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ドラゴンは眠る ~魔王マレーディアのあうぅな真夜中~

 すやすやと安らかな寝息が、いくつも重なっている。

 フォンテーヌ寮の一室。

 オリビアのベッドはもっちりミニサイズの古代竜と、りりしい鷹の姿になった魔族の女騎士クラウリアと、そして羊の角つきとはいえフワフワの黒猫の姿をとっているかつての魔王マレーディア――。


 ぴくり、と。

 マレーディアの耳が動く。

 猫の耳は敏感だ。

 小さなもの音も、よく拾う。



「う……っ、うぅう……」



 小さな吐息。苦しそうな、声。

 ゆっくりと、小さな黒猫の姿をした魔族の王は瞼をあげる。

 満月色の瞳がきょときょと、動くとその声の主を見つけた。



(……我とキャラがかぶってる娘?)




 うんうんと苦しそうに呻いているのは、マレーディアが潜り込んでいるオリビアのベッドとは逆サイドの壁にぴたりとくっついたベッド。

 その上で眠っている小さな少女からだった。


 夢魔にでも襲われているのだろうか……でも、夢魔軍とか数百年前に解体されちゃったしな~、とボンヤリとねぼけて考えながら、マレーディアは小さな少女を見つめる。

 ほんとうに小さい。

 オリビアも小さいけれど、それより一回り小さい、人の子。


 今はオリビアのために羊角の生えた黒猫の姿になっているマレーディアを、先ほど抱いてこの部屋に運んできた少女の腕は、たしかに小さくて細かった。


 虚勢を張って。

 小さな体を奮い立たせて。

 自信のない自分を隠すような尊大なふるまいをして。



(……あぅ。我が黒歴史を見ている気分っていうか)



 ぐぬぬ、と喉を鳴らしてマレーディアはそっとベッドを抜け出す。

 オリビアや古代竜、そしてクラウリアがすぅやすぅや、と安らかな寝息を立てている、ぬくぬくのベッド。

 そのベッドは心地よかったけれど――ひとりで眠る少女は、きっと彼らより寂しかろう。そのベッドはきっとあちらよりも寒かろう。



「あぅ……仕方ないの。そのように唸っておっては、我の大切な妹分が起きてしまおう? 人の子よ」



 夜の静寂を揺らさぬ声で、ほっそりと呟いたマレーディアの声を聞いた者はいない。

 黒猫の柔らかな肉球が音もたてずにマレーディアを少女の――リュカ・イオエナミのベッドへと運ぶ。



 とす、とも音を立てずによじ登ったベッド。

 そっと覗き込んだリュカの顔は、眉間に深く皺を寄せている。



「幼いものが、そのような顔をするでない」



 固い角が、リュカの柔らかい頬に当たらぬように、マレーディアはその額をすりすりとリュカに擦り付ける。

 額に、頬に、あごに。

 それでも目を覚まさぬリュカは、少しずつ――その唸り声を小さくした。

 深く刻まれた眉間の皺が、消えていく。



 もそもそ、とマレーディアはその小さな身体をリュカの布団に潜り込ませる。

 ひやりとする足に毛皮を押し付けて、体温を分けてやる。


 まるで子猫を抱くような気分になって、なぜだかとても気分がいい。

 娘の体内には、なにやらオリビアに流れる魔力のような――古代竜に似た魔力の波動があるけれど、それはとても不安定で弱いものだ。


 竜の血というのは、ニンゲンたちの間では重要なものだと聞く。

 遠い昔に自分を倒しに来た勇者たちの一行にもそういった血をもったものがいたように記憶している。

 当時は皆がこぞって、魔王マレーディアを倒さんといきり立って城に攻めて来た。


 心細くなかったと言ったらうそになる。


 虚勢を張って。

 小さな体を奮い立たせて。

 自信のない自分を隠すような尊大なふるまいをして。


 マレーディアは戦った――結果は、歴史に刻まれた通りである。



(我には、生まれたときからクラウリアがおった……大きな寝床で小さな体を凍えさせるようなこともなかった。それは幸いなのかもしれんの……)



