ドラゴン、身バレする。
強くて格好いいパパです。
校舎に流れた緊急放送。
リュカちゃんを止めるために走るオリビアの背中を追って、北の塔のてっぺんに駆け上がった。
本当だったら、ドラゴンの姿にもどれば走るまでもなく飛び上がれる高さなのだけど、しょうがない。
ボクはオリビアのパパだから。
オリビアは、ニンゲンのなかで幸せになってほしいもの。
「……ふぅ、つ、ついた!」
どうにかこうにか、北の塔のてっぺんにたどり着く。
オリビアが、リュカちゃんに何か話しかけている。
「リュカちゃん、あぶないよ! 中庭にもどろうよ」
「わらわはそんな腰抜けじゃありません! あんなやつら……わらわがやっつけてやるんだから!」
「……? あんなやつら?」
リュカちゃんが、ちっちゃい身体で胸をはって睨みつけているのは……遠くの空。
ボクのドラゴン・アイは遠くまでよく見える。
「あっ!」
その目で、遠くの空を見る。
ばっさばっさと羽ばたいているのは、鳥じゃない。
「ど、ドラゴン……?」
そう。
ドラゴンだ。
何千年も前から、ボクは自分以外のドラゴンを見たことがない。
それなのに、空の向こうから一直線にこちらにむかってくるドラゴンは、1匹、2匹、3匹、4匹……うん……いっぱい!
ドラゴンがいっぱい、こちらに飛んでくる!
さっきの放送は本当だったんだ。
「ドラゴンではない。亜竜じゃ。……北方のアルティナ帝国が領土拡大のために開発していたとかいう、忌まわしき化け物で……近頃、どうやら研究所から逃げ出した個体が野生化していると聞く。あれはその群れじゃろうが――わらわこと東方の天才少女リュカ・イオエナミがぜーーんぶ打倒してくれるわっ!」
「リュカちゃん……」
リュカちゃんの言葉に、オリビアが心配そうに眉を下げている。
オリビアは、魔王さんから
――よいか、オリビア。危なそうなら魔法でもパンチでも好きにしていいが、本気は出しちゃダメだからね……っ!?
と言われているし、クラウリアさんからは、
――そうですね。オリビアさんは、何か危ない目に遭ったらすぐに逃げてくださいね。くれぐれも本気は出してはいけませんよ?
……と、口を酸っぱくして言われている。
だから、リュカちゃんが亜竜の大群にむかってびしっと指を突き付けているのを心配そうに見ているんだろう。
逃げなきゃいけないのに、と。
どうしよう、無理やりにでも中庭に連れ戻すべきかな……オリビアのことが心配だ!
そんなことを考えていると、中庭の方からシュバッ!! と人影が飛び上がってきた。
……飛び上がってきた? え、飛んでるってすごいね?
「よくぞ言った、リュカ。それでこそ、闇の力を統べる【深淵の冠】の所有者たる我の――エスメラルダ・サーペンティアの一番弟子だ」
その人影が、「わははは!」と大きな声で笑う。
女の人だ。
真っ黒い髪の毛に、真っ黒い服。
最初に出会ったときの魔王さんみたいな服装だ。
そして頭には、真っ赤な石のついた冠を乗せている。
オリビアがそれを見て、
「わあ、あの人、お姫様みたい!」
と目を輝かせている。
オリビアが小さい頃に読んであげた本に、ティアラをつけたお姫様が出て来たのを思い出した。お庭に咲いたお花を編んで冠にして、お姫様ごっこをしていたっけ。
黒い女の人の声を聞いたリュカちゃんが、ぴょーんと飛び上がった。
「はわっ!」
「どうしたの、リュカちゃん?」
「え、え……エスメラルダ様ぁ♡」
はわぁ~っと、とろけそうな笑顔でリュカちゃんが黒い女の人に呼び掛けた。
エスメラルダさんというのか。
「うむ、リュカよ。竜人族の血を引く我らが、あのような亜竜の前に逃げ隠れするわけにはいかないなあ?」
「はい、もちろんです♡」
「え、竜人族?」
竜、という言葉にボクはびっくりする。
ボクの、仲間なのかな?
「うむ! 我ら竜人族は――はるか太古に、竜と人との間に生まれた始祖様たちから連なる由緒正しき一族じゃ」
と、リュカちゃん。
ボクはびっくりしてしまう。
「ええ!? ボク、そんなことしてないよ!?」
ニンゲンとの間に、子ども!?
全然知らないよ、そんなこと!!
それとも、大昔に何度か会ったことのある『別のドラゴン』のやったことなのかな……?
そんなことをぽやぽやと考えていると、エスメラルダさんが空に向かって右腕をかかげた。
すると。
「――焼き尽くせ、闇の炎よ」
静かな言葉と一緒に振り下ろされた腕。
一瞬の間があってから。
カッ!
