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ドラゴン、プロポーズをお断りする。

温かくて、ほろ苦くて、甘くて、切なくて、ちくりと痛くて、幸せな気持ち。


この気持ちの名前をボクは知らないけれど、たぶんこれは――オリビアの未来の幸いを願ってやまないこの気持ちは。


「愛おしい」というやつなのかもしれない。

 来た。

 ついに来た。

 この日が、来てしまった。


 ボク、この数百年で一番の動揺である。



***



 夕食の仕込みを終えてキッチンの片隅でうとうとしているボクのもとに、オリビアが忍び寄ってきた。図書館の蔵書の虫干しを終えて、暇になったのだろう。身体の大きくなってきたオリビアは、虫干しを前よりうんと早く終えるようになった。



 そろり、そろり。

 ここは、寝たふりをするのがいいのだと、いままでの経験で知っている。

 オリビアがボクをビックリさせようと忍び寄ってきたときには寝たふりをしておくのがいい。

『わっ』

 と大きい声を出すオリビアにあわせて、

『ぎゃー、驚いた!』

 なんて、起きたフリをしてあげると、オリビアは黄色い声をあげて喜ぶのだ。


 ああ、ウチの娘はなんて可愛いのだろう。なんて無邪気なんだろう。

 そんな想像を口がにやけてしまうのを抑えていたボクに、衝撃が走った。



「パパ、ちゅー!」


「え?」



 ニンゲンの柔らかいほっぺたに、もっと柔らかいものが触れる。

 思わず目を開けると、目の前にオリビアの顔があった。

 ちゅー、って。

 もしかして、これは。

 ちゅう、ってやつでは。

 ニンゲンの親子とか、恋人とか、夫婦が、親愛の情を相手に示すためにするやつ!



「オリビア?」


「あ、パパ起きたのね」



 ませた表情で、ボクの前に立っているオリビア。

 伸びた髪を結い上げて、大きな白いレースのハンカチをかぶっている。



「オリビア、花嫁さんだよ!」


「は、花嫁さん」


「そうなの、あのね、オリビアね。大きくなったらパパと結婚する。パパの、お嫁さんになるの!!」


「ええ~~~~~っっ!!??」


 来た。

 ついに来た。

 この日が、来てしまった!


 ボク、この数百年で一番の動揺である!



「あのね、図書館で物語の本をたくさん読んでいるの。王子さまと結婚したお姫さまは、いつまでも幸せに暮らすんでしょう! だから、オリビアはパパと結婚するの!!」



 にこにこと満面の笑みのオリビア。

 なるほど、オリビアはどうやら最近のニンゲンがパートナー(つがい)と番うときにする、けっこんしきの真似をしているようだった。

 こういう、白くてヒラヒラした格好をするんだと、『家族の冠婚葬祭』という本で読んだぞ。


 あと、こうして「パパのお嫁さんになる!」という発言もニンゲンの子どもにとっては、わりとありふれたものだというのも、『娘との良好な関係』という育児書で読んだ。


 けれど、本で読むのと実際に言われるのだと違う。

 全然違う。

 破壊力が違う。


 大昔に、ボクにむかって魔法をガンガンぶつけてきた大賢者さんの火魔法の軽く百万倍くらいの破壊力だ。



「えっと、オリビア」


「なあに?」



 いきなりやってきた「その日」に、ボクはちょっと、いやだいぶ動揺しつつオリビアに向き合った。こういうのは、最初が肝心なのだ。

 そりゃあ、「パパのお嫁さんになる!」っていうのは嬉しいけれど、それはそれ。


 オリビアに、ニンゲンの常識をきちんと教えなくてはいけない。



「嬉しいなあ。でもパパ、オリビアのお婿さんにはなれないんだ」


「えー!」


「パパは、パパだからね」


「そう、なの」


「うん。ニンゲンは、自分のパパとは結婚できないんだよ」



 ボクは、オリビアにゆっくりと言いきかせる。



「オリビアのお婿さんにはなれないけれど、パパは、いつまでも、オリビアの……ふぐぅっ」


「パパ?」



 ボクは自分でも驚いてしまった。

 オリビアがいつか誰かと結婚することや、いまボクに「パパのお嫁さんになる」と言ってくれたこと、そういうことのがグルグル頭の中で渦を巻いて、ボクは、ボクは。






「あ、はは。あれ、おかしいな。どうして、」


 ニンゲンの柔らかい頬に、温かいものが伝う。


「ボク、どうして泣いてるんだろう」






 ぽろぽろと零れる涙が、止まらない。

 悲しくないのに。悔しくないのに。どうして、ボクは泣いているのだろう。

 オリビアの幸せを、ボクが彼女といる時間の短さを、大切さを。

 そうして、オリビアの未来を思うと、ボクの胸の中に今まで何千年も生きてきて、味わったことのない気持ちが渦巻いている。


 温かくて、ほろ苦くて、甘くて、切なくて、ちくりと痛くて、幸せな気持ち。

 この気持ちの名前を、ボクは知らない。



「パパ、どうしたの? どこか痛いの?」


「ううん、違うんだ。オリビア。大丈夫だよ」


「でも、泣いている」


「オリビア、うぐ、あのね。パパはオリビアのお婿(むこ)さんにはなれないけれど、ずっと、いつまでも、何があっても、オリビアの味方だからね。そのことを、覚えていておくれよ」


