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ドラゴン、家を買う。2

こ、この娘の健やかな成長のためならば、安いものであるっ。この娘と心優しき古代竜めに、我が慈悲をしめそうではないか。

 お城に入ると、がらんとした寂しい広間がひろがっている。


 ボクはなるべく大きい声で、こう叫んだ。



「あ、あのう! 誰かいませんか、クラウリアさんが倒れてしまって」



 ニンゲンの身体は、あんまり大きい声が出ないのだなあと思った。ドラゴンの身体なら、ちょっと「がおー!」と吠えれば、お散歩道にあるわりと邪魔な岩が割れるくらいの声が出るのに。


 ニンゲンって不便。



「いーませーんかー」



 ボクの後ろで、オリビアが楽しげにボクの言葉を繰り返した。

 とても可愛い。


 思わずほっこりと笑顔を浮かべてしまった、そのとき。


 広間の中心の空間が歪む。

 あ、ちょっとした魔法だな。

 歪んだ空間から、影のような泥のようなものが溢れ出てきて、人の形を取り始める。



「…………我が眠りを妨げし愚か者。この城より生きて出ることは叶わんと知れ」



 そう唸るように告げる声は、威厳たっぷり……というより、なんだか寝起きで不機嫌なかんじだ。

 泥のような影のようなものが形作ったのは。


 小柄なニンゲンの女性の姿だったけれど、良くみると違う。

 全身に強い魔力をまとっていて、引きずるように長い黒髪からは、



「あっ、パパみて。ひつじさん!」



 オリビアの指さしている通り、大きな羊のようなツノが突き出している。

 くるくると渦をまくようなツノには、宝石が飾られている……けれど、なんだか急いでくっつけてきたみたいだ。ちょっとズレてるし。


 黒髪から覗く、金色の目には見覚えがある。


 新築のごあいさつに来てくれた人だ。



「わあ、よかった。魔王さん!」


「……………………ひぇっっ」



 魔王さんは、黄金色の目を細めてクラウリアさんを抱きかかえているとボクの顔をじーーーぃっと見ると、すっとんきょうな声をあげた。



「あ、あわわ、おまえはオリュンピアスの古代竜! 人型になっているだとぅ……!?」


「そうですそうです。オリュンピアスのお山に住んでいるドラゴンです」


 よかった。

 覚えていてくれたんだ。


「あわあわ……なんなのだっ、せ、せっかくお城で快適引きこもりライフを送ってたのに……なんで、よりによって最強の古代種が……」


 ???

 引きこもりってなんだろう。


 ボクが首を傾げていると、オリビアがボクのローブの裾を掴んだまま、


「オリビアです」


 オリビアはぺこりと頭をさげる。

 やだ、うちの子とっても礼儀正しい……絵本を読みながら、ふたりであいさつごっこをした成果かな。


「あ、魔王のマレーディアである」


 魔王さんもぺこんとあいさつをしてくれた。

 いい人。



「って、クラウリアァアァ!?」



 魔王さんは、ボクの抱きかかえているクラウリアさんを一目見て、慌てた様子で駆け寄ってきた。



「あわあわわわ、古代竜っ、そそそなた、まさかわたしの大切なお友達を、た、た、倒したのであるかっ。ひどいっ、クラウリアがいなくちゃ、わたしお風呂も入れないのにっ!!」


「魔王さん?」


「うっ、……こほん! 我が右腕である誇り高き魔族の騎士クラウリアを倒すとは、我が憤怒の凄まじきを知るがよいっ」



 威厳のある声を出そうともぎょもぎょしている魔王さん。

 ボク、困惑。


 なんだか、初めて会ったときに比べて顔色が悪い。

 ちょっと猫背気味になっているし、髪ももっさりしている。タテガミのお手入れをサボったときのボクみたいだ。


 こんなに広いお城で、身体のちいちゃな魔族が二人きりなので、色々大変なのかもしれない。


 やっぱりこのお城、借りてあげたほうがいいんじゃないかな。


 あと、魔王さんはよく見ると、顔に丸くて薄い水晶をふたつかけているけれど……。

 あ、もしかしてこれ、メガネってやつ?

