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ドラゴン、鱗を見つける。②

本日、書籍版第1巻発売です!

 ハウスマスターのアンナさんの厳しい視線に、魔王さんは「あう……」とうつむいている。

 アンナさんは、魔族を嫌っている。

 それはデイジーちゃん曰く、アンナさん個人の問題だけじゃなくて――ニンゲンの社会全体が、そうなっているらしい。



「あの、彼女は別にこの部屋についてきただけで――」


「恐れ入りますが、口を挟まないでいただきとうございます」



 口を挟もうとしたボクの言葉をアンナさんはぴしゃりと遮る。



「魔族はかつて人間界に戦いを挑み無様に負け去った種族――魔王討伐を行った勇敢な者たちの末裔が、私のお仕えするパレストリア家をはじめとしたこの大陸の貴族の方たちでございます。魔術に長けたパレストリア家の正当な長女であるデイジー様を魔族に近づけるなど、やはり私は看過できない」



 いや、その人が魔王さんなんだけどね……。

 千年以上も前の喧嘩のことで、まだ怒っているなんて……アンナさんって本当にニンゲンなんだろうか。

 こう見えて千才以上とか?

 ニンゲンの短い寿命を考えれば、アンナさんが生まれるずっとずっと前のことのはずだ。魔王さんがニンゲンたちとの喧嘩に負けたのは。



「……マレーディア様、私の後ろに」


「あ、う」


「――私の見立てはあっておりました。盗人風情にこの家の宝物庫に足を踏み入れさせるなど、御主人様たちに顔向けできません」



 魔王さんは、クラウリアさんの後ろに隠れる。

 すっかりしょぼくれてしまっていて、午前中に楽しそうに浜辺で遊んでいた笑顔は見る影もない。

 ボクは胸の中がざわざわする感じに耐えられずに、少し大きな声をだしてしまった。

 このままモヤモヤを我慢していたら、うっかりニンゲンの姿を保てなくなってしまうかもしれない。それくらいに、悲しかった。


 ボクはオリビアを愛してる。

 そのオリビアがこれから生きていくべきニンゲンの世界に、魔族だからといってこんな酷いことを言われるなんていう悲しい出来事があることが、なんだかすごく悔しくて、悲しかった。

 オリビアの横顔を盗み見る。


 オリビアも、信じられないものを見るような目でアンナさんをじっと見つめている。

 小さな唇が何度も動いて、言葉を探しているみたいだ。



「……これであるから、外には出たくなかったのである。あう」



 魔王さんが小さな小さなこえで、呟いた。

 ボクとオリビアは、魔王さんのその声に同時にビビビっと突き動かされた。



「「あのっ!」」



 魔王さんは、ずっとずっと自分のお城の西の塔に引きこもっていた。

 けれど、ボクがオリビアを育てるためにお城を借りたその日から、少しずつ、本当に少しずつだけど魔王さんは変わってくれた。

 お部屋から出て、お城から出て、今年はこうしてオリビアの学校にまで来てくれた。


 そんな魔王さんを、ひどい言葉で攻め立てないでほしい。

 ボクとオリビアが顔を見合わせて、頷き合う。

 アンナさんにボクらの気持ちを伝えようとした瞬間。



「……アンナ、とやら」


「リュカ……?」


「わらわは東国の失われしイオエナミ一族の姫巫女であり、かのエスメラルダ・サーペンティアの一番弟子、リュカ・イオエナミ。女官頭のアンナとやら――これが、客人に対するパレストリアの家の作法かえ?」


「な、サーペンティア様の……?」


「わらわは、当代の【王の学徒】であるオリビア・エルドラコとともに、エスメラルダ様を通して下された王国の命の元【七天秘宝(ドミナント・セブン)】を探している。マレちゃんは、わらわの仕事を手伝ってくれておる。それに魔族かそうでないかは関係があるのか、パレストリアの女官よ」


「それは――」


「行動ではなく血でしかものを見られぬとは、愚か者じゃ。いいか、それ以上の無礼を働くのであればわらわはパレストリア家を王家の命に背くものとしてエスメラルダ様に報告する」


「それは!」


「口を慎むのじゃ、アンナとやら。マレちゃんはわらわの――大切な友達ゆえ」



 リュカちゃんは、普段と全く違う声をしていた。

 すっと伸びた背筋。

 まっすぐに、けれども真摯にアンナさんを見つめる視線。


 普段、虚勢をはっているリュカちゃんとは似ても似つかない、なんていうんだろう、高貴ってかんじのオーラが感じられる振る舞いだ。

 きっとリュカちゃんは、誰かを守りたいという気持ちが強い子なんだろう。

 たまに空回りしてしまうこともあるのかもしれないけれど、今のリュカちゃんはとっても、とってもかっこいい。


 次に声をあげたのはデイジーちゃんだった。



「申し訳ございません」


「で、デイジー様!」


「使用人の不手際は、主人の不手際。パレストリア家を代表して、謝罪いたします」


「おやめください、デイジー様!」


「……たしかに大人たちは魔族のみなさんをよく思っていないです。でも、わたくしは知っておりますわ。マレーディアさんが、とっても優しくて、一年生たちを見守ってくださっていること。わたくしたちフォンテーヌ寮の後輩であるリュカさんのことを気にかけてくださっていることを。その優しさに、種族は関係ありませんわ」



 デイジーちゃんの毅然とした態度に、アンナさんはデイジーちゃんにならって深々と頭を下げた。



「も、申し訳ございません……」


「あう……いや、べつに、その」


「マレーディア様」


「ま、わかればいいけどね?」



 もじもじとする魔王さん。

 みんなが魔王さんを「友達」と認めてくれたのが嬉しいのか、ほっぺたが真っ赤でお月様色の瞳をうるうるさせている。


 ひとまず、アンナさんからの誤解は解けたって考えていいのかな。

 でも……魔族ってもしかして、どこに行ってもこういう扱いなのかなぁ。


 うーん、と考え込むボク。

 そこに、おずおずとアンナさんが話しかけてくる。



「ですが、その鱗の封印を解くことはできないでしょう。パレストリア家の力をつかった厳重な封印なので……」


「え? 封印なら……」



 ボクは、ボクの鱗に手を伸ばす。

 指先が鱗の周りを囲んでいた薄い膜に触れると――パキン!

 軽い音ともに、周囲を囲んでいた封印が破れる。



「そんなに問題じゃないと思いますよ」


「は、はぁ!!??」



 封印って、ちょっと膜を張ったくらいのことかと思っていたんだけど――ちがうのかな。

 鱗の持ち出しをアンナさんは最後まで渋っていた。

 話し合いの結果、デイジーちゃんの「ならば、パレストリア家のわたくしが鱗の近くにいましょう。見張りです。それでいいでしょう、アンナ」という一声で、とうとうアンナさんが折れた。

 デイジーちゃんの身の安全のためにアンナさんも探索についてくることになったけれど……まぁ、それはそれかなぁ。


 ボクの鱗を、湖に住まう怪物が狙ってくるという噂。

 ボクたちはその真相を調べるために【神龍泉トリトニス】の奥地へと向かった。

本日、書籍版第1巻が発売になりました。

コミカライズも進行中。どうぞよろしくお願いいたします。

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