という眩しい光が、亜竜さんたちの群れの中で炸裂して――
どぉおん、という重い音。
亜竜さんたちの群れが、爆発と炎に包まれた。
うわあ、熱そう……!
「きゃっ!」
「オリビア、こっちだよ」
大きな音に驚いて飛び上がったオリビアを引き寄せて、ぎゅーっと抱きしめてあげる。
オリビアの小さな手がボクを抱きしめ返してくる。
少し遅れて、中庭からも生徒たちの悲鳴が聞こえてきた。
「わわ……みんな大丈夫かな、パパ」
「うん。心配しないで、オリビア」
オリビアを安心させるように微笑みかける。
お友達を心配しているみたいだ。
ボクたちをちらりと見た、黒い女の人……エスメラルダさんが空中で燃え続ける炎を睨みつけたままでぽそりと呟く。
煙でよく見えないけれど、亜竜さんたちはやっつけたんだろうか。
「生徒たちは……中庭はフィリスの奴が絶対に守り切るだろうさ。あなたたちもさっさと戻っているといい。亜竜どもは、自分とリュカで――すべて撃退する!」
「はい、エスメラルダ様っ!」
「おいで、リュカ」
「はいっ!」
エスメラルダさんが手を差し伸べると――。
「わわっ、リュカちゃんが……飛んでる!」
オリビアの言う通り、リュカちゃんがエスメラルダさんに引き寄せられるように空中をすぅ……っと滑っていく。
そして、びっくりしたことに。
「あ、あれ……? パパ見て、リュカちゃんの身体がっ!」
「我が弟子リュカよ、その力を、この私がふるってあげよう――【七天秘宝】がひとつ、【深淵の冠】の呼び声によって目覚めよ――ッ!」
「わわ、身体から……剣がっ!」
リュカちゃんの胸から水みたいな光みたいなものが溢れ出して――剣がにょきにょき生えて来た。
エスメラルダさんが、八又の剣を引き抜きながらが叫ぶ。
「イオエナミの娘の体内に眠る名刀よ――竜舌剣!!」
「わああ、すごい!! 格好いいっ!!」
オリビアが目をキラキラさせているのに気をよくしたのか、エスメラルダさんはフフンと笑った。
目を閉じて眠ってしまっている様子のリュカちゃんが、ゆっくりとボクたちのいる北の塔のてっぺんに落ちてくる。
「あっ、リュカちゃん!」
オリビアがボクの胸の中から飛び出して、ゆっくりと落ちてくるリュカちゃんを抱きとめる。
リュカちゃんはオリビアよりも一回り小さいので、オリビアがすっかりお姉さんに見えた。
「大丈夫? リュカちゃん?」
「う……っ、ん? あ、お前はぁ……竜の御子……うぅっ!!」
「リュカちゃん、痛いの!?」
「な、何でもないっ! わらわの身体に眠る竜神族の秘宝を……だしただけじゃ。エスメラルダ様のためなら、わらわはこれくらい……っ」
「ひどい汗だよっ。えっと、えっと、ちょっと待ってね」
オリビアがごそごそとマントの内側を探っている。
その間にも、リュカちゃんから引き抜いた剣を構えて、エスメラルダさんはびゅーんと亜竜さんたちのいる空へ飛んで行ってしまった。
「あった! これ、月光草の葉っぱだよ!!」
「ふぁ……? むぐっ」
オリビアがリュカちゃんの口に突っ込んだのは、月光草――万能の薬草だというエリ草の葉っぱだった。
さっきセラフィちゃんに渡したときに、何枚かむしっていたらしい。
もぐもぐ、と口に突っ込まれた葉っぱを噛んでいたリュカちゃんの身体から、すぅっと力が抜ける。
「痛いのなおった?」
「う、うむ……楽になった」
「よかったぁ! 月光草、いっぱい育てててよかったよ!!」
「む……な、なんでわらわなんかを……助けたのじゃ」
「え? だって、大切な後輩だもんっ♪」
にっこりと微笑んだオリビアの笑顔に――リュカちゃんがぽぽぽぽっと頬っぺたを赤くしている。
オリビアに突っかかっていたから、仲良くできるかなぁと心配だったけれど、どうやら心配しすぎだったみたい。
ボク、ほっとした!