「うん、わかった」


「だって、ボクはオリビアのパパだから」



 そう。

 ボクはオリビアの、パパだから。


 

 温かくて、ほろ苦くて、甘くて、切なくて、ちくりと痛くて、幸せな気持ち。

 この気持ちの名前をボクは知らないけれど、たぶんこれは――オリビアの未来の幸いを願ってやまないこの気持ちは、「愛おしい」というやつなのかもしれない。


 育児書に、書いてあった気持ちだ。




 ――それにしても、ボク、オリビアにプロポーズされちゃった。

 えへへ。誰かに自慢したいなあ。

 魔王さんとかに話したら、なんて反応するだろう。




***


 ボクは決意した。

 オリビアの今後のために、するべきこと。

 それは、オリビアが同年代のニンゲンの友達を作ることだ。


 不幸な生い立ちもあるだろうけれど、オリビアは育児書にあるような子どもの様子よりも少し幼いところがある。


 おもになんというか、パパへの愛情表現が素直。

 ものすごく素直!!


 イヤイヤ期的なことは多少はあったけれど、育児書に書いてあるよりもずっと軽い。


 嬉しいけれど、本当はもっと、同じ世代の友達とたくさん遊ぶべき年齢なのだ。それがないから、元気いっぱいのその感情をボクに向けてくれるのだ。


 それは、ニンゲンとして幸せになるべきオリビアにとっては一番良い状態とは言えないはずだ。



「というわけで、オリビアにもお家の外を見せてあげたい」



 ボクは、魔王さんたちに相談した。

 魔王さん、すごくビックリしていた。



「ボクとしては寂しいんだけど」


「あうぅ、そうだよ! 家の外は恐ろしいことばかりであるぞ!! なんなら我も、もっと魔法教えてあげるしっ! オリビアがいなかったら、さ、さ、さびしっ」


「マレーディア様……、あの、この不肖クラウリアもおりますよっ」


「あうぅ~」


「無視っ!? ……きゅう」



 黄金色の目を潤ませている魔王さんに、ボクは説明する。



「魔王さんは、よくやってくれています。毎日、オリビアに魔導書の読解の手ほどきや魔法も教えてくれているし」


「うむっ! オリビアは筋が良いぞ。いまや、あの憎き勇者パーティのクソ雑魚魔導師なんかより手練れだ!!」


「それに、クラウリアさんも剣術や体術を教えてくれている」


「こちらも、筋がいいです。オリビアさんはかつての魔王軍の幹部たちよりも強いでしょうね」


「はい。ボクもオリビアが日々成長しているのを感じるよ。でも」


「でも?」



 ボクは、胸を張って言う。



「でも、ボクたちニンゲンにしてみたら、すっごいお爺さんとお婆さんなんだよ!!」


「おばっ!!!???? なななな、失礼な!!!!」


「だって、ニンゲンの寿命は百年もないし。魔王さん、あなた何年くらい生きている?」


「そ、それは」


「五百年くらいは生きているでしょう?」



 こくん、と魔王さんは頷く。

 ということは、クラウリアさんも同じくらいの年だろう。



「ボクは、正確には覚えてないけれど何千年かは生きているからね。ニンゲンにとっては、ボクたちは老人なんだ!!!」



 老人、という言葉に魔王さんは「あうぅ~~」と頭を抱える。

 でも反論の余地はないみたいだ。



「そういうわけで、オリビアに同年代の友達を作りたいんだ」



 どん、と育児書を机に広げる。

 オリビアを拾ったときから、何度も何度も繰り返し読んできた本たちだ。


 そうして、ボクはあるページを開く。



「オリビアを、学校に行かせてあげたいと思っているんだ!!」


「が、学校!!?」



 魔王さんが、「学校」という言葉に目を見開いて立ち上がる。

 小さな身体を震わせて、叫んだ。



「あうぅ、学校だとぅ。そ、そんな……学園ラブコメが、はじまっちゃう……!!」



 何を言っているのか、よくわからなかった。

学園ラブコメは始まりません(笑)



日間総合ランキング78位でした。

久々の二桁、ありがとうございます!

感想も嬉しいです。そうですね……魔王マレーディアちゃんのモデルは、おさかb……おっと誰か来たようだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 学園パート始まりですか? パパの出番がどうなるのかな?
[一言] 魔王様もしやラノベ脳なんじゃ……w
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