ドラゴン、差し入れをもらう。
「エスメラルダさん!」
「……うむ。励んでおるか、おまえたち」
学習室にやってきたのは、エスメラルダさんだった。
すらりと背が高い、するどい表情の女の人。
リュカちゃんの師匠である。
「エスメラルダさまっ!」
学習室の片隅で、魔王さんをひざにのせて黙々と勉強していたリュカちゃんがぴゅーっと走ってきた。
目をキラキラさせて、でも、ちょっとだけ焦っているみたいだ。
「エスメラルダ様、いらっしゃるのがわかっておりましたら、リュカがお迎えにあがりましたのにっ!」
「リュカ。よいよい、明日からテストであろう。よく励んでいるのか?」
「はいっ! くだらぬ友人関係などにうつつをぬかすことなく、リュカは頑張っておりますっ!」
「……。そう、か」
エスメラルダさんは、ちょっとだけ寂しそうな顔をした……気がする。
黒い髪に、
まるで絵本に出てくる魔女みたいなドレスには、ちょっとチグハグな紙袋をたくさん抱えているけれど……あれ、なんだろう?
「はっ! エスメラルダ様、そちらのお荷物はなんでございましょう! わらわが今まで通り付き人をしておりましたら、エスメラルダ様にそのような荷物を持たせるようなことはせずにすむにも関わらず……はやくリュカが【王の学徒】に……!」
「む、あぁ……これはな……」
なんだか、紙袋を出しにくそうにしているエスメラルダさん。
足もとに、黒い影……というか、黒猫の姿の魔王さんが忍び寄っている。
「あぅうぅ……我の鼻はごまかせんぞぅ、この女! 美味しそうなものをもっておる!」
「なっ、マレちゃんっ、いかんぞ! エスメラルダ様に無体を働くでないっ!」
あ、魔王様、リュカちゃんにマレちゃんって呼ばれているんだ。
最近すごく仲良しだもんね、あの二人。
「む、この黒猫……高位の使い魔か? あぁ、この紙袋は……」
がさごそ。
エスメラルダさんが紙袋から取り出したのは、小さなジャムパンだった。
けっこうな数がある。
「え、エスメラルダ様……これは……?」
「リュカが、今頃……友人と一緒にテスト勉強をしているのではないかと思ってな。みなで食べるように差し入れをしたのだが……」
もごもごと言いにくそうにしている。
リュカちゃんは、学習室にはいたけれど、友達を寄せ付けずにひとりで勉強をしていた。
たぶん、だけれど。
それが、エスメラルダさんは切ないのだと思う。
持ってきたジャムパンの行き場をなくしてしまった……みたいな気持ちなんじゃないだろうか。
もし、オリビアがこんなにたくさんの子どもがいる学院でひとりぼっちで勉強していたら――そう思うと、ボクもすごく、切ない気持ちになってしまった。
リュカちゃんはというと、エスメラルダさんがもごもごしている理由がわからないのか、なんだかキョトンとしている。
すると。
ボクを抱っこしていたオリビアが、ととと……と駆け出して、リュカちゃんの隣に立った。
「わぁ、エスメラルダさん、ありがとう! リュカちゃん、いっしょに食べよう!」
「わわっ! お、オリビアおねえさまっ!?」
「あぅっ! さっすがオリビアじゃな! 我もそう思っていたところじゃ。ちょうど茶も入ったしのぅ」
「……そなたらは」
オリビアの弾んだ声をきっかけに、デイジーちゃんにレナちゃんにケイトちゃん、セラフィちゃんなど、いつもの顔が集まってくる。
リュカちゃんの周りに、ちいさな人だかりができた。
「――……たくさんあるからな、取り合うでないぞ」
「はーい! ねぇ、パパも一緒に食べよう。オリビアのぶん、半分あげる!」
「えっ、いいのかい? オリビアがお食べよ、テスト勉強頑張っているだろ」
「え、え、エスメラルダ様っ、わらわはけっして、たるんではおりませぬ! これはこの者たちが勝手に……!」
ボクたちの会話に、リュカちゃんがあせあせとした様子でエスメラルダさんを見上げる。
その様子に、エスメラルダさんは――
「いや、リュカよ。私は安心したよ、友だちがたくさん出来たようで」
よーく見ないとわからないくらいに、かすかに笑った。
うんうん、同じホゴシャとして、とっても気持ちはわかる。友達と一緒に過ごしているオリビアを見るのは、ボクにとってとっても嬉しいことだから。
それにしても……エスメラルダさん、けっこう顔が怖いタイプなのかもしれない。
すでに、さっきの笑顔が跡形もなく消えているから。というか、わざと怖い顔をしているように、ボクには見えた。
「……こほん。ああ、それから……私が来たのは差し入れの他に、もうひとつ目的がある」
「目的でございますか?」
「うむ。リュカ……それからオリビア。明日のテストが終わったら、学院長室に来るがよい。私とフィリスから話がある」
「話……?」
それって、一体なんだろう?
第8回ネット小説大賞受賞作です。
マイクロマガジン社様からの書籍化作業頑張っていますー。
書下ろしふくめ、とっても可愛い本になりそうですのでどうぞお楽しみに。