ドラゴン、友だちができる。
フローレンス女学院の中庭には、今日も色とりどりのお花が咲き乱れている。
お日さま、ぽかぽか。
「うーん、気持ちがいいなぁ……」
ちいちゃなトカゲさんみたいな姿のまま、中庭のベンチに座って日光浴。
身体がじんわり温まって、ぽかぽかぁ……といい気持ちになってしまう。
目を閉じて、うとうと。
お花のいい香り。
あったかい日差し。
そよそよの風。
とっても、いい気分だ。
「……古代竜か?」
のほほんとしていると、よく知った声が聞こえる。
つやつやの黒い毛なみを日差しで輝かせた魔王さんだった。
猫のお耳をぴこんぴこんとさせている。
「魔王さん」
「うむ……。護衛はどうしたのじゃ、古代竜。授業中じゃろ」
「いま体育の前のお着がえ中だから、ボクは外に出てるんだ。いまはこんな姿だけど、一応ボクはオリビアのパパだしね!」
「おぬし、ラブコメの才能ないのぅ……ま、我は古代竜のそういうところ嫌いじゃないけどな」
「らぶ……? よくわからないけど、魔王さんこそ、リュカちゃんと一緒じゃなくていいの?」
「あー、クラウリアが見張っておる」
「授業は?」
「いやぁ……それがのぅ」
はふん、と魔王さんがため息をつく。
「この子猫ちゃんの姿でいるのも、ちょーっとばかり肩がこってきたな」
ぽふん、と音を立てて魔王さんがいつものニンゲンの姿にもどる。
長くて黒い髪からは大きな羊さんの角が突き出ていて、目は満月みたいな蜜色。
もう何年かしたらオリビアに追い抜かされそうな背丈。
中庭のベンチに腰掛ける魔王さんの姿は、学院の生徒だっていっても違和感がない。
小さくて、かつてニンゲンたちと大きい戦争をしてたなんて信じられない。
ボクも魔王さんにならって、ニンゲンの姿にもどる。
風にふわりと髪をなでられる感触は、久しぶりだ。
5本の指をにぎにぎ。
うん、悪くない。
「で、どうしたの。魔王さん」
「うむ……あの我とキャラのかぶっている娘なのだが、あまりクラスになじめていなくてのぅ……ぼっちというやつじゃ」
「ぼ……ち? お墓かい?」
「ちがうちがう! あー……ひとりぼっち、なんじゃよ」
「えぇ!」
リュカちゃんもオリビアと同じ特待生クラス――つまり、ひとクラスに6人しかいない。
そのなかで、リュカちゃんが……ひとりぼっち?
「うーむ、たしかにちょーっと不穏な感じは日ごろの言動から察しておったのじゃが……あれはつらいのぅ」
「リュカちゃんは、いまどこに?」
「……あそこじゃ」
あそこ、と魔王さんが指をさしたのは中庭のはずれ。
背の高い香木の日陰になっている場所だ。
ちょうど小さな庭師のセラフィちゃんが、隠れるように座っていた場所だ。
周りからはよくよく気をつけないと見えないようになっている。
「授業は?」
「あぅぅ……『こんなくだらない授業、受けていられん!』とかなんとか言ってな。飛び出してしまったのじゃ」
「そう……なんだ……」
「まぁ、たしかに初級の初級みたいな授業じゃったが……でもなぁ……って、古代竜!?」
「リュカちゃーん!」
たまらず、ボクはリュカちゃんの方に駆け寄った。
ボクの姿に一瞬ぎょっとしたリュカちゃんに、
「あ、ごめん。えっと、オリビアのパパだよ」
「こ、古代竜殿……? そうか、驚いてすまなかった」
「ううん。でも……大丈夫?」
「……。大丈夫って、何が」
「その、魔王さんからリュカちゃんが独りぼっちだって聞いたから」
「……ぅ」
背後から、魔王さんの「あうぅ~!? ど直球っ!?」という声が聞こえた気がした。
リュカちゃんは、じっと地面の草をみつめている。
「友達など、いらぬ。わらわがこの学院に来たのは、エスメラルダ様からの命があったからじゃ。この身に流れる竜種の血をもって、エスメラルダ様のような立派な魔法使いに――【王の学徒】となるように、とな」
「その、【王の学徒】っていうのはそんなにすごいことなの? お友達よりも?」
「ふん、オリビアお姉さまを見ればわかるじゃろ。あれは強大な力をもつ魔法使いになる素質がある逸材に与えられる称号じゃ。フローレンス理事長殿の公務に同行することもできるし、なにより国家に認められた立派な地位じゃな。わらわが欲しいのは称号だけ……なのに、あんなにくだらぬ授業なぞ! 友達だって、いらぬ! そんな……くだらない……」
「……。リュカちゃんは、お友達はいたことないの?」
「昔はいたぞ。生まれたころから一緒にそだった友がな。わらわがまだ国にいたころ……国が亜竜の群れに襲われて、わらわを残してみなが滅びてしまうまでは」
ぽそり、と吐き捨てるみたいな言い方に、ボクは「しまった!」と思う。
これはきっと、リュカちゃんの心の柔らかいところだ。
