ドラゴン、読みきかせ(古代言語)をする。
娘にカッコいいところを見せられれるって、こんなに嬉しいんだ。
長く生きているもんだなあ。
ボクは、「えっ」と驚きの声をあげた。
その驚きは、どちらかといえば嬉しい驚きのほうだった。
「オリビアの、教育係?」
魔王さんからの申し出は、意外なものだった。
オリビアが魔導書図書館の虫干しをする報酬に、魔王さんとクラウリアさんがオリビアの教育係をしてくれるというのだ。どうやら、この間の図書館での騒動――オリビア(天才的なウチの娘!)が、魔導書を読み解いて大蜘蛛を召喚したことをうけて、考えてくれたことらしい。
「あうぅ。また我が図書館で妙なことされてはたまらないからな……そうなる前に、この魔王マレーディアが自ら図書館にある魔導書を使ってレクチャーしてやろうというのであるっ! ふふん、ありがたいと思いなねっ!」
「はい。わたしは我が魔王マレーディア様とは乳母姉妹の関係です。力ある者には、しかるべき教育を……これは、魔族であろうと人間であろうと変わることはない真理といえましょう」
「うむっ、このクラウリアの申したとおりであるっ」
「それは、ありがたいことですけれど」
なにせ、ボクはドラゴン。ニンゲンの常識にうといから。
魔族のみなさんのほうが、まだニンゲンのことを知っているかもしれない。なんか、昔、ニンゲンの住んでいるところに大軍で遊びに行ったりしていたみたいだし。特に魔王さんは、勇者さんとも個人的にやりとりをしていたようだし。喧嘩別れは残念だったけれどね。
でも、とボクはオリビアを見る。
ボクとしてみたら、魔王さんの申し出は嬉しい。でもそれは、「オリビアが喜んでくれるのなら」という注意書き付きだ。
ニンゲンの育児書にもこう書いてあった。「習い事は、子どもの意思を尊重すること」って。貴族の家系だとそうもいかない、的なことが書いてあったけれど、ボクは貴族じゃないしね。オリビアには、普通の幸せを手に入れてほしい。
ボクたちのやり取りを聞いていたオリビアは、キラキラとオリーブ色の瞳を輝かせる。
「お姉ちゃんたち、遊んでくれるのっ」
「あうっ!? 遊ぶのではない、教育だ。難解な魔導書を読む、厳しい訓練になるぞっ!」
「わぁい、わぁいっ! オリビアお姉さんたちと遊びたいーっ。パパ、いいでしょう?」
「だ、だからぁっ!」
オリビアは、大喜びしながら魔王さんに抱き着いている。
「あうぅ。だ、抱き着くなよう。く、クラウリアたすけて~」
「ふふふ、まるで妹ができたようですね。ずいぶん長くお城に籠られておいででしたのに……このクラウリア、なんだか嬉しいです」
うん、魔王さんもクラウリアさんも喜んでいるみたいだ。
そうなれば、返事はひとつ。
「じゃあ、オリビア。魔王さんたちの言うことをちゃんと聞くんだよ」
「はぁいっ!」
オリビアは元気よく手を挙げる。
うん、友達ができるのはいいことだ。
嬉しそうなオリビアの様子に頬がほころんでしまう。ニンゲンの身体って、嬉しいと自然に笑ってしまうんだなと実感した。オリビアが、いつも笑顔でいられますように。
***
ボク、料理の腕があがる。
オリビアはボクが作る料理をなんでも食べてくれるし、「パパ、おいしいよ!」と笑顔を見せてくれる。そんな日々が何年か続いて、近頃はオリビアの教育係を申し出てくれている魔王さんやクラウリアさんも一緒に食卓を囲むことが増えていた。
ふたりも、「おいしい、おいしい」と食べてくれるので、ボクには意外と料理をする才能があるのかもしれない。何千年もひとりで生きていたので、気づかなかったな。
「パパ」
もう、はちみつを食べても絶対に大丈夫なくらいに大きくなったオリビアは、それでも毎晩ボクの寝室にやってくる。手には、毎晩ちがう本を持っている。
「オリビア。自分のベッドがあるだろう」
ボクの部屋は、かつて魔族の軍の室内修練場として使われていた運動場を使っている。
眠っている間に、万が一にも寝ぼけてドラゴンの姿になってしまっては大変だからだ。幸い、この数年、一度もそんなことはなかったけれど……ああ、でも。何百年か昔に寝ぼけて地面にうんと大きい穴を掘ったことがあるっけ。今でも湖として残っているその穴は、『神龍泉トリトニス』って呼ばれてニンゲンたちの聖地になっているとクラウリアさんから教えられた。恥ずかしいなあ、もう……。
