ドラゴン、再会する。
「おかえりなさい、オリビア。リュカさん、ようこそフォンテーヌ寮へ!」
出迎えてくれたのは、色とりどりのスカーフをした上級生たちだった。
学年ごとに身に着けるスカーフの色が違うルールになっているらしいから、みんな違う学年の生徒さんだ。
「ただいま帰りました、お姉さまたち!」
オリビアが元気に挨拶をする。
ボクもぺこりと頭を下げて、
「いつもオリビアがお世話になっております!」
と挨拶をした。
いつも、ニンゲンの姿のときにはボクの姿を見ると「きゃー!」と黄色い声をあげている生徒たちが、にこにことボクを見ている。
「まぁ、可愛らしいトカゲさんですわね」
「ごきげんよう、ようこそフォンテーヌ寮へ!」
だって!
なるほど、この姿だとすっかり「トカゲさん」って感じで迎え入れてくれるみたいだ。
リュカちゃんはおもむろに床に膝をつくと、
「本日より世話になる、リュカ・イオエナミじゃ。どうぞよろしく頼む」
と、深々と指をついて頭を下げた。
「まあ! リュカさんは東国からいらしたのでしたね……主席入学者がフォンテーヌ寮に2年連続で入ってくれるなんて、寮監生として鼻が高いわ」
制服にエプロンをつけた上級生がにっこりと微笑む。
「今日は亜竜の群れに学院が襲われるなんていう大変なことがあったから、みんな気持ちが乱れているわ。中庭にある泉のほとりで休んだり、部屋で横になったりしている子が多くて出迎えが少ないのだけれど……正式な入寮式は明日だから、今日はゆっくり休んで頂戴ね。オリビアさん、リュカさんをお部屋に案内して差し上げて」
「はーい、お姉さま!」
寮では先輩のとことを「お姉さま」と呼ぶのがルールなのだと、オリビアが教えてくれた。
「リュカちゃんも、フォンテーヌ寮の子になったからオリビアのこと『お姉さま』って呼んでね」
「なっ!」
「オリビア、ずっと楽しみにしてたんだ。妹がいたらきっと楽しいだろうなって思ってたから!」
「む、むぅ……」
リュカちゃんは口をとがらせている。
「……わ、わらわは、いつかお前から【王の学徒】の資格を奪うものじゃ。だが……先ほど、亜竜の攻撃を一撃で逸らす手腕……あれは、素直にわらわの上を行くチカラじゃった、それは認める……で、でも……」
「リュカちゃん?」
「あ、あんな風に優しく守ってもらったの……はじめてだったんじゃ。エスメラルダ様は、その、厳しいお人だから……」
きっ、と上目遣いにオリビアを見て、リュカちゃんはもごもごと声を震わせる。
「……だから、あり、がとう……オリビアお姉さま」
ああ、そうか。
リュカちゃんが理事長室からずっとオリビアのことをじーっと見ていたのは、お礼が言いたかったんだね。
不器用で意地っ張りだけれど、きっとリュカちゃんは悪い子じゃないんだな。
ボクはそう確信する。
オリビアも同じことを感じたのか、にっこりとリュカちゃんを安心させるような笑みを浮かべて手を差し伸べる。
仲直りの、握手。
「どういたしまして、リュカちゃん! それじゃあ、お部屋に……」
――そのときだった。
人もまばらなフォンテーヌ寮のエントランスホールに、不気味に蠢く黒い影が泥のように湧きだした。
蠢く泥。
底なしの闇。
沼みたいに床に広がる影。
「きゃあ! こ、これは……!?」
寮監生だという生徒さんと何人かの上級生たちが悲鳴を上げる。
うぞうぞ、と蠢く影の水が、ヒトの形にせりあがる……。
あれ?
