。おまかせください。これでも腕に覚えはありますので」
――そういうわけで。
【神龍泉トリトニス】に潜って、光の指し示す方向を確かめに行くことになった。
その担当は、リュカちゃん、オリビア、そしてボク。怪物が狙っているという言い伝えのある鱗は念のためボクが持っていくことにした。
湖畔でお留守番するのは、魔王さんとクラウリアさん。それからデイジーちゃんとアンナさんだ。
「あう。ごゆっくり~。我ってば静かな湖畔の森の影から啼くカッコウの声にうっとりしちゃったりしておくからさ~」
「ドリンクもたくさんありますよ。デイジーさんたちも、よろしければ」
「まぁ、ありがとう!」
「むむ……悔しいですが、美味しいですね……レシピを知りたいところです」
うん、少しでも仲良しになるといいなぁ。
「じゃあ、ボクたちも行こうか……っていっても、ボク泳げないんだけど」
膝の上まで湖に入ってみる。
さっき、午前中の水泳訓練でぶくぶくと水中に沈んでしまった記憶が蘇る。
ドラゴンは飛ぶ専門なんだよ。
オリビアは魔王さんからもらった浮き輪を持ってるけど、それじゃあ水中には潜れないし――ボクがちょっと困っていると、リュカちゃんが両手を不思議なかたちに組んだ。
両手の組み方を素早く変えながら、「カシコミ、カシコミ」と聞いたことのない呪文を唱えている。
そして、呪文がおわると。
「……さあ、いきましょうぞ」
とぷん!
リュカちゃんの声を合図に、ボクの視界がふにゃんと歪んだ。
「わわっ!」
『オリビア、大丈夫かい!」
思わず、オリビアに手を伸ばす。
オリビアの手を握り、ぎゅっとつぶった目を開くー―と。
「わぁあ!」
「ボクたち、泡の中にいる!?」
ふかいふかい、湖の青。
周囲に広がるのは、青く煌めく水中の光、緑にただよう藻、大小様々なお魚たち。
ボクたちは、ぷわぷわの泡に包まれて湖の中に漂っていたのだ!
息ができる、息ができる! 全然苦しくない!
「これが、水竜の血を引く我がイオエナミ一族の秘術でございまするっ」
えへん、と胸をはるリュカちゃん。
すごい。
リュカちゃん、水に関わる魔法のエキスパートなんだ!
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