「でも、パパと一緒に寝たいの」
「うーん、じゃあ今日だけだよ」
ちなみにこの「今日だけ」は、何年も続いている。
本当は、ニンゲンの娘はひとりで眠るようにならないといけない。ずっとパパと一緒に寝ているのは良くないと育児書にも書いてあるのだけれど……オリビアの寝顔を見ると、ボクも「大きくなる、あと少しの間だけ」なんて思ってしまうのだ。
「パパ、今日はこれ読んでほしいの」
「新しい本だね」
これ、とオリビアが差し出してきたのは、きれいな装丁のとても立派な本だ。ニンゲンの赤ちゃんならこの本をベッドにしてもいいくらいに大きい。
ボクは受け取ったそれを膝の上で開く。本当はニンゲンは大きくて重い本を置くための書見台を使うのだけれど、ボクの力だとその本はそんなに重くもない。
……というか、オリビアもずいぶんと軽々とこの本を持ってきたな。
ああ。最近は、魔族の騎士団長だったクラウリアさんに剣術や体術も習っているみたいだから、その成果かな。
健康はいいことだよね。
「魔王さんと読まなかったの?」
「マレーディアお姉ちゃん、読めないんだって」
「へえ?」
読めない。
魔王さんは、図書館をあんなに大事にしているくらいだから博識だろうに……そう思いながら、ボクは本に目を通す。
「ああ、なるほど」
それは、古代エリアル文字だった。
今から何千年も前に滅んでしまった文字だ、懐かしいなあ。
基本的にはお山で暮らしていたボクだけれどニンゲンたちが使う文字はこの神嶺オリュンピアスに「ほうのう」とかいう名目で持ち込まれることが多かったので、だいたい読める。今になって思えば、あれは「奉納」だったんだな。
オリビアと暮らすようになって、ボクもニンゲンのことが少しわかるようになってきた。
「そうか、魔王さんたちはまだ生まれてなかったんだね」
「昔の文字なの?」
「うん。パパがまだ若かったときの」
「パパは今も若いよっ!」
オリビアが声を張り上げる。
あまりに必死な様子に、ボクは思わず吹き出してしまった。
「そうか。パパはまだ若いかな……ありがとう、オリビア」
「えへへ。ねえ、読んで読んで~」
「うん。じゃあ折角だから、古代エリアル文字を教えてあげようかな」
「ほんとにっ」
「眠るまでの、ちょっとだけね」
「わぁい、パパとお勉強っ!」
オリビアは、最初の日よりもうんと大きくなった身体で本とボクの間に潜り込んでくる。短くザンバラに切られていた髪も、長く伸びた。ていねいに手入れをしているから、オリビアが動くたびに、さらさらと揺れる。
どこからどう見ても、ニンゲンの女の子だ。
ボクは、改めてその事実にホッとしつつ書物に視線を落とした。
「ええと、古代エリアル文字はひとつの記号にひとつの意味が割り振られているんだ。この記号。これの意味は……」
「わあ、パパって物知りね!」
ふんふん、と興味深げに文字を追うオリビア。
ほどなくして、うとうとと瞼が落ちてきた頃合いを見計らってボクはそっと本を閉じる。
おやすみ、オリビア。すてきな夢を。
***
その日から、オリビアは図書館の虫干しがてら魔王さんに魔導書を教えてもらって、魔王さんが読めない書物はボクのところに持ってくるようになった。
今のところ、どの本もきちんと読んであげられることにホッとする。娘にカッコいいところを見せられるって、こんなに嬉しいんだ。長く生きているもんだなあ。
――そんな穏やかな日々が、もう何年か続いた。
オリビアは剣術や体術をクラウリアさんから習い、魔導書解読と実践魔法を魔王さんから習った。ボクとは、眠るときのお喋りのついでに古代文字を何種類か勉強した。
オリビアは着実に、賢く、強く、そしてとても可愛く美しく成長していった。
いや、まあ、もともと、すっっっごく可愛いんだけどね!
前回のタイトルは『図書館ドラゴンは火を吹かない』という面白いラノベのタイトルのオマージュでした。
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