ドラゴン、パパ殿と呼ばれる。
「では、エルドラコ殿、どうかリュカを頼むぞ……あれは、私の大切な弟子なのでな」
――エスメラルダさんはそんな言葉を残して、フローレンス女学院から去っていった。なんでも、亜竜さんたちの襲撃をオーリツキョーギカイってところに報告するとか、なんとか。
……去り際にボクのしっぽをぷにぷにして、ちょっとだけ笑っていた。初めて会ったときから一度も笑ってなかったエスメラルダさんの笑顔は意外と優し気だった。
「し、師匠の笑顔………珍しすぎるのじゃ……」
と、リュカちゃんがワナワナと震えていた。
* * *
「えーと、オリビアさんはフォンテーヌ寮の生徒さんですね。新入生のリュカさんもそちらに入寮してください。寮分けと入寮式はちょうど明日行う予定でしたから、ちょうどいいですね」
事務員さんがペラペラと書類を見ながら、ボクをちらちら見てくる。
オリビアの頭にしがみついているボクのことが気になるのだろう。
「そちらは、護衛のドラゴンさんですよね、理事長から聞いていますが……その、思っているより可愛いですね」
「えへへ、可愛いって。パパ!」
「ちょっと、触ってみてもいいですか……?」
そわそわしている事務員さんに、
「どうぞー」
と、オリビアが頭を差し出す。
ボクのしっぽをぷにぷにと指でつついた事務員さんが、「おおー!」と感激したような声をあげた。
「この子、屋上で亜竜を追い払ってくれた大きいドラゴンと同じドラゴンなんですか? 本当に?」
「ふふ、『この子』だって」
オリビアがおかしそうに笑った。
ボクのしっぽは、どうやらけっこう触り心地がいいらしい。
ずっと難しい顔をしているリュカちゃんも、そわそわとオリビアとボクのことをうかがっている。ボクのこと、触りたいのかな。
「……おっと! 夢中になってしまいましたね、では寮に行きましょうか」
こほん、と咳払いをした事務員さんが鍵の束から一本鍵をとってボクたちの前を歩きだす。
「リュカちゃん、今日から同室だね。よろしくね!」
「……な、慣れあうつもりはないのじゃ」
リュカちゃんはぷいっとそっぽを向いてしまった。
ふたつに結んだ黒い髪の毛と赤いリボンが、歩くたびにぽよぽよ跳ねている。
ぽよん、ぽよん。……面白いなぁ。
じーっとリュカちゃんの髪の毛の動きを見ていたら、寮が見えてきた。
あたりを見回すと、同じような建物が三つ。
どれも、フローレンス女学院の校舎――真ん中に中庭があって、それを取り囲むような回廊の建物を小さくしたような造りになっている。
屋根の色が、ちょっとずつ違うみたいだ。
青い色、緑色、茶色い色。
ちなみに、フローレンス女学院の校舎は赤い色の屋根をしている。
空から見ると、広い広い草原に赤い屋根が見えるのはいい目印なんだよね。
オリビアが、その中からひとつの建物を指さした。
「パパ、リュカちゃん。あれがフォンテーヌ寮だよ!」
青い屋根の小さな建物、あれがオリビアが学院で住んでいる寮みたいだ。
身の回りのものが入っているトランクをもったリュカちゃんの手を引いて、オリビアが駆け出す。
ボクは、振り落とされないようにオリビアの頭に掴まった……のだけれど。
「リュカちゃん、ボクが荷物を持ってあげるね」
オリビアの頭からひょいっと飛び上がって、リュカちゃんの持っていたトランクを代わりにもってあげる。
いまのボクのおててはすごく小さいけれど、ちゃんと力持ちだから大丈夫。
「あっ! こ、古代竜殿……、いけませぬ、そんな、わらわの荷物など……っ」
もじもじとしているリュカちゃん。
うーん、とボクは考える。
古代竜殿、という呼び方はなんだか嫌だなぁ……あらたまりすぎなかんじ。
「ただのオリビアのパパだから、そんなに改まらないでね」
「じゃ、じゃが……申し訳なく……」
「あのね、リュカちゃん。こういうときはね、ごめんなさい、よりありがとうって言うんだよ!」
と、オリビア。
むぅ、と考えるリュカちゃんは、おそるおそるといった感じでぺこりと頭を下げた。
「で、では……オリビアのパパ殿、その、ありがとうございます……」
「どーいたしまして!」
ぱたぱた、と背中の羽をはばたかせて寮に向かう。
リュカちゃんのなかでは、ドラゴンっていうのはかなり大きな存在があるみたいだなぁ。
* * *
……一方、そのころ。
「我が麗しき魔王マレーディア様……本当にやるのですね?」
「うむ。我に二言はない……!」
神嶺オリュンピアスの森の奥、魔王城の西の塔。
少女の姿をした魔王は、数百年ぶりに身に着けるマントを翻して――その満月色の瞳を細めた。