***
遠くの空で、エスメラルダさんが亜竜さんたち相手に剣をブンブン振り回している。
リュカちゃんはそれを見て、きゃっきゃっとはしゃいでいるけれど……。
「わあ、すごいねぇ……どんどん倒してるけど、でも……ちょっと亜竜さんたちが可愛そう」
「そうだねぇ、オリビア」
オリビアの暮らすこの学園を襲ってこようというのは、絶対にダメだけど……でも、あんなふうにザクザクやっつけちゃうのは、ちょっとかわいそうな気がした。
話し合いとかでどうにかなるといいのに。
そんなことを考えていると、オリビアも同じようなことを考えていたようで。
「話し合いとか、できないのかな……?」
と、オリビアがちょっと寂しそうに呟く。
うん、パパもそう思うよ! ……と返事をしようとすると。
「甘いことを言うでないぞ、竜の御子。わらわの故郷は野生化した亜竜の群れに滅ぼされたのじゃ。やつに情けは不要」
と、リュカちゃんがぽそっと呟いた。
東の方の国が故郷って言っていたけど、どうやら複雑な事情があるみたい。
「…………あれ?」
「どうしたの、パパ?」
「オリビア……なにか、聞こえるかい?」
「え? ううん、特に何も……エスメラルダさんが戦ってる音が聞こえるくらいだけど」
「そうかあ」
何か、変な音が聞こえる……気がする。
ううん、と首をひねりながらボクは空を見上げる――と。
「あっ!!??」
頭上から、一直線にこちらに向かって飛んでくる影がある。
鳥さんじゃない。
あれは……。
「なっ!? 亜竜じゃとっ!?」
ボクの声で異変に気付いたリュカちゃんが叫ぶ。
「わわっ! いっぱいいる!」
「そ、そうか……まさか、正面から来るのはエスメラルダ様を誘い出すための陽動じゃったのか!?」
ぎりり、とリュカちゃんが歯噛みする。
エスメラルダさんはこっちの様子に気づいていないようだ。
頭上の亜竜さんたちはどんどん近づいてきている。
ピカッ、と何かが光る。
「わあっ!?」
亜竜さんの吐いた火の弾が、オリビアとリュカちゃんのすぐ近くに落ちた。
……というか。
「びっくりした! リュカちゃん大丈夫?」
「な……っ、ええ、いま……亜竜の火を……殴って逸らした?」
直撃しそうになったのを、オリビアがぎりぎりで逸らしたのだ!
「大丈夫だった、オリビア!!!????」
「うん、平気だよパパ! ちょっとびっくりしたけど……マレーディアお姉ちゃんの特訓のおかげかな?」
にこにこと笑っているオリビア。
ああ、でも!
オリビアが危ない目にあったなんて……心臓が、止まりそう!
「ぼ、ボクが亜竜さんたちを止める!! オリビアとリュカちゃんは下がっていてねっ!!」
気づいたら、ボクはそう叫んでいた。
「ぱ、パパ?」
オリビアは、亜竜さんたちが斬られてるのを嫌がっていた(ボクもイヤだ)。
オリビアは、話し合いとかできないのかなと言っていた(ボクもそう思う)。
だったら、方法はひとつしかないよね!
「やめろぉおおぉ~~~~!」
がおぉっ、と。
なるべく威厳っていうのを出して、ボクは吠える。
大きく、大きく。
なるべく大きく――翼を広げて、亜竜さんたちに叫ぶ。
「ここはボクのナワバリだ!! どっかいってよ!!!」
本当は、ニンゲンの姿のままでいなくちゃいけない。
オリビアには、ニンゲンの世界で幸せになってほしいから……パパがドラゴンだって知られるのは、ちょっとまずいと思ってた。
でも、オリビアの身があぶなくて、ボクにできることがあるなら。
だったら、ボクの秘密が知られることなんて――そんなもの、なんてことない。
中庭から、ざわざわと声が聞こえる。
リュカちゃんが、「ななな!!?」と声を震わせている。
「な、な、こ…………………っ、古代竜じゃとぉおおぉお!!???」
リュカちゃんの絶叫。
そして、オリビアの弾んだ声。
「うん! オリビアのパパ……すっごく格好いいでしょう!」
ボクはほっと胸をなでおろす。
……オリビアに、格好いいって言われちゃった!
ボクは大きく息を吸い込むと、もう一度、亜竜さんたちに吠える。
人間の姿に化ける要領で、ボクは身体の大きさも自由自在に変えられる。
最大限に身体を大きく変化させて、さらに大きく翼を広げる。
そうして叫んだ「亜竜さんたち、お家に帰って~~!!」というボクの声に――。
ボクの半分の大きさもない亜竜さんたちは、びっくりしたようにキャウキャウ吠えて散り散りに去っていった。
「すごい! さすがパパだよ~!」
わーいわーいと飛び跳ねるオリビア。
とりあえず、オリビアたちにドラゴン姿のままピースサインをしてあげる。
リュカちゃんは目を丸くしていた。
「あっ、エスメラルダさんの方の亜竜さんたちにも、帰ってって言いに行かなきゃ!」
ボクは翼を広げて、急いでエスメラルダさんの戦っている空へと向かった。
これ以上、エスメラルダさんに斬られる亜竜さんが増えないといいけど。
――ちなみに。
結局、亜竜さんたちは、ボクが近づいて行ってるのを見ただけで逃げていってしまった。