「――エスメラルダ様が、おなじ竜種の血を引くものとしてわらわを引き取って育ててくださった。それ以来、友など作っておらぬ。わらわは、エスメラルダ様に報いたいのじゃ。そしていつか、あの亜竜どもや、それを操っておるやつらを倒したい。だから……友なぞ……」
「……リュカちゃん!」
「わぷっ!?」
気づいたときには、身体が動いていた。
――思わず、リュカちゃんを抱きしめていたのだ。
なんて……なんて、かわいそうに。
こんな小さい身体に、そんなにたくさんの悲しいことをつめこんで……。
「……。古代竜殿……」
「そんな改まらないで! ボクはただの、オリビアのパパだよ」
「じゃあ……パパ殿……。く、くるしいのじゃ」
「あっ! ご、ごめんね……ボク、つい……」
「……。でも、あったかかったのじゃ」
もぎょもぎょ、と呟くリュカちゃん。
ほっぺたを赤くしている姿は、どこにでもいる女の子そのものだ。
それなのに……友達なんていらないなんて。
そんな悲しいこと、いわないで。
「あうぅうぅう~……ひっぐ、ぇっく……っ!」
後ろで聞いていたらしい魔王さんも、大きな目からだばだばと涙をこぼしている。
ててて、と走り寄ってきて、僕と同じようにリュカちゃんをぎゅっと抱きしめる。
ボクは、魔王さんのためにそっと身体を寄せて、場所を作ってあげる。
ぎゅうぎゅう。
魔王さんは、リュカちゃんを力いっぱい抱きしめる。
「わ、わ、我とキャラのかぶっておる娘……! そ、そ、そんな身の上じゃったのかあああぁ……」
「だ、誰っ!?」
「我じゃっ、おぬしのぼでぇがーどのマレーディアじゃっ!」
「ななっ!? この角……やはり魔族……っていうか、やっぱり魔王……」
「そんなことはどーでもよーいっ! おぬし、もっと学園生活をエンジョイするのじゃ! 友達もつくるのじゃ! 困ったことがあれば、我が助けるからぁ~!」
「……。し、しつこいのぅ。わらわは……こう見えても竜人の血を引く東国の姫じゃ。故郷の国はもうないが……。それに、エスメラルダ様の一番弟子。友など……友など……」
きゅう、と小さな手を握りしめているのを、ボクは見た。
ボクの中に、ひとつの言葉が浮かんでくる。
「あっ!」
「な、なんじゃ。いきなり大声を」
「ねぇ。リュカちゃん」
ボクは、とっても素敵なことを思いついて嬉しくなる。
そうだ――だって、ボクたちはもう。
「ボクと友達になってよ」
「……え?」
「えっと、オリビアもきっとリュカちゃんの友達になりたいと思うんだけど、学校ではオリビアはリュカちゃんの『お姉さま』なんだろう? でもボクはただのオリビアのパパだから……リュカちゃん、ボクの友達になってくれるかい?」
「そ……れは……」
「魔王さんも、もう友達だよね?」
「あぅっ!? と、と、友達……我なんかが友達でいいのか……?」
「いいに決まってるよ! ……って、決めるのはリュカちゃんだけど」
ぽかん、とするリュカちゃんが、小さな、小さな声で――
「それは……別にかまわぬが……」
「やったぁ!」
ボクはわーいと諸手をあげる。
リュカちゃんが、ボクの友達になってくれるって!
「ボク、考えてみたらニンゲンのお友達ができるなんて初めてだよ。魔王さんやクラウリアさんはちいちゃい生き物だけどニンゲンとちょっと違うし、なにより家族みたいなものだし……。ありがとう、リュカちゃん!」
「アウ……ナカ、マ……トモ……ダチ……」
「どういたしまして……って! マレーディア殿、ぎ、ぎこちなさすぎじゃろ!?」
リュカちゃんが、フリーズしている魔王さんをがくがく揺さぶる。
ちょうどそのときチャイムが鳴って、体育着に着替えたオリビアが教室から飛び出してきた。
「パパー! 体育館いこー!」
ぶんぶん手を振ってくるオリビアに、ボクはぽんっ!と小さなドラゴンの姿になって手を振りかえす。
魔王さんも、ボクに習ってしゅんっと黒猫の姿に変化した。
「じゃあ、またあとでね。リュカちゃん!」
「う、うむ……またあとで……わらわもこれから授業にもどる……から……」
魔王さんを片手に抱いて、ひらひらと手を振ってくれるリュカちゃん。
なんだか、友達っぽい!
「パパ、どうしたの? とっても嬉しそう」
「うん。実はね、パパにも友達ができたんだ」
「わー、ほんとう? すごいすごい、それってとってもステキだね!」
「オリビアも知ってる子だよ」
「まぁ、おじさまにお友達ですか。素敵です!」
「私もお聞きしたいのだわ!」
「……ぅ」
「デイジーちゃん、ルビーちゃん、それにレナちゃん!」
オリビアの周りには、6人揃ったいつもの顔ぶれ。
リュカちゃんも、クラスの子といつかこんな風に打ち解けられればいいのだけれど。
体育館に向かって歩きながら、ボクはそう思った。
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