ドラゴン、水着を手に入れる。①
「というわけで、これは我からプレゼントであるっ!」
ふたたびパラソルの下、日陰でくつろぐ魔王さんがオリビアに差し出したのは丸い輪っかだった。
なんだかプニプニしている。中に空気が入っているみたいだ。
「これは……?」
「ふふん、これは我が魔族に伝わりし秘伝の魔導具――まさか人間に渡す日がこようとはな。オリビア、その輪っかの中に入ってみよ!」
「うん!」
オリビアが、魔王さんからもらった輪っかの中心に入る。
ちょうどオリビアがすっぽり入れる大きさの穴で、ぷにぷにの輪っかを持ち上げるとまるでスカートみたいだ。
「うわっはっは、よいぞオリビア! そのまま湖に入ってみるがよい!」
「えっ、でもオリビアちゃんと泳げないかも……」
「リュカさんもついていますし、大丈夫。それにその我らが魔族の誇る魔導具さえあれば、多分先ほどのようなことにはならないかと」
「うむうむ、リュカには感謝であるな! マジで」
輪っかは、水玉模様。
いくつかは猫さんの顔の形だ。魔王さんが化けた黒猫にちょっと似ている。
オリビアがおそるおそる湖に入る。
さっき「ぶくぶく」と沈んで行ってしまったあたり――オリビアの足が水底につかなくなるギリギリまでいくと。
「わ、わわぁ! パパ、見て! 浮いた、浮いたよ!」
オリビアが、輪っかに掴まったままで水の上に浮いている。
水の流れにあわせて、ぷかぷか。
もうすっかり足のつかないところまで行っているはずなのに、オリビアは楽しそうにしている。
周囲の生徒たちが、オリビアと輪っかを見て「すごい」「いいなぁ!」と顔を見合わせている。
「わっははは~、見たか小さき人間の娘たち! これが我らが魔族に伝わる魔導具――『浮き輪』であるっ!」
魔王さんは高笑いをして、ご機嫌だ。
フルーツたっぷりのドリンクを片手に、えっへんと胸をはっている。
「だ、堕落でありまする……!」
「うっははは、リュカも使いたいという顔をしておるな?」
「いらない」
「あう、そ、そう?」
「マレちゃん、こういうズルばかりするのはどうかと……」
「ズルじゃないし!」
「わらわ、もう授業に戻る。水練の指導役を先生方に仰せつかっておるゆえ!」
「あう、さすがであるな……いってら!」
魔王さんとリュカちゃんは、もうすっかり軽口を叩き合える仲みたいだ。
リュカちゃんを待っていた子たちが、わぁっと歓声をあげた。リュカちゃん、さっきボクたちを助けてくれた一連のことですっかりみんなからの尊敬を集めているみたい。リュカちゃんもまんざらではないのか、丁寧に水泳を教えてあげているみたいだ。よかった、よかった。
ボクがほほえましくそのの様子を眺めていると――……。
「……というか、古代竜」
「え? なんだい、魔王さん」
「いや。おぬしがずぶ濡れのまま立ってると、こう、目の毒的な?」
「毒!? ボク、毒とか吐かないタイプのドラゴンだよ!?」
「あうっ、そうじゃなくて! こう……おませなチャイルドたちやら館のメイドさんやらから熱い視線が送られておるぞ?」
「え?」
館から子どもたちのお世話のためにやってきたメイドさんたち。
それに、オリビアの同級生たちの何人かがほっぺたを染めてボクのことをチラチラと見ている。
「水も滴るいい男……というのは本当ね」
「でも、殿方に心奪われるなんてはしたないですわ」
「あの角を生やした子……やはり魔族よね……あんなはしたない格好を……」
「でも、似合ってますね。素敵」
こそこそ、ひそひそ。
濡れたまま立っているのは、どうやらちょっと目立っちゃうみたいだ。
「というわけで! クラウリアッ!」
「はい、マレーディア様! さあ、古代竜殿。こちらへ」
クラウリアさんが、ボクの手を引っ張る。
向かうのは、湖畔のお館。
「え? え?」
「実は、マレーディア様が本日のために魔族専用の通信販売組織ヤバゾンから取り寄せてあるのですよ――古代竜殿用の水着を!」
「ぼ、ボクの!?」
初夏の湖で、水着。オリビアと一緒に、湖水浴。まるで、家族旅行みたいっていうか。
それって――すごく、楽しいのでは!?
【七天秘宝】の探索というオリビアの任務を忘れたわけじゃないけれど、ボクもすこしは浮かれていいよね?
***
「とてもお似合いですよ、古代竜殿!」
「そ、そうかなぁ?」
魔王さんが選んでくれたという水着は、ハート印がたくさんついた可愛いデザインだった。膝くらいまである半ズボンで、ツルツルした素材。色は、真っ赤。
これ、ボクに似合っているんだろうか……ちょっと照れくさい気持ちで湖畔に戻ると、魔王さんが嬉しそうに手を叩いて大笑いしていた。
「うっははは! 似合っておるぞ~古代竜~!」
「ほんと?」
「ええ、とても!」
「そうかなぁ……」
ふだん目立たないローブを着ているボクには、ちょっと派手すぎないかな。
いや、まあ、ドラゴンの姿のボクは確かに赤いけれど。
そもそも、上半身に着るものがないのは、なんだか心もとない。思わずもじもじしてしまう。
けれど。
「あ、パパ! 水着だ!」
湖からあがってきたオリビアが、ボクの姿を見て声をはずませる。
「オリビアっ」
「パパ。その水着、とっても可愛いね。オリビア、その水着好きっ!」
「魔王さん、えらんでくれてありがとうっ!!」
その一言で、水着はボクのお気に入りになった。
書籍版1巻、そろそろ書店にも出回っております。
コミカライズも決定しております、どうぞお楽しみに!