ドラゴン、抱きしめる。
「リュカちゃん、おはよう!」
「……おはようございます、オリビアお姉さま。では、わらわは先に学習室にまいります。他愛のない試験内容とはいえ、今は大切な試験中ですゆえ」
「あっ」
リュカちゃんは、オリビアのほうをちらりとも見ずに駆け出してしまった。
こんなやりとりが、テスト期間中ずっと続いていた。
オリビアとリュカちゃんが、フィリスさんやエスメラルダさんに呼び出された日からずっと。
* * *
「まぁ……そんなことがあったんですのね」
「そうなんだぁ……なんだかオリビア、リュカちゃんに避けられてるみたいで寮でもお話してくれないんだよね……」
テスト最終日。
春学期の最初の試験である【花の試験】をすべて終えたオリビアは、校舎の中庭でデイジーちゃんとセラフィちゃんとお話をしていた。
ボクは、ちょっと離れたところでお日様にあたりつつ、オリビアたちの話を聞いている。
リュカちゃんは、オリビアが【七天秘宝】の探索者に選ばれてからというもの、とってもオリビアに対してよそよそしくなってしまったのだ。
もちろん、テスト中だというのもあったけど、フォンテーヌ寮の部屋にもほとんど戻ってこなくて、真夜中に帰ってきて、夜明け前に談話室に行ってしまうような感じだった。
ボク、寝不足が心配。
リュカちゃんも、いつもぬいぐるみみたいに小脇に抱えて持ち運ばれてる、魔王さんも。
「マレーディア様は、ああ見えてタフですから心配はないかと。最近は運ばれながらよくお眠りになられてますし」
「クラウリアさんがそう言うなら、大丈夫かなぁ」
ボクの背中で羽根を休めている、鷹の姿に化けているモフモフのクラウリアさん。
つむつむと重なってお喋りができるのは、この姿のいいところだなと思う。
「リュカさんは、もしかしたら悔しいのかもしれませんわね……」
「悔しい?」
「彼女はとっても優秀でしょう? もちろん、オリビアちゃんもすっごくすっごく優秀だけれど……リュカさんはオリビアちゃんのことを『ライバル』だと思っているのかも」
「らいばる……」
デイジーちゃんの言葉に、オリビアはリュカちゃんとお友達になりたいだけなのに……としょぼしょぼしているオリビア。
くるくるとお茶に入れた砂糖をかき回していたセラフィちゃんが、ふと口を開く。
「……僕はリュカの気持もわかる気がします」
セラフィちゃんは、エルフの賢い女王様でこの学院の理事長フィリスさんの娘さんだ。
フィリスさんは、本来のセラフィちゃんが得意な植物に関する魔法ではなくて、フローレンス一族の光の魔法の修行をさせたがっていた。
それが原因で、セラフィちゃんは学院に入学することもままならないくらいに、悩んでいた。
フィリスさんも、セラフィちゃんも。
「エスメラルダ様は、母上の古くからのお友達なんです。僕が小さいころからお会いする機会が多かったのですが、リュカはいつもエスメラルダ様にぺったりくっついて、それなのに……なんというか……甘えたりはしていなさそうでしたね」
「なるほど。リュカさんにとって、エスメラルダ様はあくまで師匠……そうなると甘えることは難しいかもしれませんね」
「どうして?」
「お母さまと師匠は違いますもの」
「だから、オリビアさんが【七天秘宝】の探索者で、リュカが補佐ってエスメラルダ様に直接『指名』されたら……きっとリュカは、オリビアさんにエスメラルダ様をとられたって思ったんじゃないかなと」
「ええっ、オリビアそんなことしないのに……!」
「リュカさんの心の話ですわね、どちらかというと」
「はい。だから僕は……いまはリュカをそっとしておくといいって思います」
セラフィちゃんは、言葉を選んで話している。
オリビアも、うんうんと頷きながら聞いている。
けれども、やっぱりしょんぼりしている。
「明日から3日間は【花の試験】のあとのお休みですから、オリビアもゆっくりするといいですわ」
「……うん」
「あの、【七天秘宝】探し、僕らも手伝えることがあったら手伝いますから!」
「うん……ありがとう、デイジーちゃん、セラフィちゃん!」
* * *
「ねえ、パパ」
「なんだい、オリビア」
その夜。
フローレンス女学院に3つある寮のうちのひとつ、オリビアが暮らしているフォンテーヌ寮の中庭。
月夜に照らされる泉のほとりで、オリビアとボクは夜風にあたっていた。
「……オリビア、リュカちゃんとまた仲良くなれるかなぁ」
不安そうなオリビアの声。
たくさんのお友達に囲まれて学園生活を送ってきたオリビア。
きっと、リュカちゃんとの関係は、オリビアにとって初めての「悩み」なのかもしれない。
ニンゲンの子どもが大人になるときに、こうして他の人とぶつかって、歩み寄って、ちょっと離れて、また仲良くなって……。
こういうのを、『思春期』っていうんだって、『子供から大人へ~思春期の我が子への接し方~』っていう育児書に書いてあった。
オリビアが大きくなるにつれて、ボクが読む育児書も変わっていく。
それは、オリビアが少しずつ大人に近づいているってことだ。
オリビアは、変わっていく。
オリビアを取り巻く環境も、変わっていく。
そして、もしかしたら、永い永い時間を生きてきたボクも、オリビアと一緒に変わっていく。
――ぽふん。
ボクは、ちっちゃいドラゴンの姿から、ニンゲンの姿に――オリビアのパパになろうと決めてから、ずっと過ごしてきた姿に変化する。
隣に座るオリビアのまあるい頭。
それは、去年の今頃よりもずっとボクの近くにある。
大きくなったんだねぇ、オリビア。
「……ぱぱ?」
ボクは、そっとオリビアを抱きしめる。
オリビアがまだ赤ちゃんだった頃、おそるおそる、壊さないように、そっと、そうしていたように。
「ねえ、オリビア。リュカちゃんとうまくいくように、パパも応援してる」
「……うん」
「オリビアはパパの大切な自慢の娘だし、リュカちゃんはボクの友達だからね」
でもね、と。
ボクは、一番大切なメッセージをオリビアに伝える。
「もしもリュカちゃんと上手くいかなくても、オリビアがとっても悲しくなってしまっても。パパはいつだって、どんなことがあったって、オリビアの味方だからね」
「……っ!」
そう。
いつだって。
何があったって。
ボクはオリビアの味方だ。
だってボクは――オリビアのパパだから。
「パパ、ありがとう」
ぎゅう、とオリビアがボクに抱き着いてくる。
まるで、小さな赤ちゃんみたいだ。
オリビアは大きくなって、たくさん友達がいて。
でも、まだまだ、子どもなんだよね。
ボクは黙ってオリビアの背中をさすってあげる。
お月様が、とっても丸かった。
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第8回ネット小説大賞受賞作です!
マイクロマガジン社様からの書籍化作業頑張っていますー。
書下ろしふくめ、とっても可愛い本になりそうですのでどうぞお楽しみに。