これ、どこかで見たことあるぞ。オリビアがちいちゃいときに……お家を探しているときに。
「こ、これはエスメラルダ様が使うのと同じ……闇魔法じゃぞ!?」
リュカちゃんが身構える。
そうそう、闇まほー。
だって、たぶんこれは……。
「ふふふ……ふはははは……恐れおののくがよいぞ、ニンゲンたち……!」
ヒトの形が、よく知っている姿になっていく。
大きな羊さんみたいな角。
長くて黒い髪の毛に、小柄な体。
今日は、すっごくかっこいいマントをつけている……魔王さんだ。
「あ、マレーディアお姉ちゃん!」
「あうぅっ!?」
オリビアに名前を呼ばれた瞬間、すっごく格好つけていた魔王さんがいつもの調子で飛び上がる。
「ぶ、無事だったのか、オリビア!」
「うん? オリビアは無事だよ? どうしたの、お姉ちゃん!」
「あうぅっ、どーしたもこーしたもあるか!! 部屋でぼんやりしていたら、大量の亜竜どもが学校のあるほうに飛んでいったから心配でやってきたのじゃぞ!! このかっこいい登場方法、けっこう大変なんだからねっ!?」
魔王さんが、オリビアをぎゅーっと抱きしめた。
そうか、心配して駆けつけてくれたんだ!
「魔王さん、ありがとう!」
「む……こ、古代竜!? なんじゃ、その可愛い姿は……?」
「えっと。色々あって……」
パタパタ飛んでいたボクは、ひとまずリュカちゃんの頭の上に止まる。
と、リュカちゃんがわなわな震え出す。
「……な、なんなのじゃ……マレーディアといえば、はるか昔に封印されたという……」
「あぅ? なんじゃし、この我と喋り方かぶってる小娘」
「ひぁ、や、やるのか!」
じろり、と魔王さんの満月色の瞳で睨まれて、リュカちゃんがぐぐっと身構えて両手に紙切れを掴む。
何かの武器なのかな?
「ふぅ……。申し訳ないです、私は止めたのですが……」
「あ! クラウリアさん」
いつの間にか、魔王さんの横にはクラウリアさんが立っていた。
ピンク色の髪を高く結っていて、よそ行きの格好だ。
「そこのお嬢さん、その符は退魔の符とお見受けいたしました。よかったら、私にぶつけてください」
「……? わ、わらわのことか? では遠慮なく……。とーーう!」
びし! という音をたてて、リュカちゃんの投げた符がクラウリアさんに当たる。
すると。
「わ、わーーーあ、やられたーーー!!(棒)」
クラウリアさんが大げさに飛びのいた。
頭の上に「?」を浮かべているボクたち。
「ほら、マレーディア様も合わせてください」
「あう!? じゃ、じゃがこんな退魔の符程度……」
「いいから。このままでは魔族が攻めて来たと大騒ぎになりますよ」
「あ、あう、そうか……? では……あうーーー!! やーらーれーたー!!(棒)」
魔王さんも倒れこむ。
呆然としているリュカちゃん。
すると。
「まぁ……リュカさん、さすがはエスメラルダ様の一番弟子ですね。魔族を撃退するなんて!」
「助かりました、あぁ怖かった! オリビアさんまで捕まってしまったのですから」
「すごいわ、リュカさん!」
と、上級生たちの注目がリュカちゃんに集まる。
リュカちゃんは、何が起きたかわからずに顔を真っ赤にしてあわあわしていた。
その間に魔王さんとクラウリアさんは、
「あうぅ……屈辱……」
「仕方がないですよ、マレーディア様。オリビアさんが無事でよかったですね」
「べ、べつに心配などしては……」
「影の泉を使って外界にでるなんて何百年ぶりですか?」
「あうっ」
……と、羊角つきの黒猫と鷹の姿になってこそこそと話をしていた。
「えへへ、来てくれてありがと、お姉ちゃんたち!」
と、オリビアがボクと魔王さんをまとめて抱き上げて抱きしめてくれる。
鷹の姿のクラウリアさんも、オリビアの肩にとまっている。
幸い、誰も魔王さんたちの変化には気づいていないみたい。
「お姉ちゃんたちも、あとでオリビアのお部屋にきてね!」
と、オリビアは嬉しそうだ。
魔王さんは、ごろごろと喉を鳴らしている。
……あ。
ボクも小さくなっているから、全員同じ大きさだね!