ドラゴンと遠足前夜。②
眠れないのは誰?
真夜中。
オリビアのベッドですやすや眠っていたボクのしっぽを、てしてし叩く気配。
誰だろう。
「んー?」
「古代竜よ」
「……うーん……魔王さん?」
黒猫姿の魔王さんだった。
ちなみに、ベッドの中のオリビアはとってもよく眠っている。
就寝時間前までは、「明日が楽しみで眠れないかもしれないよっ!」とらんらんと目を輝かせていたのだけれど、ボクと一緒にベッドに入ったらほんの少しお喋りしているあいだに、すぅすぅ可愛い寝息を立ててしまった。どうやら、慣れないお菓子作りでいい感じに疲れたみたいだ。
魔王さんの好きな生姜クッキーや、オリビアのための誕生日ケーキなど、今では色々なお菓子が作れるボク。今日だって、おぼつかない手つきの子のお手伝いをしたりもしたけれど――はじめてお菓子を作ったときは大変だったな。粉を計るのも大変だったし、オーブンで焼かれているお菓子をずっとオーブンの前で見守っていたりするのも大変だった。
いまでは、べつにオーブンの扉を睨んでいなくてもお菓子はちゃんと焼きあがるって知っているけれど、とにかく最初は疲れたものだ。でも、お菓子作りをお友達と楽しむオリビアは最高に可愛かったな、うん、本当にかわいかった。
「古代竜……なんかめちゃくちゃにやけてない……?」
「えっ、あ、ごめんね魔王さん! どうしたの?」
「あう。我らの”ともだち”が眠れないようだから、ついでに古代竜も起こしてやろうと思っただけだぞ!」
「えー……」
「どうせ一晩寝ないくらい変わらないのであろう?」
「まぁ。そうだけど……って、ボクらの友だちってことはリュカちゃん?」
同じ部屋の逆側の壁に沿うように置かれたベッド。
そこに、リュカちゃんが横たわっている。
明かりを消した部屋のなか、ボクは夜昼関係なく遠くまでよくみえる竜の目でじっとリュカちゃんを見つめる。
すぅ、すぅ……という息が聞こえてくる。
規則的な、呼吸。
あれ、ちゃんと寝てるんじゃない?
そう思って、ボクはパタパタと暗闇を飛び上がる――と。
「わぉ!」
カッ! と音が聞こえてきそうなくらいに、リュカちゃんが目を見開いていたのだ。
ギンギンに目が開いている。
うっわあ、びっくりした。
「どうしたの、リュカちゃん?」
「べつに、なんでもありませぬ。わらわは、別に明日の遠足が楽しみで眠れないわけではっ!」
明日の遠足が楽しみで眠れないんだな……。
魔王さんが、リュカちゃんのふとんにぴょんと飛び乗る――と、ぽふんと音を立てていつものニンゲンの姿にもどる。
「マレちゃん?」
「あう……ほれ、行くぞ。リュカ。こういうときは友達を頼ってくれてもいいのだぞぅ? それに、眠れないのにお布団でもんもんとしているのも馬鹿らしいしね!」
「む……」
「あう……古代竜の作るホットミルクは甘くてうまいからな。あれを飲めばよく眠れるだろ。我ってば、名案であるっ!」
「魔王さん」
それで、ボクを起こしてくれたんだ。
ボクはすやすや眠っている愛娘を起こさないように、オリビアのほっぺにキスをする。
すぐに戻ってくるから、いい夢を見ていてね。
***
温かくてはちみつたっぷりのミルクを、三人でならんで舐めた。
寮についているキッチンの道具と備蓄のミルクとはちみつを拝借したのだ。
リュカちゃんのギンギンだった目も、少しばかりとろとろしてきた。
「ふふん、どうだ。古代竜のホットミルクは効果てきめんであろう? ふぁーあ……」
「マレちゃんのほうが眠くなっている……」
ふふふ、とお互いに笑いあう魔王さんとリュカちゃん。
「ふっふっふ。リュカちゃん、そんなに明日の遠足が楽しみだったんだねぇ~」
「はうっ!」
「はうっ!」
すごい目で睨まれた。
魔王さんとリュカちゃん両方に。
「だからっ、わらわはそういうんではありませぬ! ただ、【七天秘宝】をしっかり見つけねばという使命感が!」
「あうううう我だって違うしっ! 別に明日が楽しみで目が冴えてるところに、リュカも眠れなさそうにしているからシメシメと思ったりしてなかったし! というか、古代竜っ! そういうのは思っていても言っちゃダメなのだぞデーーリーーカーシイーー!!!」
魔王さんは呪文をとなえた。
特に何も起こらなかった。
二人を部屋に返して、ボクはお鍋やカップの片づけを。
洗い物はニンゲンの姿の方が楽なので、そうする。
明日は晴れるかな。
遠足だから、晴れるといいな。
まぁ、晴れなかったら雲なんてフッて吹き飛ばしちゃうけど。
そんなことを考えて、ボクも明日の遠足をとっても楽しみにしていることを自覚する。
何千、何万年も生きているのに――ボクは、明日が楽しみだ。
「……うふふ」
みんなで作ったお菓子、楽しみだなぁ。
そんなことを考えて、思わず笑みがこぼれてしまうほっぺた。
さて、そろそろ寝ようか。
そう思っていたら。
「……ぱぱぁ?」
「オリビア!」
眠い目をこすりこすり、学院指定のパジャマ姿のオリビアがキッチンの入り口に立っていた。
「どうしたの、オリビア。起きちゃった?」
「うぅん、リュカちゃんがね。さっきお部屋に帰ってきてやっと寝たみたいで……ふゎ」
とことこと、洗い台にいるボクのところに寄ってくる。
そうして、ちょこっとだけ背伸びをしてボクが洗っているマグカップをひょいっと取り上げると、布で拭いて食器棚にしまいにいってしまった。
「ありがとう、オリビア」
「えへへ、はやくパパも寝よう? パパ、明日の遠足が楽しみで眠れなくなっちゃった?」
「あはは、うん。そうかもしれないね」
オリビアも去年初めて行った遠足の前日には、胸がどきどきして眠れなくなってしまったのだそうだ。
手を繋いで部屋に戻る。
オリビアはまだ半分眠っているみたいに、ぽわぽわしている。
部屋につく。
ボクはぬいぐるみサイズのドラゴンの姿でベッドにもぐりこむ。
「……おやすみ、オリビア」
「おやすみぃ……ぱぱぁ……」
よく聞こえる、竜の耳を澄ます。
すゃすゃ、という安らかな寝息がすぐに聞こえてくる。
寮のそこかしこで、こっそりおしゃべりする声や落ち着かない寝がえりをしている音がする。
ああ、みんな明日が楽しみで、わくわくそわそわしているんだな。
窓の外からは風の音も聞こえない。
うん、明日は晴れそうだ。
ボクは、改めて目を閉じる。
遠足、楽しみだなぁ。
8月31日、書籍版第1巻が発売となります。
どうぞよろしくお願い申し上げます!
飛び上がるぐらい可愛い挿絵が続々届いていますので、どうぞお楽しみに!
ぜひ書店でのご予約等をお願いいたします。