 あぅ、とマレーディアは大きなあくびをする。

 すっかりと手足をポカポカと温かくしたリュカに、マレーディアは満足げにふむふむとヒゲを動かした。



(うむ、広々としたベッドを一部占領してやったぞ! さっすが、我……魔王の力を……思い知ったかにゃ、むにゃ……)



 マレーディアはそっと瞼を閉じる。

 満月色の瞳を隠して、すぅすぅと寝息を立てる。


 魔王マレーディアのフローレンス女学院の初日の夜は、こうして幕を閉じたのだった。



   * * *



「うわぁ~~~っ!!」


「あ、あうぅ~~~!?」



 ――二日目の朝は、リュカの悲鳴から始まった。

 わなわなと震えて、マレーディアを睨みつけるリュカ。



「な、なんじゃこの猫!! というか、ま、ま、マレーディアじゃよな!?」


「あ、あう、そうじゃが!? そうじゃが!?」



 猫の身体の習性か、おどろいてびぃょ~~んと飛び上がってしまったマレーディアに、すでに起き出して小麦色の髪をとかしていたオリビアが「わぁっ!」と歓声をあげる。

 よく見るとオリビアはすでに制服姿、リュカはまだネグリジェ姿だった。



「わ、わらわは今まで寝坊などしたことないのにっ! 何か面妖な術でもかけたのか、この邪悪な黒猫めっ!!」


「あぅっ!? 失敬な、我はおぬしがうなされておったから――」



 そこまで言って、マレーディアはむぅっと黙り込む。

 知っているのだ。うなされていたことを、バラされることすら――この小さき娘にとっては苦痛であろう。



「ふんっ! 我とキャラのかぶっておる娘に、我との格の違いを見せつけてやったのみよ!」


「な、なんとっ!?」



 むむむ、頬を膨らませているリュカを尻目に、ぷいっとそっぽそむいてオリビアの方にとことこと歩み寄るマレーディア。

 しかし。

 衝撃的な事実を告げられて、またもびぃょ~~んと飛び上がることになる。



「マレーディアお姉ちゃんは、リュカちゃんと一年生の教室に行ってね」


「あぅっ!? な、なぜっ!?」


「今朝早く、学院長殿から伝令がありまして、古代竜殿がオリビアの護衛につくことになりました。それで、マレーディア様と私がリュカさんの護衛に」


「なぜにっ! 学校の守衛は古代竜じゃろ!?」


「まぁでも、それ以前にオリビアさんの保護者は古代竜殿ですし……」


「ぐぅの音も出んわ!!」



 しっぽをぴーんと立てたマレーディアが、ゆっくりとリュカを振り返る。

 寝坊をしてその情報を知らなかったであろうリュカも、じぃっとマレーディアを見つめたままで硬直していた。



 もしかして……我、余計な場所に来ちゃった?

 万年ひきこもりを自認している、小さな体の魔族の王はかりそめの黒猫の姿のまま――こてん、と床に倒れこんだ。

お待たせしました!! 同じ口調の女の子を二人出すと書くのに苦労する、ということを学びました(計画性のない作者)


というわけで、パパとオリビアを主軸にしつつ、リュカちゃんと魔王さんのやりとりも少し挟むことがありますが、どうぞよろしくお願いいたします!



   * * *



【新作です】【日間入りありがとうございます】

<a href="https://ncode.syosetu.com/n0055gd/" target="_blank">『紅茶の魔女』の優雅なる窓際ライフ ~最弱(?)宮廷魔導師は今日もチートをひた隠す~</a>

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― 新着の感想 ―
[一言] 元気100倍になった
[一言] サクサクと最新話まで来ちゃいましたな! まさかマレーディアとクラウリアまで一緒に学園生活とは…(笑) ある意味最強の学園すねww
[良い点] 「ふんっ! 我とキャラのかぶっておる娘に、我との格の違いを見せつけてやったのみよ!」 「な、なんとっ!?」 [一言] 結構メタ発言(?)するマレーディア様。 リュカちゃんとのやりとり楽しみ…
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