ドラゴン、授業をうける。
「一年生は今頃、寮分けをしているんですよね……なんだかドキドキしますね」
教室の席についたデイジーちゃんがオリビアに微笑みかける。
オリビアは、うんうんと頷いて小麦色のおさげ髪を揺らしている。
「うん! オリビアはもう同室の『妹』は決まったけど、デイジーちゃんはまだだもんね」
「えぇ。実は、はりきって部屋にお花まで生けてしまったんですよ……」
「お花! すごい、オリビアにも見せてほしい!」
「じゃあ、授業が終わったら部屋にいらっしゃいますか? 新入寮生の歓迎会まで時間もありますし」
「え、いいの⁉ いくいく、リュカちゃんも誘っていいかな⁉」
「もちろん! 楽しみにしてますね」
「やったー! そしたら、次のおやすみ時間にリュカちゃんのこと誘ってくる!」
「まぁ、オリビアってば気が早いです。わたくしは、レナに声をかけておきますね」
ボクはオリビアの膝に座って、ふたりのやりとりを見上げる。
こういう会話にパパが出るのはよくない、って育児書で読んだからボクは物言わぬドラゴン(ぬいぐるみサイズ)としてちょこんと座っているのである。
読んでてよかった、『〇〇ちゃんのママ/パパと呼ばれたら』!
今度、ウチにオリビアのお友達が来たら、この本に書いてあった通り、食パンの耳を揚げたお菓子を作ってお友達に配るんだ。
絶対外さないおやつ!、って書いてあったし。
そにしても。
オリビアが楽しそうに学校生活を送っているのを、こんなに近くで眺められるなんて。
ボク、もしかしてとっても運がいいかも!
「……こほん。エルドラコさん、パレストリアさん。授業が始まりますよ?」
「はぁい。ごめんなさい、先生」
ちょっぴり注意されて肩をすくめるオリビアも、なんだか新鮮で可愛い。
デイジーちゃん以外にも、特進クラスの子たちとも、それ以外のクラスの子とも楽しそうに過ごしている。
そんな姿を見ると、「ボクの知らない世界でも、オリビアは楽しくやってるんだな」としみじみしてしまう。
前に何度か学校に来たときに同じようなことを感じてほっこりしたけれど……こうして近くにいると、オリビアの楽しい気持ちが伝わってくるようだ。
「それでは、魔法魔術学……2年生のテーマは【光属性】です。はじめていきましょう」
先生が、にっこりと微笑んでクラスの6人に宣言した。
【光属性】、って……魔法にそんな差があるんだ。
ニンゲンって、面白いこと考えるんだね。
* * *
「パレストリアさんは、さすが光属性の魔術を使う一族ですね」
「ありがとうございます、先生」
デイジーちゃんのノートを見て、先生は満足そうにうなずいている。
そして、次にオリビアのノートを見て……。
「エルドラコさんも、完璧ですね……いくつか先生も知らない理論が書いてあるようですが……?」
「えへへ、おうちにある図書館で読んだ本に書いてあったんです」
「まぁ! 勉強熱心ですね。感心です」
オリビア、ほめられた!
小さい頃にいっしょに本を読んだのが、まるで昨日のことみたいに感じる。
ボクのほかにも、魔王さんと本を読んだりしてたし……あの楽しい日々が、オリビアの役に立っている。
――そう考えると、心の中がほかほかのスープみたいに優しい気持ちでいっぱいになる。
「ほかの皆さんのノートも問題なさそうですね。さすが特進クラス!」
先生はニコニコだった。
まだ学年のはじめということで、授業もそこまで進んだことはしていないらしい。
ぱっと手を挙げた赤毛の子は……たしかケイトちゃん。
「ねぇ、せんせ。ちょっとだけ実践の授業もしたいっす!」
「おや……熱心ですね。実践は次回の授業で扱う予定でしたが……」
「へへっ、光属性魔法は厨房でもけっこう使うっすよ。魚の小骨を取るのに手元を光らせたり……」
へぇ、そんな使い方が! こんど、家でもやってみよう。
そういえばケイトちゃんは、たしか宮廷料理人のお家の子だといっていた。
前にもらったクッキー、美味しかったな。
「い、意外と地味な使い方なのですね……」
「料理っちゅうのは地味な下ごしらえが命! って、ウチのお父ちゃんもいつも言ってるっす」
「なるほど、一流の方の言葉ですねぇ」
先生は、ちょっとしみじみしていた。
そして――。
「わかりました、やってみましょうか。手元を照らす……点燈くらいでしたら教室でやっても大丈夫でしょう」