 『子どもの視力』っていう育児書で読んだ。目の悪いヒトが使う道具だ。


 魔王さん、目が悪いのだろうか。



「う、うーん」



 そんなことを考えていると、ボクが抱きかかえていたクラウリアさんが目を覚ました。



「こ、ここは……」


「クラウリア! ぶ、無事であるかっ? だいじょうぶ!?」



 魔王さん、泣いた。

 クラウリアさんのこと、本当に好きなんだなあ。



「あの、魔王さん」



 クラウリアさんに抱きついて目をウルウルさせている魔王さんに、本題を切り出す。



「ボク、このお城に住めないかと思って来たんですけど」


「は、はああああ!?」


「それを話したら、クラウリアさんが倒れてしまったんですよ」


「あ、あう……あたりまえである……わ、我らの魔王城を……言うに事欠いて、奪おうと……!?」


「いえ、奪うわけではなくて、貸して欲しいんです。ボク、どうしてもニンゲンが住む家が必要で」


 魔王さんが、「む?」と首をかしげる。


「ねえ、パパ……お姉さんたち、大丈夫かな」



 おずおずとオリビアがボクの裾をひっぱる。

 ちゃんと魔王さんたちの心配をできるなんて、優しい子。とても可愛い。



「あう……さっき聞きそびれたが、その子は……ニンゲン、であるな?」


「そうなんだ」



 と、ボクは頷く。



「実は、オリビアはボクの娘です」


「あう???」



 魔王さんは、きょとんとした顔でボクとオリビアを見比べる。


 そういえば、誰かにオリビアのことを「娘です」と紹介するのは初めてだ。

 少しだけ照れ臭くて、胸の中がくすぐったい。


 きょとん、の魔王さん。

 混乱した顔でくんにゃり折れた剣を構えるクラウリアさん。


 そっか。

 どうして家が必要なのかを魔王さんたちに説明し忘れていることに、ボクは気づいた。

 そうか、誰かにものを頼むときはちゃんと筋道立てて説明しなくちゃいけない。

 ボク、反省。

 オリビアに、パパとしてきちんとした大人の姿をみせなくちゃ。



「実は、朝起きたらボクの(ほこら)に小さな子どもがいたんです。その子がオリビア。オリビアはニンゲンの村の……」



 そう言うわけで、オリビアの「パパ」になった経緯を魔王さんたちに説明することにした。






***






「あう、あううぅ〜〜っ」

「ひっく、えっく……」



 大変だ。

 魔王さんたちが泣いてしまった。


 小柄な魔王さんと、すらりと背の高いクラウリアさん。

 ふたりが、手と手を取り合って泣いている。


 ボク、なにか悪いことをしちゃっただろうか。



「お姉さんたち、どうしたの? どこか痛いの?」



 心配そうに声をかけるオリビアに、魔王さんたちはさらに泣き声を大きくした。



「あうう、なんていい子なのだあぁあっ」


「辛い生い立ちなのに……まっすぐな子なのでしょう……!」


「あうあう、古の竜よ……そなたが、そんなに美しい心を持って父になる決心をするなんて……われらは知らなかったああ……!!」



 わあ、めっちゃ泣いてる。

 困っちゃったな。

 お家を貸して欲しいって、言いにくくなっちゃった。


 と、思ったら。



「クラウリア!」


「はいっ、なんでしょう。我が魔王マレーディア様っ」


「我は決めたぞっ、この城を古の竜に貸し与えるっ!」


「なっ、なんと! マレーディア様、よいのですか。勇者めに後れを取ってから幾星霜、マレーディア様は城の西塔にこもられておいでです……城から出ず、復讐のための英気を養っておいでなのでは……っ!?」


「あうっ!? こ、この娘の健やかな成長のためならば、安いものであるっ。……というか、西塔のてっぺんの快適マイルームさえあれば、城の他の部分はどうでもいいし! この娘と心優しき古代竜めに、我が慈悲をしめそうではないか。そうだろう、我が腹心クラウリアよ!!」


「おっしゃるとおりです、我が麗しきマレーディア様っ!」


「それに、……この『恐怖なるかな古代の巨竜』と謳われたこやつが城に住んでいれば……めっちゃセ●ムでは……あうぅ……我ってば天才でこわい……」


 魔王さんは、なにやら呟いて、にひにひ笑っている。


 ともあれ、ボクたちは……どうやらお家を手に入れたみたいだ。


「オリビア」


「なあに、パパ」


「このお城、ボクたちのお家になったよ!」


「ほんとにっ!」


 ボクの言葉に、オリビアは飛び上がった。


「やったー、やったー、すごい! お姫さまみたい!! もしかして、お姉さんたちは女王様だったのかなっ、それともお姉さんたちもお姫さま?」


「おひっ!? ……あうぅ〜、て、てれ……」 


 オリビアのとっても可愛い疑問に、魔王さんたちは照れた。

 ついでに、ボクも照れた。


 ともあれ、お家を手に入れた。

 オリビアにニンゲンとしての生活をさせてあげられるぞ、とボクはうきうきした。


 魔王さん曰く、西の塔さえ魔王さんとクラウリアさんに使わせてあげれば、他は自由に使って構わないらしい。しかも、魔王さんにいたっては、基本的には西の塔にある部屋から出て来るつもりはないらしい。


 気を使ってくれているのかな。


 さすが、たくさんの魔族を率いていた魔王さんだ。

 気遣い上手っていうやつなのかもしれない。よかったら、オリビアとも仲良くして欲しいな。ドラゴンよりは魔族のほうが、ニンゲンに近しい存在だし。



 さて、そうと決まれば引っ越しだ。


 パパ、頑張っちゃうぞ。





***




 帰り道は、とても楽しい気分だった。


「きゃあ、パパすごい! お城をもって飛んでる〜!」


 ボクの背中で、オリビアも声を弾ませている。

 口には、お城を縛った丈夫なロープ……お山に生えてた「せかいじゅ」っていう木の根っこで作ったやつをくわえている。けっこう重いけど、お山までは一息に飛べそうだ。


 お城をくわえて飛ぶのはさすがに初めてだけれど、意外とどうにかなるもんだね。



「あううぅ〜〜!!!!! な、なんなのだこれは〜〜!!?」

「ま、マレーディア様のお城が飛んでいます……きゅうっ」

「く、クラウリア〜〜っ!!??」



 ボクのちょうどアゴの下にある西の塔から、そんな声が響く。


 ボクは嬉しくなってしまう。


 魔王さんたちも、喜んでくれたみたいでよかったなあ。

日間総合ランキングに載りました。

新作では久々です。


ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] はじめまして。 絵本みたいに、ゆったりのんびり。 ゆるゆるな感じが良いですね。 まったりと読ませて頂きます。
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