ドラゴン、遠足に行く~1日目~④
ボクの服をちょいちょいと引っ張ったのは、デイジーちゃんだった。
「おじさま」
「デイジーちゃん」
「あの、さっきはアンナがごめんなさい……マレーディアさんに謝りたいのですが」
「アンナさんと知り合いなの?」
デイジーちゃんは、こくんとうなずいた。
「ここは、我が家の――パレストリアの別邸なのですが」
「ええ、デイジーちゃんのお家の!!」
「は、はい。母もフローレンス女学院の出身で、別邸を今回の遠足に……と名乗り出たそうで」
「そうだったんだね」
ニンゲンたちが決めた「貴族」という家の出身だ。
デイジーちゃんは、今まで家族と温かい食卓を囲んだことがない……と、去年ボクらの家に遊びに来たときに言っていた。
家のことを話すデイジーちゃんは、なんとなく浮かない表情をしている。
「その、我が家もそうですけれど、王族や貴族といった人たちは、魔族や半魔の方たちを非常に、その、蔑んでいるんです……」
デイジーちゃんは、とっても恥ずかしそうに俯く。
ボクは、びっくりしてしまうと同時に、納得した。
さっきのアンナさんの言葉。
それと、魔王さんの頭から生えている大きな角を見るときに、生徒たちがたまに見せる戸惑ったような視線。
リュカちゃんをはじめ、ボクたちと仲良くしてくれる生徒は、もちろん魔王さんのことも友達だって思ってくれているけど――きっと、あの子たちは「貴族」の出身なんだろう。
貴族って、いったいなんだろう。
魔王さんが魔族だっていうだけで、悪いもののように扱うなんて。
魔王さんとニンゲンが喧嘩してたのって、もう千年は昔の話だって聞いた。そんなに昔だったら、魔王さんと直接会ったことがあるニンゲンは、とっくに寿命を迎えているに違いないのに。
「さげ、すんで……?」
「お恥ずかしい話です。あの、マレーディアさんやクラウリアさんと仲良くなれば、すぐに魔族だってわたくしたちと同じように、笑ったり泣いたりするとわかるのに……でも、わたくしも最初は、マレーディアさんの角が怖くてしかたなくて――」
「怖い、か」
ボクの姿――ドラゴンとしての、大きくて強い姿を見たとき、ニンゲンはいつも「ぎゃあ!」と叫んでいた。
挨拶かなと思っていたけど、今ならわかる。あれは、ボクを怖がっていたんだ。
ニンゲンは、自分と違うものを恐れる。
ボクがニンゲンに危害を加えるつもりはなくても、ボクがボクでいるだけで――ニンゲンにとっては怖いんだろう。
デイジーちゃんいわく、魔族だけじゃなく、魔族の血を引く人間たちも差別の対象になっているらしい。
たとえば、希望する職業――国の重要な役割にはつけないとか。貴族に近づいちゃいけないとか。
「申し訳ございません、おじさま。わたくしは――」
「ところで、デイジーちゃん」
「は、はい」
「その……貴族っていうのは、いったい何なんだい? 魔族とは違うんだよね?」
オリビアに読んであげた物語本にも、「貴族」は出てきたけれど――ずっと、エルフさんたちとかドワーフさんたちみたいな、何かの種族だと思ってたんだよね。
「そ、そこからですか!?」
デイジーちゃんは、目を真ん丸にして、ちょっとだけ笑ってくれた。
デイジーちゃんが教えてくれた。もとは魔王さんたちの軍をしりぞけて、魔王さんのお城――いまボクたちが住んでいるお家を封印したときの勇者一行の子孫が「貴族」と呼ばれているんだそうだ。
そうかぁ。もともと喧嘩していたもの同士だものなぁ。
「仲良くなれるといいんだけど」
ボクは、はふんと溜息をついた。
そして、デイジーちゃんに目線を合わせるようにかがんで、丁寧にお礼を言う。
「お話してくれてありがとう、デイジーちゃん。話しにくいことだっただろうに」
「い、いえ!」
デイジーちゃんは顔をぽっと赤らめて首を振る。
「おじさまに相談すれば、何かうまくいくような気がして……」
ずいぶんと信頼してもらっているようだ。
ありがとう、デイジーちゃん。
「あの、オリビアちゃんの【七天秘宝】探しでてつだえることがあれば、わたくしも何でもお手伝いしますので!」
きらきら、まっすぐな目。
オリビアは、いいお友達をもったな。
ボクは、そう思うだけでさわやかな気持ちに包まれた。
8月31日、書籍版1巻発売です。
よろしくお願いいたします。