「やったー!」
教室がわっと華やかになる。
みんな、勉強熱心で偉いなぁ。
ボクはほくほくした気持ちになってしまう。
実技は、みんなが教室の前にあつまって行うことになった。
ボクは、オリビアの膝からおりて机のうえに座って見学。
ひとりずつ呪文を唱えていくのだけれど――。
「ぴっかぴかでおねがい、点燈!」
オリビアの声と同時に、指先から眩い光が溢れ出す。
ぺかーと輝く指に、オリビアはけらけら笑っている。
「エルドラコさん! そんな呪文で……な、なんて光量……!!」
やはり、魔力量が尋常じゃないのですね……と驚く先生に、オリビアは慌てて指先の光を小さくする。
「眩しかったですか? ごめんなさい、先生」
「なっ、魔術光を発現させたまま自在に出力をしぼる……!? エルドラコさん、本当に光魔法の初心者ですか!?」
初心者じゃない……とは思う。
ウチ(魔王城)、暗い場所も多いから普段からよく使ってるもんね。
「次はレナちゃんだね!」
「……ん」
こくん、と頷いたレナちゃん。
大きな革張りの本に、羽ペンを走らせている。
自分の順番がおわって、ボクを抱っこしにきたオリビアが教えてくれる。
「あれは、レナちゃんのなんでも帳だよ。字を書いておしゃべりしたり……あと、ああやって魔法陣を描いたりするの!」
「へぇ。魔法陣かぁ」
たしか、ニンゲンが魔法を使うために使うお絵描きだよね。
レナちゃんが両手で抱えるくらいに大きな本、重そうだなぁ。
そんなことを考えていると――
「……ぁ?」
ペンを走らせていたレナちゃんが、大きな目を見開く。
その瞬間に――光の蛇みたいなものが、本からぐにぐに~っと伸び上がった。
まるで、蛸さんの足が大暴れしているみたいだ!
先生が子どもたちをかばいながら叫ぶ。
「あ、あぶない!! みんな、下がってください!!」
「これは……呪文の暴走? あの優秀なレナが……どうして」
レナちゃん以外の子たちは安全な距離に移動できた。
けれど、光の蛸さんの足はどんどん大きくなっている――気がする。
あわ、あわ、となんでも帳を持ったままで固まっているレナちゃん。
「レナちゃん!」
オリビアの声に、とっさに僕の体が動く。
――だいじな娘のだいじなお友達が、あぶない!
「とーーぅっ!」
自分がぬいぐるみサイズなのも忘れて、背中の小さい羽根を羽ばたかせる。
ボクはレナちゃんの持っている、ページが開きっぱなしのなんでも帳に飛びついた。
ぺしぺし、と光の蛸さんが身体に当たったけど、気にしない。
身体全体で、魔法陣を押さえ込む。
光の蛸さんから溢れる魔力は、ボクのおなかに吸収されていく。
うう、おなか一杯。
「レナちゃん、大丈夫?」
ボクが声をかけると……レナちゃんは「はっ!」と我に返って本を閉じた。
ほっ、と一安心。
教室のみんなが、レナちゃんに駆け寄ってくる。
「すごいっす、おじさん!」
「そんな小さい身体なのに」
「オリビアのパパさんがいてよかった……」
へたり込んでしまったレナちゃんを助け起こしながら、みんながボクにお礼を言ってくれる。
けれど、お礼をいわれるほどのことじゃないんだよ。
「無事でよかったよ。オリビアの大切なお友達だからね」
「パパ、ありがとう!」
オリビアにいつもよりも強くぎゅっと抱きしめられて、ちょっと苦しい。
みんな無事で、よかったね。
「………ぁ、りがとぅ」
レナちゃんが、小さい声でボクに囁く。
ぺこり、と頭を下げたレナちゃん。
「……ォリビァのぉとぅさん、すき」
ぽぽっ、と頬っぺたを真っ赤にしたレナちゃんがもじもじとしている。
うんうん、怪我はなさそうだ。
よかった、よかった。
「こんど、レナのかぃたぉもしろぃ話、みせてぁげます……」
レナちゃんの言葉に、みんなが目を輝かせる。
「もしかして、新作!?」
「おじさん、レナちゃんの書くおもしろい話は本当に面白いから楽しみにしてていいよ!」
だって!
なるほど、無口だけど面白い子って言っていたけど……レナちゃんは何かを書いてるんだ。
本、なのかな?
「ありがとう。楽しみにしてるね」
オリビアのおかげで、ボクも今ではすっかり本が大好きだ。
育児書のほかにも、いろんな面白い本があることを知っている。
……って。
レナちゃんの声、初めて聞いた。




